アライ さん 界隈。 アライグマ(けものフレンズ) (あらいぐま)とは【ピクシブ百科事典】

アライさん界隈 オフ会で炎上?Twitterなりきりの本質と末路…けものフレンズ

アライ さん 界隈

アライさんの異常な増殖現象。 これは何を原因としているのだろう。 なぜ人はアライさんになりたがるのだろうか。 本稿では「アライさん現象」の背後にあるひとびとの心について考えてみることにする。 どんなアライさんが増えているのか 一口に「なりきりアカウント」と言っても、その内実は千差万別だ。 筆者のような高齢オタクにとっては「なりきり」と言えば「なりきりチャット」をはじめとするロールプレイングが思い浮かぶ。 しかし、現在増殖中のアライさんは、決してアニメに登場する「アライさん」を模しているわけではなさそうだ。 というのも、アカウント名からして「原作」のアライさんからはかけ離れたアライさんが多い。 いくつか例をあげれば• 借金の返済に苦しむアライさん• ギャンブルがやめられないアライさん• 大学を中退したアライさん• 薬物依存のアライさん• 性風俗店で働くアライさん etc... Twitterにおけるアライさん界隈(かいわい)は、とにかく何らかの困難を抱えている傾向が極めて強い。 これは原作のちょっと暴走気味だが元気で明るいアライさん像とはかなりの距離がある。 当たり前だが、原作のアライさんは借金にもギャンブルにも薬物にも苦しんでいない。 「けものフレンズ」は社会の暗部をえぐるような作風のアニメではない。 つまり、増殖する「アライさん」たちは、 原作「けものフレンズ」のアライさんの「なりきり」ではない。 それではなぜ、彼らはアライさんという衣を身にまとうのだろうか。 メンタルヘルスの問題に苦しむ当事者たちにとっての語りの場となっている 自殺未遂、自傷行為、自殺の後遺症、家族の自死、希死念慮。 そういった極めて重いテーマについて、メンヘラたちはそれぞれのナラティブ(物語)を物語る。 そうしたナラティブが、また別の当事者のナラティブを呼び寄せ、水面に波紋が広がるように、語りが波及していく。 つまり、いわゆるナラティブ・コミュニティー(自分の物語を通じて心のケアを行っていく取り組み)と呼ばれるものをネット上で展開しているわけだが、メンヘラ. jpの運営という経験を通してアライさん界隈を見ていると、彼らもまたナラティブ・コミュニティーの一種なのではないか、という思いが湧いてくる。 ナラティブ・コミュニティーにとって重要なのは、いかに「語り」を可能にするかという点だ。 なぜなら、自分の困難を物語るというのは極めて難しい仕事だからだ。 過去のトラウマ、フラッシュバック、罪悪感、自己嫌悪。 困難について語ろうと試みるとき、そうした障壁がたびたび話者を苦しませる。 これらの障壁を乗り越えてもらうために、運営者としてはさまざまな手を試みる。 それは呼び水としての語りであったり、場の安全性であったり、匿名性であったり、傾聴を可能とする仕組み作りであったりといろいろだが、多くの試みを持ってしても、「語り」が成立する場を作ることは難しい。 ナラティブ・コミュニティーを成立させるのは難しいのだ。 ところが、「アライさん界隈」は、この極めて創ることが難しいナラティブ・コミュニティーを、自然発生的に成立させてしまっているように、筆者には思える。 Twitterに生息する多くのアライさんは「〜なのだ」というほっこりした口調を用いて、それぞれの生活の苦しみを語っている。 「アライさんは覚せい剤をやめたいのだ」 「ギャンブルをやめたいのだ。 フェネックが悲しむのだ」 上記のようなかわいげな口調で、薬物依存、自傷行為、自殺未遂、そういったどぎつい困難について語っている。 これは、奇跡的と言っても過言ではない現象だ。 「スティグマ」とアライさん なぜ「アライさん」というキャラクターは、このようなナラティブ・コミュニティーを可能にしているのだろうか。 筆者は 「スティグマの軽減」という側面からその謎に補助線を引きたいと考える。 スティグマとは、いわば「偏見」という意味の言葉だ。 例えばあなたが「薬物依存症患者」という像をイメージするとき、ある種の(厚生労働省が学校教育の中で流布しているような)典型的な「患者像」のようなものを思い浮かべないだろうか。 一様に目が落ちくぼみ、頬は痩せこけ、無精ひげを生やし、目の焦点は合っていない。 常にクスリのことしか考えられないような人間失格の廃人。 学校教育で流布される依存症患者とは、そのようなイメージだ。 しかし、実際の依存症患者は、上記のようなイメージとは懸け離れている。 依存症患者とは、言ってみれば「ただの生身の人間」だ。 老若男女、美男美女、痩身から太身まで、善人から悪人まで、本当にさまざまな人がいる。 しかしそれら多様な当事者は「薬物依存症患者」というフィルターを被せられてしまうことで、その 多様性を喪失してしまう。 「依存症患者」として語ることを求められたとき、ついつい世間が持つ「依存症患者」像に自分を合わせてしまう(=スティグマを内面化してしまう)のだ。 ここにスティグマの問題がある。 スティグマ(偏見)によって、当事者自身が自由に自己を表現できなくなってしまうのだ。 そうした困難の中で、 「アライさんへのなりきり」というソリューションが発生する。 内面化したスティグマによってゆがめられたセルフイメージ。 それをいったん脇に置き、暴走気味だが元気で明るいアライさんというキャラクターに「なりきる」。 アライさんの口調を借り、アライさんのイメージ(アイコン)を借り、アライさんではない自分自身の困難について語る。 この時、アライさんとして語る当事者たちは、自らを縛る 内面化されたスティグマから、一時的に自由になれるのではないだろうか。 そしてこのスティグマの軽減は、自分だけではなく、他のアライさんたちへのまなざしにまで波及する。 既に述べたように、さまざまな困難を抱えるひとたちはさまざまな社会的スティグマを負わされている。 そのスティグマ故に、彼らに向けられるまなざしもまた辛辣なものになりがちである。 しかし「アライさん」というキャラクターになりきることによって「暴走気味だが元気で明るい(だけどちょっと困難を抱えている)アライさん」という、新しいペルソナを獲得することができるのだ。 キャラクター文化は新たなセルフヘルプグループの形となるか 現在、アライさん界隈は互いのことを思いやるセルフヘルプグループ的な側面を持っている。 その理由は「アライさん」というペルソナを獲得することで内在化したスティグマを軽減させ、また社会的スティグマをも軽減させたことが理由の1つだと考えられる。 内在化したスティグマを軽減することは当事者の語りを促進させ、また社会的スティグマを軽減することは他者の語りに対するまなざしを和らげる。 そうした相互作用が、現在のナラティブ・コミュニティーとしてのアライさん界隈を支えているのではないか、と筆者は考える次第である。 余談だが、スティグマを軽減するための新たなペルソナの獲得という手段は、実は新しいものではない。 「匿名のアルコール依存症者たち」という意味の名前を持つアルコホーリクス・アノニマス(通称AA)という団体では、ミーティング内で本名とは違うハンドルネームを使う文化がある。 その文化が続いている理由を考えると、やはり内在化したスティグマを軽減することに意義があるのだろう。 しかし、今回のアライさん現象は「キャラクターへのなりきり」という裏技を用いることで、AAの匿名文化とはまた違う独自の可能性を見せているように筆者には思われる。 VRチャットやボイスチェンジャーなど新しい技術が生まれている中で「キャラクターへのなりきり」という手段が、今後、新しいセルフヘルプグループの可能性を切り開かないとも限らない。 単なる一過性のサブカルチャーとしてではなく、新しい可能性が生まれる場としての「アライさん」たちにほのかな期待を寄せている。 最後に 実は本稿を書くにあたって、筆者にはかなりの逡巡があった。 せっかく誕生した新しい自助の文化に対し、外野が興味本位で覗き見をすることは、かえって当事者たちを委縮させてしまうのではないか。 そういう懸念があり、今もその思いを抱え続けている。 しかし、「ねとらぼ」や「AbemaTV」のような大手メディアでもアライさん界隈が取り上げられている昨今の状況を鑑みるに、もはやメディアがこのムーブメントに注視していくのは止められない流れだろうと考えた。 であるならば、セルフヘルプグループの運営者としての立場からアライさん界隈の自助的な側面を語ることによって、野次馬的な好奇の視線や、サブカルチャーとしての消費を、少しでも軽減できるのではないかと考えた。 そういった理由から、本文で書かれているアライさんたちのHNなどは、全て一部手を加えて本人が特定しづらいようにしているし、ツイートの引用なども行わないこととしている。 こんな記事を書いておいてなんだが、どうか興味本位でアライさんたちの生活を暴き立てるのはやめてほしい。 最後に、あるアライさんがAbemaTVへの取材依頼に対してつづったDMの一部を引用して本稿を終えたい。 メッセージをわざわざいただいて申し訳ないのだけど、今回の取材はお断りさせて欲しいのだ。 引用や紹介の判断などはTwitterの規約的にこちらの意思とは関係なく使用することができると思うのだ、けれども、アライさんとしてはできればやめてもらえたらありがたいのだ。 理由としてはこの界隈は心は弱かったり精神的に不安定なフレンズも多く、メディアに取り上げられることで多くの野次馬てきなヒトが増え、自分たちが大切に思っている場所は壊されたり変わってしまうことを恐れているからなのだ。 こちらから提供できる有益なものがないのに申し訳ないけど、せめてものお願いがあるのだ。 番組が放映される時に、「アライさんはできればいろんなヒトたちに注目されたくなくて、揶揄されたりからかわれたりするのを恐れていることが多いので、この放送で興味を持った方は出来るだけアライさんたちをほうっておいてください」というメッセージを口頭なり言葉なりで提示して欲しいのだ。 こちらのお願いとしてはそれが全てなのだ。

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「不快な奴をブロックして構わない」社会と「アライさん」界隈 (1/2)

アライ さん 界隈

一人称(および愛称)は「」。 なお、その自称から間違ってもとを混同してはならない。 アライさんはアライグマの名の通り、手を洗っているように見えて……本当は川の中を探っているのだー! アライさんは手で感じるものを信じるのだ。 だから、お前もアライさんの信じる手を信じろなのだ! さあ、一緒に一山当てに行くのだー! 性格は融通が利かないが根は他人思いで度量広い。 ステータス画面の本人の発言において、アライグマの川で物を洗うような仕草は実は「川を探っている」ことが説明され、自身の手の感覚を頼りにお宝を探し当てようとする冒険家 野心家? 精神溢れるキャラクターとなっている。 ストーリー第2章からフェネックと共に登場。 アライさんはその発信された依頼を察知し 「とうとうアライさんの時代がやって来るのだっ!」と欣喜雀躍し、自らそのセルリアンを捕獲せしめんと名乗りを上げる。 目撃者からターゲットの情報を集め、「大きな耳」「ネコ科」など徐々にその全貌に近付くが、その最中に肝心の「セルリアン」と言う情報が抜け落ちてしまい、結果的に本物のサーバルを追いかけ回すことになる フェネックは気付いていたが、勘違いする彼女が 可愛いから黙って見守っていた。 以降、主人公一行のゆく先々でたびたび登場して立ちはだかるが、何かと間抜けな失敗をして対戦することもなく退場するという流れが定着化し、作中のリリーフを担うことになる。 からは 「流しの芸人」呼ばわりされてしまった。 しかし、その度量の大きさは他のフレンズを感心させるものがあり、物語中盤で誤解が解けた際には、サーバルたちを襲うセルリアンの軍団を引き受け彼女たちを逃がしている。 終盤では、森林公園の巨大セルリアンの討伐を請負い、その中で、態度に出さずとも不安を感じるフェネックの内情を理解するとともに 「どんな大変なことになったって、アライさんが絶対に全部まるごとなんとかしてやるのだ」と力強く説き伏せる。 その言葉にはフェネックも感じ入り「かなわないなー」と呟いている。 ギャグ世界の住人とメタ発言される通り、セルリアンの攻撃で空高く吹っ飛ばされたり、 フェネックに言いくるめられて 彼女を背負いながら泳いだせいで溺れたりなど、割とシャレにならない退場の仕方をしているにも関わらず、次のシーンにはほぼ無傷で生還するなど心身ともに逞しい存在。 巨大セルリアンとの戦いではこうした体質が顕著に活かされ、単身による捨て身のタックルでセルリアンをアスレチックから追い出した。 また、酔っ払うと笑い上戸ならぬ「洗い上戸」になるらしく、酔っ払う効能の温泉に入った際には最終的にフェネックの制止も聞かず彼女の「そんなところ」まで洗い始めてしまった。 のCパートからやはりフェネックとともに登場し、以降も各話にて彼女たちのパートが挿入されている。 性格はアプリ版とほぼ同じで、経緯は不明だがの被っている帽子を捜索しており、自身の嗅覚とフレンズからの目撃情報を頼りに、かばんこと 「帽子泥棒」たちの通った道を辿るように行方を追っている。 マイペースなフェネックとは対称的に 「これ以上逃げられたら、の危機なのだー!」とかなり焦っている。 元々の気質か とてもせっかちで融通が利かないため、他人の話をよく聞かない節があり、勘違いから余計な遠回りをしてしまうこともしばしば。 また行く先々で、かばんが出会ったフレンズから彼女たちの話を聞かされるが、どうやら自身の追う帽子泥棒 仮 とかばんが同一人物であるとは気付いていないらしく、頻繁に名前を耳にし、尚且つ各所でフレンズの手助けをしている 時には自身も危機を救われている 「」を尊敬するようになる。 (アライさんはかばんちゃんの 帽子、他のフレンズは かばんと、同一人物の異なる(特徴)に着目しているところがミソである) こうした抜けた面が目立つ一方で、かばん一行のようななどの移動手段を用いずに長い道のりと艱難辛苦を経て(最終的に)彼女たちに追いつくというその根性は凄まじく、からも辛辣な言葉を用いられつつ率直に評価されている。 その評価もあって、。 更には、かばんの帽子に付いた「青い羽根」によく似た「赤い羽根」を所有していることも明らかになった。 その後、かばんたちが長らく「」に滞在していたこともあってか、第11話にてようやく二人に追いつき、のある火山の山頂に辿り着いたかばんを背後から襲撃して帽子を強奪する 同時に、所持していた羽根飾りを帽子に付け直した。 かばんのことを泥棒と信じて疑わないアライさんと、かばんが泥棒ではないと主張するサーバルは口論を始めるが、その様子を傍観していたフェネックは、かばんと帽子泥棒 仮 が同一人物であることを察する。 そして、これまで彼女に助けられたフレンズの話とアライさんの日頃早とちりする癖を鑑みて、「かばんさんがそんなこと 泥棒 をするわけがない」と結論付けてアライさんを諭した。 アライさんも反論の余地なく、渋々ながらもかばんに帽子を返却すると共に突然の非礼を謝罪し、両者は和解した。 その後すぐにラッキービーストの記録が再生され、結果的に当初の目的だった「お宝(四神)」の位置を知ることが出来、同時にかばんに対する誤解も払拭される。 以降は麓に現れた巨大の肥大化を止めるべく4人で協力して四神を立て直し、火口から発生するサンドスター・ローのフィルターを復活させる。 その後は下山してセルリアンハンターたちと合流し、セルリアンを倒すための一大作戦に参加する。 様々なプランを考案するかばんに感心し、「流石は!」と度々賞賛している。 事件解決後に明かされた事実によれば、実はかばんがした現場に立ち会っていたことが発覚(本人は気付かなかったが)。 パークガイドの帽子を発見したアライさんは、その羽根飾りにより再生されるラッキービーストの話(記録)を聴いていたが、その最中に起こった火山の噴火で帽子が飛ばされ、拾おうとした矢先にサンドスターの欠片が帽子に命中。 帽子に付着していた髪の毛からかばんが誕生したが、アライさんは驚いた拍子に崖から転落してしまった。 結果、アライさんは帽子とともに姿を消したかばんを「パークの貴重な宝を狙う帽子泥棒」と思い込んでしまったのだった。 なお元々の帽子の持ち主はラッキービーストの声の主でもあるである可能性が濃厚である 最後の記録の中で彼女の帽子が風にさらわれてしまう場面がある。 また、フレンズが他フレンズを襲撃してしまうケースはそれほど珍しい事ではないが、アライさんの様に情報の非共有が原因だったり、である事が殆ど。 因みに彼女とフェネック、そしての三名は「」というユニット名で本作のOPテーマ『』を歌っている。 「よーし出番なのだ!」 ……と意気込むアライさんを毎度オープニングで拝む事になるが、9話終了時点でフェネック共々本編には登場していなかった。 フレンズ達の間でも「出番を待ち望み続けるアライさん」という構図が出来上がってしまい、前作同様いじられネタで別の人気が出てきてしまっている。 アライさんの出番が未だになくてツライのだ…… と思いきや、 10話でついに出番なのだ! 本作でもフェネックとコンビを組んで活動している。 かばんとは以前からの知り合いのようだが、前作に登場したアライさんと同一個体なのかは不明。 また、前作と比べると戦闘力も高いようで、後述のフレンズ型セルリアンをワンパンで撃破している。 フェネックと共にダブルスフィアがいる忘れ物センターに来訪し、フレンズ型のセルリアン探しを依頼していた。 その後、二人の案内 ? でのいる研究所に到着し、博士の姿をコピーしたセルリアンに襲われていたかばん、博士、助手を助けた。 続く11話及び最終話ではの絵がフレンズ型セルリアンの発生原因である事を確信したかばんと共に、他のフレンズ達と一緒にキュルル達がいるジャパリホテルへと向かい、フレンズ型セルリアンの大群に立ち向かう。 コミカライズ版 第9話前の予告漫画で初登場。 フェネック・トキと一緒にアルパカカフェを訪れた。 そこで遭遇したかばんに嬉しそうに駆け寄っているところをみると、以前から親交があるようだ。 その後、かばんから『セルリアン多発事案』の各地調査をフェネックと共に請け負い、委任状代わりの『羽根無し帽子』を渡された 帽子泥棒としてかばんを追いかけていた1期を想うと感慨深いものがある。 12話と18話に登場し、どちらのその話の主役。 個性全開だったアプリ&アニメ版とは異なり、口調も性格も普通な没個性的な少女となっている。 初登場の12話は アライグマであることに飽きたから生まれ変わって新しい人生を歩みたいという理由でに 1兆円を要求して困らせていた 菜々は「そういうことは私じゃなくて神様にお願いしてください」と返した。 その後色々なフレンズに会い、変わり者ばかりの達の中で自分が唯一まともであり自分自身でいることが幸せであると気づくが、「他の娘になりたい」と思ったのは自分自身が不満であったためだと結局振り出しに戻ってしまった。 18話ではジャパリパークの園長になるという夢ができ、それを叶えるためにとフレンズの観光大使に立候補する。 アライグマ以外に唯一の立候補者であったクジャクとスピーチで対決をするが、202票の内200票がクジャク、2票がアライグマと100倍の差をつけられて完敗した ちなりにアライグマの2票はアライグマ本人とスピーチに感動したクジャクの票。 性格はアニメ版と同じで、フェネックとコンビを組んでいたりやらかし上手な所も共通している。 演者もアニメシリーズ以降のCVを担当するが演じている。 しかし、アニメとは特に繋がりがある訳ではなく、パラレル設定となっている。 「アライさんとフェネックの回」にてゲスト出演。 1期に引き続きフェネックとのコンビで登場。 音の出る箱 見た目はハンディカラオケ の部品を探しにゆきやまちほーへフェネックと共にやって来たが、その際にパーク全体を覆い始めている事件に巻き込まれていく。 世代 初期から観察可能なフレンズの一人。 主な活動時間は夜だが、昼でも割と簡単に出会える これは一部除き他の初期から登場しているフレンズ達も同様。 こちらでもフェネックと行動を共にしており、あちこちで突っ走っては痛い目に遭うのも相変わらず。 しかし、彼女の何気ない一言が他のフレンズ達の悩みの解決の糸口になるなど、なかなか侮れないものがある。 珍しい行動は二種類あり、以下の通り。 タライで洗う……「タライ」で披露。 水が溜まったタライで布をゴシゴシ洗うが、強く洗い過ぎたのか布がボロボロになってしまう。 すりすり……「洗面器」で披露。 手をこすり合せる。 一部からは 無を洗うと称される事も。 第2世代 言動や性格は他媒体と変わらないが、「一山当てる」というセリフやガイドの存在を口にするなど、NEXON時代の個体と同一人物である事を匂わせる描写が見られる。 珍しい行動は「 マジカルウォッシング」。 「石組みの池」で披露する。 動きは第? 世代の「タライで洗う」と同じだが、こちらは洗った布はボロボロにならずピカピカになっている。 公式Twitterにおける事前登録限定ストーリーの3話にフェネックと共に登場。 海から船を漕いでジャパリまつりに参加しようとしていたが、船が岩に乗り上げてしまう。 その後はフェネックの説得も虚しく、パニックに陥っていた。 ゲーム内ではナレーションとしてボイスが実装されている数少ないキャラクター。 ストーリー本編で初登場した時は既にりうきうエリアにフェネックと共に辿り着いており、ジャパリまつりで実力を伸ばしつつあるサーバル達と勝負するべく彼女らを探し回る。 が、ようやく見つけたサーバルとけもくらべをするつもりがの貝をどちらが先に割れるかという勝負になったり、それに負けると貝割りの修行に行ってしまったりと明後日の方向に突っ走るスタイルは相変わらず。 限定バージョンについてはを参照。 得意地形は森林・夜、苦手地形は雪原。 けもパワーは2ターン味方のぼうぎょを小アップ。 所有わざは相手のわざ発動を2ターン遅らせる「 あわてんぼダッシュ」。 みまもりフレンズとして、、のどちらでも設定が可能。 どの項目で設定可能なのかは、の記事を参照。 ピクロスでは、56問目に登場。 メガピクロスでも、56問目に登場。 クリップピクロスでは、三つ目の問題に登場。 ちょこっとアニメ 8話・10話に登場。 フェネックと共に「たんけんたい」のメンバーに参加したらしく、8話ではどこかへ向かっている途中でとと会話をしており、カリフォルニアアシカに指摘されるまでうっかり目的を忘れてしまっていた。 10話ではサーバルと合流し、 隊長に肩書きが変わったの元へたどり着き、探検へと出発する。 メインシナリオでは序盤より登場。 ミライ、サーバル、フェネックの四人で探検隊として行動しており、グランドオープンを間近に控えたパーク内で数が増加しているセルリアンを倒していたが、サーバルが突然現れた超巨大セルリアンからミライを庇って襲われた際に『輝き』を奪われた事で一時撤退。 その後、サーバルから探検隊の任を託されたプレイヤーとを口惜しげに認めつつ、サーバルを襲った巨大セルリアンの手がかりを探るべくフェネックと共に別行動をとる……が、巨大セルリアンが向かった先とは正反対の方へ行こうとするなど、明後日の方向へ突っ走るアライさん節は健在。 なお、本作ではアライさん視点で巨大セルリアンの後を追うシナリオ「 アライさん隊長日誌」も登場し、本作における裏の主人公的存在となってくる。 ファニー属性。 正式稼働開始後は一部のスキルカードのイラストで姿が確認されるのみだったが、2019年のハロウィンシーズンにてフェネックと共にユニットとして期間限定で先行登場した。 期間限定のコラボしょうかんより入手できる。 イベントストーリーではフェネックと何か探し物をしていた所をPPPの新メンバー募集オーディションに成り行きで二人揃って参加する事に。 とのコラボイベント「けものフレンズ2 CUP」の試合参加特典としてゲットできるボイス付キャラクターとして登場。 経緯は不明だがから遊びにきており、そこで出会ったフレイヤや達と仲良くなる。 キズナシナリオではの軽い冗談を真に受けてしまい、を探しにフェネックやサーバルを率いて山の頂上へと駆り出す。 との相互コラボイベントにて、期間限定で入手できる動く銅像として登場。 銅像建築には、指定のスポットで位置登録をすると獲得できるパビリコインを使用する必要がある。 コラボイベントの一環として、アバターガチャから入手できるなりきりアバターパーツが登場。 真面目な 余談 アライさんの影響でモデルとなったアライグマに興味を持つ事もあるが、だからといって自ら飼育する事だけは絶対しない事。 何故なら『』の影響で大量に飼育されたアライグマが、棄てられ野生化し農作物等に甚大な被害を与えるようになった結果、がアライグマを2005年に施行された 『外来生物法』により指定した事によって、研究目的等以外での飼育や捕獲・移動も禁止されており、害獣でありながら 『鳥獣保護法』により、狩猟免許を持たない者によるでのが禁止されているのである。 違反者には罰金が課せられ、悪質な場合はそれに加えてをする羽目になるので絶対に飼う事や無許可での殺処分は肝に銘じておくべし。

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アライさん界隈ヲチスレ 30匹目

アライ さん 界隈

アライさん界隈を知っている人にだけこの思いを伝えたいので、アライさん界隈が何なのかという説明は省く。 (この文は現役でアライさん界隈にいる人やヲチスレの人達向けに書いたものです) 自分がアライさん界隈に入ったのは確か4月の下旬頃だったと記憶している。 その頃はツイッターや一部メディアでアライさんが謎の大増殖しているというニュースを知り、そこでアライさん界隈の面白さに触れて、自分もアライさんになろうと決意した経緯がある。 自分はさほど個性あるアライさんではなかったが、流行りの並で数日間であっという間にフォロワーが3桁になったのを覚えている。 当時のアライさん界隈は、日に日に新たなアライさんが増えていき、色んな職業、色んな経歴を持ったアライさん達が集いつつも、基本的には現実で傷つき、または疲弊した心を互いに癒やし、励まし合うコミュニティとして機能していた。 出会うアライさんは他のアライさんを元気づけたりするのがアライさん界隈の暗黙のルールになっていた。 そんな界隈の居心地の良さから、しばらくの間はアライさん界隈に入り浸りになっているぐらい依存性のあるものだった。 なにせ現実世界ではめったに褒められないような凡人や、ネガティブな経歴を持っているような人間でも、アライさん界隈に入れば、無条件で受け入れてくれ、また弱音を吐いても励ましのリプがすぐに飛んできたからだ。 世知辛い世の中でも、まだこんなコミュニティーが生まれるなんて奇跡的だとすら感じた。 そして自分は、この界隈のムードがこのままずっと続けばいいなと思った。 ただ、この希望は叶う事は無かった。 個々の詳細な事件への言及は避けるが、アライさん界隈自身が変質してきたのが時を経つにつれ実感できるようになってきたからだ。 1)生配信・オフ会・自撮りの横行 アライさん界隈はアライさんという皮を被って、表アカウントでは言えないような弱音やダークサイドを告白するという側面を持っていた。 匿名性の強いTwitter内でもさらに高い匿名性を持っていた界隈だった。 そういうネガティブな側面を吐き出す場所としてアライさん界隈は機能していたのだから当然といえば当然である。 ただしばらくすると、ネットでの生配信やオフ会・自撮りという、アライさんの皮をあえて脱いで活動するアライさんが少しづつ増えてきたのである。 彼ら彼女らにとって、アライさんの皮は単なる人との出会いのきっかけに過ぎず、皮を脱いだ本当の自分を知ってほしいという欲求が出てきたのだろうが、そこからアライさん界隈の変質が加速していったように思える。 なぜなら匿名でダークサイドを語るというコミュニティーだったアライさん界隈が、最初から自分の素面を出す事を前提でアライさんの皮を便宜的に被っているアライさんがどんどん増えたからだ。 自分の苦しさを告白し、他人の苦しさを傾聴するような界隈が、単にウェーイ系のような食レポ、オフ会、自撮り上げ自慢の界隈に変化していったのである。 2)アライさん界隈は「何でも受け入れる」という主義の曲解 アライさん界隈は流行した当初から、来るもの拒まずという姿勢が一貫してあった。 そして個々人の価値観にはできる限り踏み入れずに尊重するという姿勢もあり、アライさん界隈は限りなく自分の闇を臆すること無く表明できる場として機能していた。 その「何でも受け入れる」主義が、アライさん界隈をどんどん蝕んでいった。 何でも受け入れるなら、何をしてもいい、何を表現してもいいという風に取るアライさんが増えたからだ。 だから自撮りもオフ会も、喧嘩も、自由であるという風に捉えてしまった。 それまでのアライさん界隈は少なくとも良心を前提に、自分のダークサイドを告白し、人生を少しでも良く生きていこうと藻掻いていた人が多かったから、自分のダークサイドを告白する時や自分の意見を言う時でさえ、自由といえども配慮はあった。 しかし、変質したアライさん界隈は、自由が先行し配慮がなおざりになっていった。 配慮しつつ自分が言いたい事を言うのと、自分が言いたければ配慮なんてお構いなしに言うのとでは、まるで事情が違う。 変質したアライさん界隈は後者で自由を考える事が多くなり、元々メンヘラやアウトサイダーが集まりがちな界隈で、アライさんの皮というわずかな建前すら脱ぎ去った結果、その人の地の醜い部分がむき出しになってしまったケースを多々見たのである。 そして配慮あるアライさんの一部は、アライさん界隈のヲチスレで本心を語るというような、本末転倒な状況も生まれた。 3)日に日に攻撃性が高まっていった このように匿名性を自ら捨てていき、また自由気ままに発言するアライさんが増えた結果、当然のように界隈では小競り合いや喧嘩が増えていった。 それまでは小さく慎ましくなるだけ外部との接触を絶ち、自らの優しい世界を守っていこうとしていた態度は一変し、喧嘩の売り買いを公然と行い。 それに扇動されて大騒動に発展するアライさんも増えた。 アライさん同士のリプにも、それまでは優しく諭すか、ジョークで済ますような対応も減っていった。 公然とアライさん同士で喧嘩するようになり、また外部とも喧嘩するようになったのである。 以上が自分がアライさん界隈を辞めた理由のいくつかだ。 もちろんこれ以外にも腹に据えかねていた事は沢山あるが、大まかな理由としてはこれだ。 自分がアライさん界隈を辞めようと決心した時、今のアライさん界隈はすでに昔とは違うのだなと実感できたからである。 TLに流れるツイートは、生配信予告、自撮り、オフ会報告、オフパコ、食レポ、メスイキ、喧嘩のツイートばかりが目についた。 かつて幼稚園のような雰囲気だった界隈が、今や昔懐かしいバカッターの再現のような状況まで悪化したのである。 今のアライさん界隈は、偏差値最底辺の高校のような場になった。 だからやたら目立とうとするし、面白い事を無理に言おうとするし、マウント取ろうとしたり、自分の感情だけですぐに喧嘩腰になったり、性欲のままに行動するようになったのだ。 自分のダークサイドも、不良の犯罪歴自慢の様相になっていったのである。 アライさん界隈が、馬鹿発見機としての機能を発揮している様相を見て、自分はひっそりとアライさんアカウントを削除した。

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