泣きたい私は猫をかぶる 猫の恩返し。 『泣きたい私は猫をかぶる』感想。ジブリ映画に似ていて面白い!|まよマエ!

【Netflix】『泣きたい私は猫をかぶる』は何故、日本アニメ史上重要作なのか?チェ・ブンブンのティーマ

泣きたい私は猫をかぶる 猫の恩返し

生きる上での仮面の話だ。 複雑な家庭環境の中学生女子の主人公が、猫に変身できるお面を手に入れ、好きな男子に近づく。 人の顔を隠すお面が重要な小道具として登場する通り、これは「仮面=ペルソナ」についての話だ。 「猫をかぶる」とは、本性を隠して良い子ぶるというような意味だが、主人公は父の再婚予定の相手と一緒に暮らし、常に笑顔(の仮面)を絶やさない。 そして、猫のお面をつけて、猫に変身して好きな男子のところに行く時だけは、本心から甘えることができる。 人間でいるときのほうが本性を隠す仮面をつけていて、猫になっているときのほうが本心で生きていられるという逆転状況。 本当は「泣きたい」のに笑っていないといけない、だから「猫をかぶって」本音で生きる。 岡田麿里の作品らしい捻じれ方をしている。 Netflixでの配信となったが、本来は映画館で中高生に見てほしい作品だ。 本音で生きることの難しさと大切さをリアルに描いた秀逸な青春映画だ。 ここがはっきりしていたらもっとスッと話も入ってきたと思います。 ただ後半の展開の急さや描写不足がどうしても気になってしまいました 日之出サンライズアターック! 世界との向き合い方についてピュアネス溢れるタイトル。 思春期ティーンという無限大謎人間についての永遠のテーマ、多感な時期の繊細な問題 ex. 『お引越し』。 それに対する反応は人それぞれだろうけど、本作の主人公"裸足"ムゲの場合、普段ウザいくらいハイテンションなのに、父の再婚相手薫さんに対する一見そのままだけど全く心開いていないドライさ。 壁がすごい、皆へのへのもへじ、無理してこれ以上傷つかないための予防線"どうだっていい"。 居心地の悪さから逃れるための良さと心の拠り所、誰かの幸せを願ってそばにいたいと思う。 代わりになれないし手遅れに なりそうに なってから愛されてたんだって思う。 いつも本当にだいじなものに気づくのが遅くて、けどやっぱり後悔したくない。 猫は太陽の匂いがする、半猫はまだまだ思い残したことがあって人間臭い ?。 「世にも奇妙な物語」か「週刊ストーリーランド」って作品みたいなプロットとお面屋という存在 山ちゃんノリノリ 、あとやっぱり『猫の恩返し』。 自分の周りに、いないと困る人っているかな。 笑顔が見たい人ってさ。 帰りたい場所があるっていいことだ 主旨が違うけどコロナ自粛期間に映画館行けなかったことでも実感した。 太陽の匂いみたいに愛らしい作品で、日本の王道アニメ間に日本という文化と古来からの神秘性も他作品よろしく話・世界の広げ方に一役買っている。 簡単に全体的な感想を言うと、前半まあまあ、後半退屈でした。 「無限大謎人間」略してムゲ(さすが岡田さん 笑)と呼ばれる女子中学生の笹木美世は、ある日の夏祭りをキッカケに同級生の日之出賢人に恋をする。 アプローチの仕方がめちゃくちゃオープンで、現実味はないけれどこんな子いたら自分は好きになるなとか、猫に変身できるアイテムがお面という心擽られる設定に、実写映画では受け付けない要素を楽しく観られました(設定はともかくキャラクターがアニメーションでないと観てられない) ただ、ラストになるにつれて確信めいた事を幾度も繰り返すので、観ていて疲れたし、その割には画的な力強さが物足りなかった。 これは、お面売りの猫店主に問題があるね。 人間に戻りたいというムゲと、ムゲを完全に猫化させて寿命をもらいたい猫店主、利害関係的に悪役ではあるのだけれど、そもそもこの人間から寿命をもらう行為は猫の世界では良しとされているのかどうか?猫店主は、猫の世界ではどういう存在なのか?これらがわからないままだったから、ラストの展開が盛り上がりに欠けたのだと思う。 まあ、ラストで言いたい事は、「家族とちゃんと向き合いたい」、「日之出にちゃんと想いを伝えたい」、この2つの回収がわちゃわちゃってなってたね 笑 良い事を書いてなかったけれど、きなこが自分を心配する薫さんを「見ること」で、ムゲになって薫さんに尽くすよりも、たとえ想いを伝えられない猫のまま、きなこのまま彼女のそばにいる事が1番大事だと気付いたシーン、ああいう演出こそが映画の醍醐味だと個人としては思ったね。 あと志田未来ちゃん声優上手!岡村明美さんに声似てない?笑 主人公のムゲは結構エキセントリックな行動をしているので何だコイツ……な印象が否めなかったものの、彼女の複雑な家族環境や過去の友人関係が明らかになるにつれ、誰かに愛されたい、必要とされたいが故の求愛行為だったことがわかる。 中盤、教室でのあの展開は切なくて……だんだんムゲが可愛く感じてくる自分がいる。 ただ中盤の恋愛感情の盛り上がりにくらべて、猫の村に到達してからの展開はベタすぎるし、ラストのお面屋との追いかけっこも冗長な気がしてこのへんはマイナス評価。 ムゲと入れ替わったきなこのやりとりを深めた方がドラマ性あった。 あとエンドロールのおまけカットはうれしかったけど漫画みたいなセリフまでいれるのはやりすぎ。 読み手を信頼してない証拠。 恋愛ファンタジーなんだからもっと妄想させるべき。 劇場で公開予定だったこの作品、ネトフリ限定で埋もれるのはもったいない。 猫好きのひと、ボーイ・ミーツ・ガール物が好きな人は観るべき。 最初は出てくるセリフの臭さに鼻白みましたが見ていくうちにストーリーに引き込まれました。 セリフに慣れることができるかがそのあと楽しめるかどうかの肝だと思います。 物語の中盤は言及する点もなくスムーズに進みます。 ただ終盤が…。 自分はご都合主義はそれほど気にならない質なのでそこは良いのですが世界観の説明がないまま一気に解決に向かうので、視聴者が置いてけぼりのままいつのまにかハッピーエンドになっていた感じが強いです。 でも総合的にみれば作画もよく大きなストレスになる点もなくネットフリックスにもともと入ってるなら見て損はないと思います! この作品のために入るかと言われれば微妙ですが…。 主人公の声を演じたのは志田未来さんとのことでしたがエンドロールまで気づかない程お上手でした!脇を固めるのも実力派声優で、演技に関しては言うことなしです。 挿入歌と主題歌も作品にあっていてとてもよかったです。 ネタバレ! クリックして本文を読む スタジオコロリド作品は初鑑賞。 見終わって劇場で観たかったと口を尖らせました。 岡田麿里脚本の作品が大好物なので、今作もワクワクしながら観ました。 猫を主題にしてどういう作品を展開していくのかと気になりましたが、ざっくり説明すると、幼馴染が好きな主人公が猫になれる仮面を被って、猫になって幼馴染に可愛がってもらうけれど現実ではうまくいかず、猫そのものになってしまい戻れなくなってしまったけれど、幼馴染の優しさに気づいて猫から人へと戻ろうとする物語です。 前半からラスト30分くらいまでは岡田麿里らしさ全開の苦い青春、「思春期」をまじまじと描かれていました。 終盤になると、ファンタジー色が強くなり、ジブリの世界かな?と思うくらい幻想的になりました。 全然面白いんですが、岡田麿里作品ではないなって感じです。 面白いんですけどね。 この時期に映画館ではなく、Netflix限定にしたのは英断だと思います。 しかし、映画館で観たかった…悔しいぜ… 好みの絵柄のアニメ作品で特に小中学生の女の子は喜ぶ作品だと思う。 ただNetflixでの配信という形に公開を変更したことで、その層にどれだけ作品が届いたかどうかが気になる。 劇場公開できなかったことが残念なのは否めない。 内容については私好みの絵柄で美しく、最後まで飽きずに見せてくれた。 ヨルシカの音楽の使い方も新海誠ほど巧みとはいえない(作風の都合上どうしても比較してみてしまう点はご了承いただきたい)が、いい感じにフィットしていたと思う。 ただ、キャラクターの動機づけが少し惜しかったように感じる。 恋愛への繋ぎ方を考えるともう少しキャラクターたちの様子を繊細に描写してもよかったのではないだろうか。 あとは「猫の世界」の描写ももう少しあってもよかったと思う。 全体的に説明不足な感じがしているのが惜しいところである。 上述のように色々と新海誠作品と比べられそうで大変だとは思うが、ヒロイン(というか主人公か)の仕草や表情は非常に豊かで個人的には新海作品のヒロインより数段魅力的だと思ったのでここはよかった。 声優さんの演技もいい。 色々ツッコミどころのある作品ではあったが視聴後の満足感はあったので見て損な映画ではないと思う。 ただこの映画のためだけにNetflixに入るべきかと言われると疑問はある。 後からでもいいので状況が治ってから改めて劇場公開しても良いのではないかと思った。 手描きと3DCGを融合させた、奥行きあり、様々な動きに快感がある作画。 ジブリ出身の作画監督・横田氏の女の子の表情と猫の動きはとくにいい。 名匠・佐藤順一監督と、こちらもジブリ出身の柴山智隆監督のコンテ、演出により、テンポのいい場面が続く。 志田未来と花江夏樹の声も心地よい。 そして……それらを全て破壊するセリフの絨毯爆撃。 主人公はもちろん、ここに出てくる人々は大人たちも含め、誰もが自分のことしか考えておらず、居心地の悪い世界に生きて機嫌が悪く、思い通りにならず悔やみ、自分の居場所を探してフラフラしている。 経済も人間関係も八方塞がりな今の中学生〜大学生(または20代)の世代が感じている憤りを反映した設定なのは理解できるが、陰鬱すぎるのと、さらに彼らが何を感じているか、何に今困っているのか、気持ちまで説明セリフなのがきつい。 喋り過ぎキャラばかりの世界。 そして、恋愛は理屈じゃないとはいえ、主人公がなぜ日の出くんに惚れているのか、男キャラの魅力がわからない。 「感じさせる」表現が少ないからだ。 せいぜい、家が嫌いで入るのに気合が要る、というのと告白のところくらいか。 また、表面上は『耳をすませば』『猫の恩返し』パスティーシュに、『鎌倉ものがたり』『ユンカース・カム・ヒア』『君の名は。 』の切り貼りのような世界。 着地点含めて、「どっかでみたな」というパターン踏襲に過ぎず、既視感の嵐。 いや、私がスレたおじさん過ぎて、新しい表現になじめず、対象年齢じゃないのかも? 素直に恋愛ファンタジーを楽しめる世代には、お勧めします。

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『泣きたい私は猫をかぶる』感想(ネタバレ)…Netflix;猫被りするのはやめる? : シネマンドレイク:映画感想&レビュー

泣きたい私は猫をかぶる 猫の恩返し

泣きたい私は猫をかぶる あらすじ 自由奔放な笹木美代は、クラスメイトからも変な女子扱いされつつも、いつも明るく元気いっぱいな中学2年生。 思いを寄せる日之出賢人には毎日のようにアタックするが、全く相手にされていない。 それでもめげずにアピールを続ける彼女には、ある秘密があった。 それは夏祭りで出会った不思議な人生の転機。 笹木美代は猫になることができるようになった。 『泣きたい私は猫をかぶる』感想(ネタバレなし) スタジオコロリドは世界に羽ばたけるか?新型コロナウイルスは映画業界に広域的かつ致命的なダメージを与えましたが、実際にその災禍を経験してわかったことですが、作品タイプによってその影響の度合いも変わっています。 ことさらパンデミックにとくに脆弱であることが浮き彫りになったのが 「アニメ映画」です。 もともとアニメ映画は日本の映画館を支える大事なコンテンツ。 主に小さい子どもに支持される「ファミリーアニメ」、幅広い世代に支持される「大衆アニメ」、コアなマニア層に支持される「オタクアニメ」の3種類に大別されますが、 どれもが局所的もしくは爆発的な観客動員力を持っています。 アニメ映画がなければ経営が立ち行かない劇場もあるでしょう。 しかしその強みが逆に仇になりました。 感染症予防の観点から 集客力のあるアニメ映画は上映しづらい作品になってしまいます。 アニメ映画によくみられる入場者特典や付随イベントもソーシャルディスタンス的には完全にアウト。 さらにアニメ制作はただでさえ密集したスタジオで行われますし、今では中国などのスタッフの力も欠かせず、 そもそも映画を作れないという障害まで発生。 5月・6月と日本でも新作映画公開が一気に再開されたのにアニメ映画だけはすぐに見通しが立っていないか公開が数月は出遅れているのは、そうした特有の事情があってこそ。 6月18日時点ですら公開延期を発表するアニメ映画があるくらいですからね。 こればっかりはしょうがないのですが、 アニメ映画大国の日本にこんな弱点があるとは…。 そんな状態ですから 劇場公開をやめてネット配信にするという大きな決断をしたアニメ映画も登場しました。 それが本作 『泣きたい私は猫をかぶる』です(通称「泣き猫」)。 本作は、2018年に 『ペンギン・ハイウェイ』という長編アニメ映画でこの世界に軽やかにデビューした、若々しさのあるアニメ制作会社 「スタジオコロリド」の長編アニメ映画第2弾です。 日本のアニメ映画業界は戦国時代状態ですが、その中でも初陣で個性をアピールするのに成功したスタジオコロリドの行く末には注目していましたが、まさかこんな2歩目になるとは…。 でも私はこれは躓きではないと思います。 むしろチャンスなのではないか、と。 というのも、『泣きたい私は猫をかぶる』は劇場公開からNetflix配信へと大胆に転身したわけであり、その決定の裏には関係者の葛藤もあったと思いますが、結果的に世界中の人に作品を知ってもらう機会を獲得しました。 日本のアニメ映画は今は海外の専門配給会社のおかげで諸外国のシアターでも公開されることも増えましたが、それでもしょせんは限定上映。 日の目を浴びているとは言え、校庭の片隅で座っている程度でした。 それがNetflixとなると話が違います。 世界に膨大なユーザーを抱えるサービス上で、オリジナル作品として積極的にレコメンドしてくれる効果は想像以上です。 本作も中国語、韓国語、英語、ポルトガル語の字幕完備で一気に展開され、ここまでの拡散性は桁違いです。 世界の賞レースにだって上がりやすくなるでしょうし、そうでなくとも スタジオの知名度が世界的にグッと広がっていろいろな足掛かりになります。 ただでさえ固定観念から脱却しきれない日本のアニメ業界。 『泣きたい私は猫をかぶる』の決断は、 これからの日本のアニメ映画の戦略のひとつとして今後も検討されるべきことなのかもしれませんし、おそらく各関係者も注視しているはずです。 物語は 「青春」と 「猫」と 「ファンタジー」という割と王道なものですので万人に親しみやすい作品でしょう。 世界中に知ってほしいですが、もちろん日本人にも知ってほしいところ。 これを機にスタジオコロリドの生み出す創作に触れてみませんか? 夏祭りの日。 出店が並び、賑やかなお祭りの空気が流れる中、中学2年生の 笹木美代はやや憂鬱でした。 隣にいるのは、現在は 別居中の母。 「美代からお父さんに話してくれない?」「お父さん、再婚するって?」などと、今は 薫という他の女性と 父の3人暮らしをしている自分たちの家庭環境に探りを入れようとしてきます。 そんなしつこい母にうんざりした美代は怒って祭り会場からひとり離れていき、小雨降る中、静かな夜の森をずんずん歩いていました。 「こんな世界嫌いだ、滅びちゃえばいいんだ」…そう苛立ちを募らせて…。 すると人っ子ひとりもいない森の夜道で、目の前に 変な奴がいます。 猫? 人間? その怪しい奴は、お面を売っているような感じで、 「いらっしゃい、つけてみるかい?」と語りかけてきました。 それから月日が経ち、学校に登校する美代。 小学校から親友の 深瀬頼子にいつものように話しかけると、ふと少し先を歩くひとりの男子を発見。 近づくと 「日之出・サンライズ・アタック!」と自分の尻で小突きます。 それからもその男子、 日之出賢人が美代を追い払うために言った「待てない」という言葉を勝手にエロボイス扱いで興奮したり、スマホで声を録音させてと図々しく頼み込んだり、人目もはばからずやりたい放題。 日之出は心底ウザそうです。 日本的な猫らしい物語 『泣きたい私は猫をかぶる』は観てのとおり王道なストーリーであり、そこまで特異なオリジナリティがある作品ではありません。 なぜか知らないですけど 日本人は青春学園モノのティーン作品と猫を混ぜ合わせたがります。 アニメ映画なら 『猫の恩返し』が『泣きたい私は猫をかぶる』とほぼ同系統の作品です。 私の意見ですがおそらく猫の可愛さはもちろん、 「猫はまったりマイペースで生きている存在」という認識がいつも忙しく生きる日本人的スタイルの真逆で憧れやすいのでしょうかね。 大人の作品ですらも猫と組み合わせるとそういうムードになりますから。 猫は日本人にはないものを持っている生き物なのかな。 逆に海外ではあまりそういう印象で猫を語ることはしないです。 それよりも「姑息でずる賢い」とか「しぶとい」とか「捕食者」とか、そんな描かれ方をすることが目立つような…。 文化的な違いなんでしょうか。 本作のタイトルにもなっている 「猫をかぶる」という慣用句も、英語圏にはない日本特有のものであり、それも確かにそのはずです。 この慣用句自体が、日本人的な性質と猫的な性質は別物ですよという価値観を前提にしていますから。 そういう意味では『泣きたい私は猫をかぶる』は日本だからこそ生み出される作品です。 思春期は本音と建て前の使い分けを覚える時期。 そんな年頃に 「猫をかぶる」ことにハマってしまうと人生がダメになっていくというのは、大人も図星経験がいっぱいあることですし、素直な自分でいてほしいというシンプルなメッセージに行き着く。 ゴールは平凡、まあそうなるよねという後味。 ただ、本作は そのゴールに至るまで過程が絵的に楽しいものになっています。 猫であることがバレるかバレないかサスペンスというよりは、「私、実は猫なんですよ」という口外できない秘密を抱えたうえでの自慢行動のあれこれが楽しいコミカルさになるのが前半のポイント。 まあ、ちょっとあれくらいの女子中学生にしては言動が子どもっぽすぎる部分は否めないですけど、複雑な家庭事情で大人の愛を受け入れられないゆえに「子ども化」していると考えれば理解できなくもないのかな。 深瀬頼子という友達の存在が良いツッコミになってくれているので、安心できるというのもありますね。 あの子がいなかったら本当にただイタイだけになっていたし…。 そしてそのクセの強い人間キャラを上回る存在感を放つ猫店主がまた物語にスパイスを与えてくれます。 もっと無限大謎人間でいてほしいその『泣きたい私は猫をかぶる』の後半から終盤のラストスパートにかけて、ここに関しては私は少し勢いが失速するというか、 強引に風呂敷を畳んだ感じがして若干残念ではありました。 まず 絵的な躍動感がもう1歩な物足りなさがあります。 『ペンギン・ハイウェイ』のときは、街にペンギンが大量出没するという、なかなかお目にかかれない珍光景だからこその勢いの良さがありましたけど、今回の『泣きたい私は猫をかぶる』は終盤の舞台の 「猫島」の見せ方が出し惜しみして終わったな、と。 ダイナミックな映像をもっとたらふく見たかったけど、いろいろ厳しかったのかな…。 物語自体にタイムリミット感もなく、あまりハラハラしないですよね。 本作は 愛知県常滑市を舞台にしており、ここは猫の町としても有名みたいですが(「とこなめ招き猫通り」には陶器製の猫が飾ってある)、そういう地域風土を活かした世界観は良いのですけど。 個人的な趣味を言わせてもらうなら、 『スペースキャット』信者としては宇宙ベースの猫&青春作品もたまにはいいんじゃないか、誰か作ってくれと思ってます。 その戯言はさておき、一番気になるのは 大人側とのエピソード。 美代と日之出の和解は、まあ、あんなフワっとしたものでもいいのですが(中学生だしね)、大人はそうはいかないだろう、と。 あそこまでギクシャクした家庭環境とどう折り合いをつけるのか。 そこに関してはかなりぶん投げたエンディングでした。 どうも日本のアニメ映画のティーンを題材にした作品はそういう大人描写が苦手ですよね。 そのせいか 妙に大人を排除したストーリーになってしまうこともあるし…。 ああいう美代みたいな家庭は普通にいるし、それとどう向き合うかは主人公の同世代の観客だって気になることのはず。 それに対して製作陣は明確な答えを結局は逃げつつ、良い話っぽく終わるのはズルいような…。 せめて猫島の元人間の猫たちからの意味あるアドバイスが欲しかったですし、願わくばあの父や母、薫にも 猫絡みの成長につながる互いに交差するドラマがあるとよかったな…。 一番説明責任があるのは父親だろうし、もう少しこう、大人を示してほしかった…。 あと、本作における猫化ですが、設定上は毛づくろいも爪とぎもしない、毛玉も吐かない、排泄もしない…という、 猫特有の生々しい現実問題は意図的に排除されています。 ピュアな物語にしたかったのでしょうが、でもこの要素は上手く生かせばギャグになるし、絵的にも面白いです。 せっかくならそうやって猫になることのジレンマを描いても良かったのではないか。 ましてや思春期ですから体の変化だってあるわけで、なんか無限大に物語が広がる可能性はあるのにもったいなかったですね。 実はあの人間は元猫だった!とか、そういう予想外展開を連発して後半は物語を引っ掻き回すのでも良かったし、発展の仕方は無数にあったのに、全体的に無難に着地しすぎた感じは否めません(『ドクター・モローの島』みたいになってほしいわけではないですけど…)。 美代もおとなしめな終わりだったので、もっと無限大謎人間で良かったのですよ? 世の中には踊り狂う猫人間とかいるんだから…(『キャッツ』の話ね…)。 オーソドックスなジャンル映画としての定番はあるので一定の需要は満たせますけどね。 あと猫も可愛いし。 そう、猫。 猫は可愛い。 でも猫だって大変なんです。 あいつら繁殖期になると野良猫たちはうるさいったらないですからね。 あの私が昔見た繁殖期に盛り上がる猫たちが元人間だったら、なんか幻滅だなぁ…。

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NETFLIX映画『泣きたい私は猫をかぶる』ネタバレあらすじと感想。 仮面を手に入れたことで“自分自身”と向き合える

泣きたい私は猫をかぶる 猫の恩返し

こんにちは~ チェリーです。 ここのところ、学校の課題やテスト、バイトで忙しくてなかなかブログを書く時間を取れません泣。 こういう時「 生まれ変わったら金持ちのマダムの飼い猫になってのんびり過ごしたいな~」と思うのですが……今回紹介する映画 「泣きたい私は猫をかぶる」では、主人公が実際に猫に変身して冒険します。 本作は「ペンギンハイウェイ」で好評を博した スタジオコロリドの制作。 劇場公開される予定でしたがコロナ騒動で状況がそれが延期になり、ついにに売り込んで全世界一斉配信という決断に踏み切りました。 劇場で観られなかったのは残念ではありますが、で配信したことでより多くの人にこの映画に触れてもらうきっかけになるといいですね。 基本情報• 2020年6月で公開• 制作:スタジオコロリド• 監督: 柴山智隆• 脚本:岡田磨理• キャスト: 他 あらすじ 笹木美代(ささき・みよ)は、いつも明るく陽気な中学二年生の女の子。 空気を読まない言動で周囲を驚かせ、クラスメイトからは「ムゲ 無限大謎人間)」というあだ名で呼ばれている。 しかし本当は周りに気を使い、「無限大謎人間」とは裏腹に自分の感情を抑えて日々を過ごしていた。 そんなムゲは、熱烈な想いを寄せるクラスメイトの日之出賢人(ひので・けんと)へ毎日果敢にアタックを続けるが全く相手にされない。 めげずにアピールし続ける彼女には誰にも言えないとっておきの秘密があった・・・。 公式サイトより) 感想 猫をかぶって現実逃避 「だって日之出は女子の中で私と一番しゃべるし~」 のはとりちゃんみたいなこと言ってる主人公の名前は 美代。 (相手にウザがられてる分、はとりよりイタい感じかも) 中学生の女の子で、同じクラスの 日之出賢人という男の子に夢中。 登校中の彼を「日之出・・アタック!!」と叫びながら小突いたり、彼の声をに録音しようとしたりともうやりたい放題。 空気を読まない言動から周りに「 ムゲ(無限大謎人間)」と呼ばれ、親友の頼子にも「完全にストーカー思考」とあきれられる始末です。 しかし一方で、小学生の頃に母親が家を出ていき、現在は父とその再婚相手の 薫という女性(と薫の飼い猫の きなこ)と暮らす家庭環境に窮屈さを感じている美代。 そんな家から逃げるように、今日も美代はベッドの下の猫の仮面を取り出して…… 対する日之出も家に帰宅。 日之出の父は他界しており、今は母と姉、焼き物工場を営む祖父と共に暮らしています。 将来は祖父のように陶芸をやりたいと思う日之出ですが、経営難のため工場は閉めることに。 なかなか思い通りに行かない日々の中、最近家に来るようになった 太郎という白猫が日之出の癒しです。 しかし時計の鐘の音を聞くと太郎はさっと外に出て行ってしまいます。 屋根の上を伝い歩き、誰も見てない中太郎は飛び上がると 美代の姿に変身します。 実は 冒頭の夏祭りで出会った怪しい猫店主からもらったお面で、美代は自由に猫の姿になれるようになっていたのでした。 太郎の姿で日之出に触れて、ルンルン気分で妄想を爆発させる美代。 「もうずっと太郎のままでいいかも」 そんなことを思い始め…… もっと冒険してもよかったかも 本作のストーリー自体は王道。 「女の子が猫になって恋して冒険して…」というだけなら「」など他に有名なアニメ作品もあります。 では本作の何が特徴的かというとそれは登場人物たちの内面や葛藤をリアルに描こうとしたところでしょう。 美代は 実際にこんな子がいたら多分ドン引かれるくらいに子供っぽい言動が目立ちますが、本心を打ち明けられるような存在が家庭にいないため、周りに上手く気持ちを伝えられないのかもしれませんね。 そんな美代の良き親友の頼子(この子がツッコんでくれないと美代がただのイタい子ですし)にも小学生の頃美代をいじめからかばえなかったという負い目があったり、美代を扱いかねてる日之出にも進路の悩みがあったり。 、、の演技と掛け合いがうまくそれを表現していました。 怪しげな猫店主を演じるの、うさん臭さとコミカルさを出した演技もさすがベテランといったところ。 ただ終わり方にはもう少し工夫がほしかったかも。 終盤日之出と美代が両想いになって猫店主から人間の顔を取り戻すのはいいんですが、結局美代が家庭に対して感じていた寂しさや気まずさは解決していないような……。 そこはあの母親経験のある元人間の猫が何かアドして美代が行動を起こしたり、美代が猫になったことをきっかけに父親や母親が娘との関係を振り返ったりするとかがあるとキャラの内面性にもっと説得力があったかも。 せっかく「猫に変身」という要素があるなら猫の視点や生態なんかを活かした冒険要素があったらワクワクが増したしれませんね。 観ていて楽しい絵作り 本作の舞台は陶芸と猫の街として有名な 愛知県だそうです。 出典 夕日と焼き物散歩道のストが素敵ですね~アニメでも丁寧に再現されていました。 あととにかく小物のこだわりがすごいですよね~ 日之出の机の上にはがはってありますが、それに対応するかのように美代のベッド脇には 天球儀らしきものがおいてあります。 (二人とも特に天文に興味があるような描写はありませんが) また美代の部屋の本棚には「」の絵本があったりと、細かいところで観客の目を引く工夫がありました。 cherrydaisukichang.

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