志賀 廣太郎 死亡。 名脇役・志賀廣太郎さん、誤えん性肺炎のため死去 71歳

俳優 志賀廣太郎さん死去 誤嚥性肺炎とは?名脇役ドラマ映画まとめ!

志賀 廣太郎 死亡

名脇役として活躍した俳優の志賀廣太郎(しが・こうたろう)さんが、誤えん性肺炎のため4月20日に死去していたことが30日、分かった。 71歳。 葬儀は29日に近親者で行った。 喪主は弟健二郎(けんじろう)氏。 新型コロナウイルスの終息後、所属劇団「青年団」の劇団葬としてお別れの会を予定している。 志賀さんは昨年4月に脳梗塞を患い、手術を受けてからは、復帰を目指しリハビリを続けていた。 40代でデビューした遅咲きの名バイプレーヤーが、志半ばで旅だった。 関係者によると、志賀さんは手術後、介護施設で生活していたが、4月に入って食欲が低下。 20日夕方に意識がもうろうとしていたため、緊急搬送された。 病院に到着した時には心肺停止しており、意識が戻ることはなく、死亡が確認された。 新型コロナによる肺炎の疑いはないと診断されたという。 兵庫県出身の志賀さんは、中学、高校時代は演劇部に所属。 桐朋学園大短期大学部で演劇を学び、専攻科修了後、ドイツ留学を経て、同校で非常勤講師として勤務。 42歳だった1990年、平田オリザ氏主宰の「青年団」に入団し、プロとして役者業に取り組むようになった。 05年からのDVDドラマシリーズ「THE3名様」での、「パフェおやじ」もハマリ役に。 14~19年のテレビ東京系「三匹のおっさん」シリーズでは、北大路欣也(77)、泉谷しげる(71)と共に主役に抜てきされた。 19年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」にも出演予定だったが、18年4月、体調不良を理由に降板を発表。 その後、仕事を再開させたが、脳梗塞で途中降板した19年4月期のテレビ東京系「きのう何食べた?」が最後の出演となった。 1年前に受けた脳血栓の除去手術により、志賀さんには右半身のまひと失語症の後遺症が残った。 リハビリに取り組み、今年2月には手すりにつかまった状態で歩いて、日常会話もある程度できる状態にまで回復。 周囲には「年内に朗読劇かナレーションができれば」と話して復帰へ意欲を見せていたが、願いはかなわなかった。

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志賀廣太郎若い頃のイケメン画像!現在の体調と病気を調査した!

志賀 廣太郎 死亡

東京ドラマアウォード2014で特別賞を受賞した志賀廣太郎(14年) 『陸王』(TBS系)や『三匹のおっさんシリーズ』(テレビ東京系)など、人気ドラマに数多く出演。 名バイプレーヤーの志賀廣太郎が6日、脳梗塞の疑いのために手術を受けていたという。 所属事務所によれば、 「病院では脳血栓を取る手術をしたのですが、MRIの検査では脳梗塞までは見えていないと。 回復する可能性は十分にあるそうです」 と明かす。 6日の朝4時半ころ、連絡が取れないことを心配したスタッフが自宅を訪問。 そこで、倒れている志賀を発見し、5時ころに病院へ救急搬送されたという。 「5日に俳優仲間の舞台を観に行く約束をしていたのですが、来なかったので電話してみたのですが出なかった。 そこで、6日早朝にスタッフが自宅に行って、彼を見つけたのです。 ちょうど、仕事は入っていなかったので、観劇の約束をしていなかったら、8日まで連絡を取ることは無かったと思います。 そう思うと、本当に怖かったですね」(同・所属事務所) 今回の手術により、出演しているドラマ『きのう何食べた?』(テレビ東京系)は降板。 未収録分は代役を立てるという。 「志賀といえば、18年にも出演が決まっていたNHK大河ドラマ『いだてん』を体調不良で降板。 今回のことを考えると、このころからどこか体調が思わしくなかったのかもしれませんね」(スポーツ紙記者) 40代で離婚している志賀は現在、独身。 神奈川県内にある団地で、独り暮らしをしている。 「ここは70年に建てられた団地で、エレベーターは付いていません。 志賀さんのお部屋は50平米ほどの2LDKタイプではないでしょうか。 お独りで住まわれるのなら、十分な広さだと思いますよ」(地元の不動産店) 近所の住人にとっても、ここに志賀が住んでいることは有名だそうだ。 「うちの団地は駅からちょっと離れているんで、志賀さんはよくタクシーを迎車して最寄り駅まで出ていましたね。 だけど、それ以外は我々と変わらない質素な生活をしていたと思いますよ。 誰かを呼んでドンチャン騒ぎをすることも無いし、会えばあのいい声で気さくに挨拶してくれました。 ここはお年寄りの独り暮らしが多いんだけど、こういうニュースを聞くと他人事のように思えないよ。 何とか元気になって、戻ってきてもらいたいね」(同じ団地に住む年配男性) 独特の雰囲気で、今や映画やドラマに欠かせない存在になった志賀。 志賀廣太郎 48年8月31日生まれ、兵庫県出身。 71年に桐朋学園大学短期大学部専攻科演劇専攻を卒業。 78年より母校の演劇科で非常勤講師を務める。 40代後半から映画界などから注目を集めるようになる• 写真:時事.

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俳優・志賀廣太郎さん死去 71歳

志賀 廣太郎 死亡

志賀廣太郎さん死去 ドラマ「三匹のおっさん」などで知られる俳優の志賀廣太郎さんが20日午後8時20分、誤嚥性肺炎のため死去しました。 71歳でした。 志賀さんは近年、体調不良でドラマ降板が続いていました。 志賀さんは19年放送のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」で、春野先生役で出演予定だったが、18年4月に体調不良のために降板を公表。 春野先生は金栗四三の妻となる春野スヤの父で医者という重要な役どころ。 代役は佐戸井けん太と発表された。 志賀さんは18年7月のフジテレビ系「ノンストップ!」で「いだてん」降板について、体調不良こそ「おかげさまで」回復しつつあるが「あんまり運動をやらなかったから。 もう少し歩くことを復活させる」と体力回復に意欲を見せていた。 だが19年4月に脳梗塞の症状で倒れ、テレビ東京系ドラマ「きのう何食べた?」を放送途中で降板することに。 主人公・筧史朗の父・悟朗役だったが、田山涼成が代役を務めた。 降板の際、所属事務所は「回復いたしましたらまた元気な姿をお見せできるよう、しばらく休養を取らせていただきます」とコメントを発表していた。 実は、2018年ころから、激ヤセした姿が目撃されるようでした。 2017年10月に放送されたドラマ『陸王』(TBS系)では、老舗足袋屋の専務取締役「ゲンさん」に出演しました。 その後、2019年1月から放送されたNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の降板を発表。 4月放送のドラマ『きのう何食べた? 』(テレビ東京系)では、体調不良で途中降板に。 そして、2019年年8月のドラマ『花のち晴れ~花男 Next Season~』(TBS系)に出演していた当時、ネットでは、痩せすぎていると心配の声があがっていました。 高田文夫 幼稚園の園長や小学校の担任が児童演劇協会に所属するなど演劇に造詣が深かったことから、中学・高校から演劇部に所属。 俳優座の養成所が移管されると聞き、桐朋学園大学短期大学部に入学。 大学では演技の他に狂言、日舞、バレエ、体操などを学んだが、なかでも能を 観世銕之丞に学んだことは印象に残っており、音声学を学んだ 柴田武からは、「君の声はいい声だから大事にしなさい」と言われたという。 1971年、桐朋学園大学短期大学部専攻科演劇専攻修了。 卒業後はすぐ役者の道に進むつもりだったが、素晴らしいと思える先生に多数出会ったことから大学に残ることを決め、1973年までゼミの助手を務める。 当時は翻訳劇の舞台が多く、ヨーロッパ原作の劇が現地でどう演じられているのかが気になったため、ドイツに渡り、語学学校を経てシュトゥットガルトの専門学校へ入学。 そこでは演技の基礎と考えていた体操を1年近く学び、あちこち移動した後、ウィーンで日本人補習授業校の小中学生の国語教師を務める。 30歳を前に、交際していた女性と結婚するため1977年に帰国。 1978年より母校の演劇科にて非常勤講師を務める。 学生には 南果歩などがいた。 ドラマや舞台において、上司役や刑事役、教師役や医者役などを持ち前の風貌と渋い声で演じ、様々な場面に欠かすことのできない名脇役として活躍してきました。 ドラマプロデューサーの伊與田英徳は、「地味な存在の役を、そのままいい具合に地味に演じることができる。 地味な役でもカッコよく演じたい役者さんも多いなか、配役のキャラクターや演出を理解して演じる志賀さんは貴重な存在」と評価しています。 葛飾北斎 志賀廣太郎さんの最近の映画 志賀廣太郎さんの出演した最近の映画です。 2012年 マメシバ一郎3D — 芝重男 2012年 演劇1(想田和弘監督) 2012年 おだやかな日常(内田伸輝監督) 2013年 謎解きはディナーのあとで(土方政人監督) 2013年 シャニダールの花(石井岳龍監督) 2013年 ほとりの朔子 2013年 豆大福ものがたり 2014年 ジャッジ!

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