セカオワ witch 歌詞。 セカオワラインライブ(LINE LIVE)「Eye」&「Lip」全曲解説まとめ

Witchの歌詞

セカオワ witch 歌詞

セカオワ深瀬の歌詞に現れた心の傷とは セカオワの深瀬氏の歌詞をよく読むと心の傷を感じることがあるざます。 皆さんはいかがざますか? セカオワのシングルリスト 1 2011年8月17日 INORI 2 2011年11月23日 スターライトパレード 3 2012年5月30日 眠り姫 4 2013年5月1日 5 2014年1月22日 6 2014年4月9日 7 2014年10月15日 (リンクは「ざます」内の記事に飛ぶざます) 「スノーマジックファンタジー」の歌詞に見る心の傷 スノーマジックファンタジーは2013年末から2014年にかけてJRグループのCMソングとして依頼された曲ざます。 そのため深瀬自身も『単行本世界の終わり』の164頁にあるように基本的にはラブソングとしてこの曲を書いているざます。 しかし、深瀬氏は基本的には子どもからお年寄りまで楽しめる「国民歌」を目指しているざますから、一つの曲に重層的なテーマを含ませてくるのが常套手段ざます。 に書いたざますが、簡単にまとめるとこの曲は編曲上いくつかの手段で「ハッピーエンド」という言葉があからさまに強調されているざます。 よって極めて重要な主題は「大切な人と出会えれば死はハッピーエンドである」。 こういう読み方ができるざます。 2013年末から2014年にかけて深瀬氏が死についてこのように明るい意味を定めることができたのは、深瀬氏がそれだけ長く悩んできた証拠でもあるざます。 死についてざます 全員ではありませんが何割かの人が小学校高学年から高校生にかけて死への恐怖に囚われるざます。 例えばヤフー知恵袋には次のような相談が多く寄せられているざます。 「死への恐怖」 17歳の高校生です。 最近、寝る前など暗くなったりすると、死への恐怖がでてきて、涙がでたりします。 死が怖くないようにするにはどうしたら良いでしょうか?教えてください。 「死への恐怖から逃れるには」 現在高校一年生なのですが、一週間ほど前から「死」がとても怖くて「死」のことばかり考えるようになり、寝ようと思ってから五時間ほどたっても寝れず、今までにこんなことは絶対に無かったのですが号泣したり、嘔吐したりします。 友達と楽しく話していても、授業中でも考え込んでしまい心臓が押しつぶされそうになります。 毎日がつらいです。 本当にこのままでは頭がおかしくなってしまいそうなので助けてください。 このように悩んでいる若い人は多く、この悩みは大人になっても続いていくざます。 私は六歳のころから、心のうちでたえず「死ぬのが怖い!」と叫んでいた。 何が怖かったのか。 それは、けっして父や母と別れるから怖いという感情ではなかった。 幼い私が震えていたのは、私が完全に「無」になるということ。 それは何なのかわからないながらに、ほんとうに冷や汗が出るほど怖かったのである。 (中略) その後しばらくは、放心したようになって、何をする気も起こらない。 こんなことが、数日に一回くらいの割合で襲ってきた。 街を歩きながら「もう駄目だ!」と私は観念し、涙さえ出てくることもあった。 (哲学者中島義道の文章から) 深く考えるのが仕事である哲学者はもちろんのこと、多くの作家や実業家、あるいは普通の人であってももずっと死の恐怖と戦っている人が多くいるざます。 そしてセカオワ深瀬もそのひとりざます。 「眠り姫」の歌詞の意味 セカオワのシングル「眠り姫」は、「スノーマジックファンタジー」の2年ほど前に書かれたざます。 君と僕とで世界を冒険してきたけど (中略) ある朝僕が目を覚ますと この世界には君はいないんだね 驚かそうとして隠れてみても 君は探しにこないんだ 「眠り姫」の歌詞は分かりやすく、「僕」が「君」がいなくなった後を考えて心を病む歌ざます。 死の恐怖に囚われている人は自分の死を恐れるだけでなく、家族やパートナーの死を非常に意識する特徴があるざます。 「眠り姫」の頃、深瀬は「君」という存在に、ただただ自分の死の恐怖を照らし出し恐れおののくだけだったようざます。 Ah このまま君が起きなかったらどうしよう そんなこと思いながら君の寝顔を見ていたんだ 「どうしよう」と思い悩み、結局どう考えることもできずただ「君」の寝顔を見る描写で歌詞は終わっているざます。 しかしもう少し深く読むと、歌詞の最後の部分の寝顔を見守る光景には安息のイメージが感じられるざます。 「死は永遠に眠るようなもので恐れるに足らない」というひとつの答えが隠されているようにも感じるざます。 「眠り姫」以前の深瀬の死への考え方~「死の魔法」と「不死鳥」の歌詞の意味~ 深瀬氏は「眠り姫」のより前にも「死の魔法」と「不死鳥」で死を扱っているざます。 一番古い曲である「死の魔法」には、ただただ「死」へのやりきれなさが綴られているざます。 HELLO 「GOODBYE」 今までありがとう 全て無くなってしまう (中略) WOW 僕が世界で今まで見つけてきたもの WOW 僕が世界で今まで造ってきたもの どうして無くなってしまうの? せっかく見つけてきたのに どうして死んでしまうの? (出典:SEKAI NO OWARI/死の魔法) 次にライティングされた「不死鳥」では、死を恐れる「僕」と死の存在を望む「ロボット」が交互に歌うという「複数名の1人称」を使う文学的な構成となっています。 死から逃れたいと思いつつも、「ガラスは割れるゆえに価値を持つ」という格言にもあるように、終わりに価値を見出そうともがいているざます。 深瀬氏はずっと死について考えてきたざます。 ・死にさいなまれる自分の悩みをただ書き綴った「死の魔法」 ・死のイメージから逃れたいと叫びつつも価値を見出そうとする「不死鳥」 ・死について考えることに疲れたのかただ安らかに眠るようなものだ、と自分を納得させる「眠り姫」 このようなプロセスが歌詞に現れているざます。 深瀬氏は、進学や就職のタイミングで社会の都合で友人と離れ離れにされ、いつかは企業の都合で働かなければならないことに対する若い層の漠然とした不満に応えるように、友人とセカオワハウスに住み自分たちで音楽という生きる糧を得てきたざます。 また恋愛に関して以前よりこだわりが薄くなった若い層を代弁する歌詞を書いてきたざます。 ほかにもいろいろあるざんすけど、若い層の何割かが悩む死への恐怖にも答えを出そうとして来ているざます。 セカオワは若い層の「鏡」ざます。 自分に関心がない人はいないざますから、これからもきっとセカオワは売れ続けるざます。 (ママ) 生きることは・・・ 原稿が久しぶりになりましたが、ママ、有難うございました。 しばらく家族で四畳半島に行かれていたみたいですね。 さて、死の恐怖については、高校の倫理の教科書にハイデガーの人間は「死への存在」だという言葉が出てくるように比較的メジャーな悩みです。 しかしながら、あまり人に相談することではないので、自分だけではないかと思っている人も多いようです。 死への恐怖にさいなまれている人は次のような特徴を持っています。 ・小中学生くらいから定期的に特に夜に恐怖を感じる(「死の魔法」はここ)。 ・20歳以降だと、自分が病気にかかっているのではないかと不安になる。 ・家族やパートナーの死が必要以上に心配される。 ・心霊写真や幽霊を恐れる。 ・家畜生産に関する映像を見て非常に同情し、菜食主義に興味を持つことがある。 そして死の恐怖を克服するためにさまざまな考えを巡らせます。 ・仕事の実績や建築物、彫像などで自分の生きた証を残すしかないと考える。 ・文章、書物や絵などで自分の生きた証を残すしかないと考える。 これらは比較的自己中心的な世界観になっています。 少し年齢を重ねると次のように考える人もいます。 ・人間が環境に適応し進化するためには死は仕方なく、先祖の死がなければ自分は存在していないと考える(「不死鳥」はここ) ・自分の子に遺伝子を引き継ぐことで少しでも長く存在したいと考える。 ・自分は人間という種の遺伝子のリレーの一部であり、役割を全うするしかないと考える。 発想が自己中心でなく、先祖、子孫、人間という種まで広がってきています。 また、死に関する本や記事を多く読むと次のように考えることもあります。 ・死はとても心地が良いもので恐れるには足らないと考える(「眠り姫」はここ)。 ・病気の治療に関して、苦しまず自然に死に至る方法もあると知る。 深瀬の歌詞には2番目のグループの自己中心的な世界観があまり見られないのも特徴です。 人が好きなのでしょうね。 「好きな人に出会えたら死はハッピーエンドだ」という捉え方が現在の深瀬氏の到達点(スノーマジックファンタジー)かと思いますがこれはなかなかの説得力だと思います。 「眠り姫」の歌詞のような理屈ではなく、感覚的に死を肯定できるというのが、死の恐怖を乗り越える重要な方法だと思います。 理性をつかさどる顕在意識は人の脳のほんの一部。 大半が感情や身体の調子に左右される潜在意識だと言われています。 そのため「仕事の実績や建築物、彫像」を残すなど理屈めいた考え方では、死の恐怖から逃れられたとしてもほんの一瞬です。 自己中心的な自分を乗り越えて、先祖、子孫、愛する人とのつながりを感じ自分をそのつながりの中に昇華できるとき、人は死への恐怖を「当面」乗り越えることができるのです。 死への恐怖=自己の消滅への恐怖=自己中心的な世界観、と等号を結べますから、当然と言えば当然の話でした。 (貿易会社広報部) 関連記事 -.

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セカオワ witch 歌詞

セカオワ深瀬の歌詞に現れた心の傷とは セカオワの深瀬氏の歌詞をよく読むと心の傷を感じることがあるざます。 皆さんはいかがざますか? セカオワのシングルリスト 1 2011年8月17日 INORI 2 2011年11月23日 スターライトパレード 3 2012年5月30日 眠り姫 4 2013年5月1日 5 2014年1月22日 6 2014年4月9日 7 2014年10月15日 (リンクは「ざます」内の記事に飛ぶざます) 「スノーマジックファンタジー」の歌詞に見る心の傷 スノーマジックファンタジーは2013年末から2014年にかけてJRグループのCMソングとして依頼された曲ざます。 そのため深瀬自身も『単行本世界の終わり』の164頁にあるように基本的にはラブソングとしてこの曲を書いているざます。 しかし、深瀬氏は基本的には子どもからお年寄りまで楽しめる「国民歌」を目指しているざますから、一つの曲に重層的なテーマを含ませてくるのが常套手段ざます。 に書いたざますが、簡単にまとめるとこの曲は編曲上いくつかの手段で「ハッピーエンド」という言葉があからさまに強調されているざます。 よって極めて重要な主題は「大切な人と出会えれば死はハッピーエンドである」。 こういう読み方ができるざます。 2013年末から2014年にかけて深瀬氏が死についてこのように明るい意味を定めることができたのは、深瀬氏がそれだけ長く悩んできた証拠でもあるざます。 死についてざます 全員ではありませんが何割かの人が小学校高学年から高校生にかけて死への恐怖に囚われるざます。 例えばヤフー知恵袋には次のような相談が多く寄せられているざます。 「死への恐怖」 17歳の高校生です。 最近、寝る前など暗くなったりすると、死への恐怖がでてきて、涙がでたりします。 死が怖くないようにするにはどうしたら良いでしょうか?教えてください。 「死への恐怖から逃れるには」 現在高校一年生なのですが、一週間ほど前から「死」がとても怖くて「死」のことばかり考えるようになり、寝ようと思ってから五時間ほどたっても寝れず、今までにこんなことは絶対に無かったのですが号泣したり、嘔吐したりします。 友達と楽しく話していても、授業中でも考え込んでしまい心臓が押しつぶされそうになります。 毎日がつらいです。 本当にこのままでは頭がおかしくなってしまいそうなので助けてください。 このように悩んでいる若い人は多く、この悩みは大人になっても続いていくざます。 私は六歳のころから、心のうちでたえず「死ぬのが怖い!」と叫んでいた。 何が怖かったのか。 それは、けっして父や母と別れるから怖いという感情ではなかった。 幼い私が震えていたのは、私が完全に「無」になるということ。 それは何なのかわからないながらに、ほんとうに冷や汗が出るほど怖かったのである。 (中略) その後しばらくは、放心したようになって、何をする気も起こらない。 こんなことが、数日に一回くらいの割合で襲ってきた。 街を歩きながら「もう駄目だ!」と私は観念し、涙さえ出てくることもあった。 (哲学者中島義道の文章から) 深く考えるのが仕事である哲学者はもちろんのこと、多くの作家や実業家、あるいは普通の人であってももずっと死の恐怖と戦っている人が多くいるざます。 そしてセカオワ深瀬もそのひとりざます。 「眠り姫」の歌詞の意味 セカオワのシングル「眠り姫」は、「スノーマジックファンタジー」の2年ほど前に書かれたざます。 君と僕とで世界を冒険してきたけど (中略) ある朝僕が目を覚ますと この世界には君はいないんだね 驚かそうとして隠れてみても 君は探しにこないんだ 「眠り姫」の歌詞は分かりやすく、「僕」が「君」がいなくなった後を考えて心を病む歌ざます。 死の恐怖に囚われている人は自分の死を恐れるだけでなく、家族やパートナーの死を非常に意識する特徴があるざます。 「眠り姫」の頃、深瀬は「君」という存在に、ただただ自分の死の恐怖を照らし出し恐れおののくだけだったようざます。 Ah このまま君が起きなかったらどうしよう そんなこと思いながら君の寝顔を見ていたんだ 「どうしよう」と思い悩み、結局どう考えることもできずただ「君」の寝顔を見る描写で歌詞は終わっているざます。 しかしもう少し深く読むと、歌詞の最後の部分の寝顔を見守る光景には安息のイメージが感じられるざます。 「死は永遠に眠るようなもので恐れるに足らない」というひとつの答えが隠されているようにも感じるざます。 「眠り姫」以前の深瀬の死への考え方~「死の魔法」と「不死鳥」の歌詞の意味~ 深瀬氏は「眠り姫」のより前にも「死の魔法」と「不死鳥」で死を扱っているざます。 一番古い曲である「死の魔法」には、ただただ「死」へのやりきれなさが綴られているざます。 HELLO 「GOODBYE」 今までありがとう 全て無くなってしまう (中略) WOW 僕が世界で今まで見つけてきたもの WOW 僕が世界で今まで造ってきたもの どうして無くなってしまうの? せっかく見つけてきたのに どうして死んでしまうの? (出典:SEKAI NO OWARI/死の魔法) 次にライティングされた「不死鳥」では、死を恐れる「僕」と死の存在を望む「ロボット」が交互に歌うという「複数名の1人称」を使う文学的な構成となっています。 死から逃れたいと思いつつも、「ガラスは割れるゆえに価値を持つ」という格言にもあるように、終わりに価値を見出そうともがいているざます。 深瀬氏はずっと死について考えてきたざます。 ・死にさいなまれる自分の悩みをただ書き綴った「死の魔法」 ・死のイメージから逃れたいと叫びつつも価値を見出そうとする「不死鳥」 ・死について考えることに疲れたのかただ安らかに眠るようなものだ、と自分を納得させる「眠り姫」 このようなプロセスが歌詞に現れているざます。 深瀬氏は、進学や就職のタイミングで社会の都合で友人と離れ離れにされ、いつかは企業の都合で働かなければならないことに対する若い層の漠然とした不満に応えるように、友人とセカオワハウスに住み自分たちで音楽という生きる糧を得てきたざます。 また恋愛に関して以前よりこだわりが薄くなった若い層を代弁する歌詞を書いてきたざます。 ほかにもいろいろあるざんすけど、若い層の何割かが悩む死への恐怖にも答えを出そうとして来ているざます。 セカオワは若い層の「鏡」ざます。 自分に関心がない人はいないざますから、これからもきっとセカオワは売れ続けるざます。 (ママ) 生きることは・・・ 原稿が久しぶりになりましたが、ママ、有難うございました。 しばらく家族で四畳半島に行かれていたみたいですね。 さて、死の恐怖については、高校の倫理の教科書にハイデガーの人間は「死への存在」だという言葉が出てくるように比較的メジャーな悩みです。 しかしながら、あまり人に相談することではないので、自分だけではないかと思っている人も多いようです。 死への恐怖にさいなまれている人は次のような特徴を持っています。 ・小中学生くらいから定期的に特に夜に恐怖を感じる(「死の魔法」はここ)。 ・20歳以降だと、自分が病気にかかっているのではないかと不安になる。 ・家族やパートナーの死が必要以上に心配される。 ・心霊写真や幽霊を恐れる。 ・家畜生産に関する映像を見て非常に同情し、菜食主義に興味を持つことがある。 そして死の恐怖を克服するためにさまざまな考えを巡らせます。 ・仕事の実績や建築物、彫像などで自分の生きた証を残すしかないと考える。 ・文章、書物や絵などで自分の生きた証を残すしかないと考える。 これらは比較的自己中心的な世界観になっています。 少し年齢を重ねると次のように考える人もいます。 ・人間が環境に適応し進化するためには死は仕方なく、先祖の死がなければ自分は存在していないと考える(「不死鳥」はここ) ・自分の子に遺伝子を引き継ぐことで少しでも長く存在したいと考える。 ・自分は人間という種の遺伝子のリレーの一部であり、役割を全うするしかないと考える。 発想が自己中心でなく、先祖、子孫、人間という種まで広がってきています。 また、死に関する本や記事を多く読むと次のように考えることもあります。 ・死はとても心地が良いもので恐れるには足らないと考える(「眠り姫」はここ)。 ・病気の治療に関して、苦しまず自然に死に至る方法もあると知る。 深瀬の歌詞には2番目のグループの自己中心的な世界観があまり見られないのも特徴です。 人が好きなのでしょうね。 「好きな人に出会えたら死はハッピーエンドだ」という捉え方が現在の深瀬氏の到達点(スノーマジックファンタジー)かと思いますがこれはなかなかの説得力だと思います。 「眠り姫」の歌詞のような理屈ではなく、感覚的に死を肯定できるというのが、死の恐怖を乗り越える重要な方法だと思います。 理性をつかさどる顕在意識は人の脳のほんの一部。 大半が感情や身体の調子に左右される潜在意識だと言われています。 そのため「仕事の実績や建築物、彫像」を残すなど理屈めいた考え方では、死の恐怖から逃れられたとしてもほんの一瞬です。 自己中心的な自分を乗り越えて、先祖、子孫、愛する人とのつながりを感じ自分をそのつながりの中に昇華できるとき、人は死への恐怖を「当面」乗り越えることができるのです。 死への恐怖=自己の消滅への恐怖=自己中心的な世界観、と等号を結べますから、当然と言えば当然の話でした。 (貿易会社広報部) 関連記事 -.

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Eye (SEKAI NO OWARIのアルバム)

セカオワ witch 歌詞

記事作成日:2015年09月08日 最終更新日:2015年9月18日 SEKAI NO OWARIの新曲「SOS」は「ANTI-HERO」に続き全編英語詩だ。 引き続き、実写映画「進撃の巨人」の後編の主題歌となっている。 セカオワの新たな挑戦ともいえるような「ANTI-HERO」と「SOS」という全英語詩のこの2曲。 「ANTI-HERO」ではFukaseのラップ調な歌声、LOVEはチェロを弾いていたり、テクニカルなSaoriのピアノやNakajinのギターが聴けた。 ダークな世界観を描き、セカオワのそういう部分が好きな人には受けた。 「SOS」は「ANTI-HERO」から一転、バラードになっている。 Fukaseの美しいファルセットが心地良く、まるで女性が歌っているかのようにも聴こえる曲だ。 Fukaseの歌声は元々女性的であり、過去の楽曲でも女性が歌っているように聴こえることもある。 そんなFukaseの歌声の良さを前面に出した楽曲が「SOS」だ。 こちらのシングルには日産スタジアムライブ「Twilight City」でも披露された「スノーマジックファンタジー」「ピエロ」のアコースティックVerが収録。 「ANTI-HERO」「SOS」は日産スタジアムライブで2曲とも披露された。 「SOS」を披露した際にはスクリーンに英詩がすべて映された。 「SOS」もすべて英語詩だが、作詞はSaoriが行っている。 作曲はFukase。 When sound all ceases to exist People think that means happiness And all the sounds that used to be... Are all hust noise to you and me The cries of help disappear The silence numbs all of our ears And when we stop listening Those screams stop meaning anything Doun't you ket your heart grow numb to everyone Oh child. listen to the "sound of silence" Saving someone else means sabing yourself It's true,and I'm sure you know it too When you hear an "SOS" Answering it becomes a test It can give the life you lead A meaning that you'd never seen So don't resist a call for help Cause in the end it will tell you How to treasure yourself And not be alone It might seem a little strange To share this song this way But I know waht i must do Is share the meaning with you All this i learned from someone Who spent his life among Peaple screaming out for help Doing everything to reach out Doun't you ket your heart grow numb to everyone Oh child. listen to the "sound of silence" Saving someone else means sabing yourself It's true,and I'm sure you know it too Doun't you ket your heart grow numb to everyone Oh child. listen to the "sound of silence" Saving someone else means sabing yourself It's true,and I'm sure you know it too Now I'd like to thank you for staying by my side... こちらが「SOS」の英詩だ。 2015年、9月18日に「SOS」のミュージックビデオがYoutubeに公開され、日本語訳も公開されている。 日本語訳を見てみると、作詞をしたSaoriが次の世代へ向けた強いメッセージを感じられる。 自分が誰かに与えられた想いや経験を詞にのせて、子供達へと伝えようとしている。 そんなメッセージ性の強い曲となっている。 それにしてもFukaseの歌声が美しい、心地良い。 Fukaseの歌声ってこんなだったっけ?とみんなが思うんじゃないだろうか。 「SOS」 日本語訳 作詞:Saori 作曲:Fukase 君にこの歌を歌うよ 少しの間、そばにいて聞いて欲しい きっと長い時間をかけて 大切な曲になると思うんだ 「静寂」について歌うよ 「無感覚」とも呼べるかもしれないことを そんな世界のことを歌うよ 君まで届けば良い 助けを求めてる人は毎日「助けて」と叫んでる でもその音が続くとどんどん聞こえなくなって 無感覚になっていく 一回目は「助けて」が聞こえる でもそれはそのうち「騒音」になる そして「騒音」は「静寂」になっていく こんな風に言うと難しいかもしれないけれど... 世界から音が消えたことを「幸せ」と呼び 消えてしまった音は「騒音」になる 世界から叫びが消えたことで僕らは「無感覚」になる 叫んでいた人たちは、まるで最初からいなかったように 子供たち、心が無感覚にならないように "静寂"に耳をすませて 誰かを救うことは自分を救うことと同じなんだって 本当はもう、知っているはずなんだ "SOS"に答えることは、 「自分は何の為に生きているんだろう?」 という疑問に答えることなんだ SOSに答えることは、 「自分自身を大切にするには?」 という疑問に答えることなんだ 「一人じゃなくなるには?」にも こんな歌を歌うなんて自分でも不思議なんだけど 自分が教えて貰ったことを 伝えられたら良いと思ったんだ 誰かのために一生懸命になれる人が 教えてくれたことを 子供たち、心が無感覚にならないように "静寂"に耳をすませて 誰かを救うことは自分を救うことと同じなんだって 本当はもう、知っているはずなんだ 子供たち、心が無感覚にならないように "静寂"に耳をすませて 誰かを救うことは自分を救うことと同じなんだって 本当はもう、知っているはずなんだ そばにいてくれてありがとう.

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