日韓問題 初心者向け。 徴用工問題とは?わかりやすく解説!今後の日韓関係にどう影響する? | ホットワードブログ

[B! Korea] 嫌韓の出発点、2002年日韓共催ワールドカップで何が起きたのか:日韓問題(初心者向け)

日韓問題 初心者向け

初心者向け日韓問題1.領土について 2002年にはサッカーワールドカップ史上初となる2ヶ国共同開催を成し遂げた日本と韓国ですが、2002年以前も決して良好な関係が続いていたわけではありません。 さまざまな問題が絡み合い、いつの間にか嫌韓・反日の土壌ができ上がってきたのです。 日韓問題の中でも、とりわけ古くから揉めているのが領土についてです。 日本海沖に位置する竹島は1905年に島根県の一部となっていますが、韓国では「韓国古来の領土、独島(ドクト)」と主張しています。 また、主張するだけでなく1953年には韓国の民間団体が占拠しました。 翌1954年には韓国沿岸警備隊を竹島に派遣し、竹島近海を就航中の日本の海上保安庁巡視船を銃撃するという事件も起こっています。 日本海の呼称も日韓問題の1つ 日本海という呼び方についても、韓国は異議を唱え、問題となっています。 韓国では古来「東海(ドンへ、East Sea)」と呼んでいますが、国際的な機関や韓国以外の地図では「日本海(Japan Sea)」となっていることが多く、韓国では日本だけでなく国際機関等にも「日本海ではなく東海とすべきだ」と主張しています。 なお、対馬海峡と台湾の間の南西諸島よりも北部に位置する海を、日本では「東シナ海」と呼んでいます。 国際機関でも東シナ海を英語訳した「Eastern China Sea」が採択されることが多いですが、同地域を「南海(ナムヘ)」と呼んでいる韓国は異議を唱えていません。 問題視しない理由としては、東シナ海に「日本」という名称が使われていないことが推察されます。 初心者向け日韓問題2.歴史教科書について 日本の義務教育で使用する教科書をめぐっても、日韓問題が発生しています。 たとえば豊臣秀吉による文禄・慶長の役について、日本の歴史教科書では「朝鮮への進出」と記載しているものもありますが、韓国側は「朝鮮への侵略」と記載するようにと主張しています。 歴史認識はどこを主軸と置くかによって異なるのは当然です。 そのため、他国の教科書が自国の教科書や見解と異なるからといって異議を唱えると、歴史教科書をつくること自体ができなくなってしまいます。 また、他国の教育に意見をおこなうことは、内政干渉にもなりかねない点も注意が必要です。 初心者向け日韓問題3.慰安婦について 近年、とりわけニュースなどで取り上げられることが多い日韓問題の1つに、慰安婦問題があります。 太平洋戦争中に日本軍が韓国やフィリピン、インドネシア、オランダ、台湾などの国々の女性を従軍慰安婦としたことについて、日本政府は1991年から調査をおこなってきました。 その結果、従軍慰安婦の存在や経緯などが明らかになり、1993年には当時の官房長官・河野洋平氏が多数の女性を傷つけたことに対する反省とおわびを公式に表明しています。 また、日本政府は、元慰安婦に対する金銭的な償いをする基金として「女性のためのアジア平和国民基金」を設立しました。 なお、フィリピンと韓国、台湾への償いは平成14年までに、オランダとインドネシアへの償いは平成19年までに終了し、平成19年3月に基金は目標到達を理由に解散しています。 ちなみに韓国への償い事業として、元慰安婦に対しては1人あたり200万円の償い金と、おわびと反省を伝える総理の手紙を渡し、さらに医療・福祉支援事業費として1人あたり300万円の資金を拠出しています。 基金解散後の韓国側の訴え しかしながら、女性のためのアジア平和国民基金解散後も、韓国側から「日本は公式に元慰安婦に対して謝罪をおこなっていない」「元慰安婦への充分な損害賠償がおこなわれていない」という訴えが続いています。 たとえば、韓国政府組織である外交通商部は2010年、「日本政府は誠意ある対応を取るように」と要求しました。 翌2011年には、韓国の違憲裁判所は「日本が慰安婦問題に対して解決の努力をおこなわないことは違憲」と判決し、日本政府に対して日韓で協議を開催するようにと求めています。 また、2009年ごろからは、慰安婦像や慰安婦記念碑をアメリカや韓国で設置する運動が盛んになってきました。 2015年には日韓間の慰安婦問題を不可逆的に解決するという「慰安婦問題日韓合意」が締結されたにもかかわらず、2016年には韓国・釜山にある日本領事館前に慰安婦像が設置され、日韓問題にマイナスの影響を与えています。 慰安婦問題については、こちらの記事も参考にしてください。 【】 初心者向け日韓問題4.徴用工問題について 慰安婦問題で日韓関係がこじれる中、2018年からは徴用工問題がテレビや新聞で話題になってきました。 徴用工問題とは、太平洋戦争中に日本政府や日本企業が韓国や中国の人々を労働者として徴用した問題で、人権を無視した行為や低賃金、劣悪な労働環境などが取り上げられています。 1965年に日韓請求権協定を締結して5億ドルを韓国の経済支援のために支払った時点で、日本では「戦争に対する補償は完全に解決された」と認識しており、韓国政府も同様に理解しています。 しかし、2018年に韓国の最高裁判所である大法院が日本企業に元徴用工に対して1人あたり1億ウォンの賠償金を支払うようにという判決を出し、徴用工問題が未解決であることを表明しました。 徴用工問題については、こちらの記事も参考にしてください。 【】 初心者向け日韓問題5.貿易について 日本から韓国に輸出した素材が兵器製造に使用された恐れがあるとして、2019年7月、日本は韓国向け半導体素材の輸出管理を強化しました。 韓国への輸出はホワイト国(最恵国待遇)として簡単な審査で実施していましたが、管理強化後は手続きや時間が今まで以上にかかることになります。 韓国側は第三国に日本の輸出管理強化が不当であるとアピールし、また、同年9月には韓国が日本を貿易最恵国待遇から外しました。 時期を同じくして日韓間の秘密軍事情報保護協定(GSOMIA/ジーソミア)の破棄を韓国側が主張したり、日本の自衛隊機に韓国軍の射撃レーダーが照射されたりするなど、問題がいよいよ複雑化しています。 GSOMIA ジーソミア/秘密軍事情報保護協定 の破棄騒動については、こちらの記事も参考にしてください。 【】 日韓問題をこれから理解したい初心者は、おおまかに知ることからスタートしよう 日韓問題は決してシンプルな問題ではありません。 何度も話し合いをして条約を結んだとしても、相手側に真意が伝わっていないことや、政権と国民の意見が異なることもあります。 未来志向で日韓問題を解決していくためにも、初心者として、まずはさまざまな問題をおおまかに知ることからスタートしていきましょう。

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[B!] 日韓問題(初心者向け)

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日本が韓国への輸出規制を決定 7月4日、日本政府は半導体や液晶材料の原料となる• フッ化ポリイミド• レジスト• エッチングガス(高純度フッ化水素) という3品目についての 対韓輸出の規制を強化しました。 これは日本から韓国への史上初の経済制裁と言うことができます。 何がどう変わったのか? それまでは一度申請すれば3年間は申請ないで輸出可能という従来の簡略な輸出手続きを改め、契約ごとに輸出を審査・許可する方式に切り替えました。 韓国経済に与える影響 今回輸出規制される3品目はいずれも世界的に見て 日本のシェアが高く、フッ化ポリイミドとレジストは 約9割、エッチングガスは 約7割を日本が占めるといいます。 それら3品目を輸入に頼っているサムスンやLGエレクトロニクスといった韓国を代表する企業にとっては生産に深刻な打撃となる可能性があり、 ひいては韓国経済に大きな影響を及ぼす恐れがあるとも言われています。 輸出規制を強化する理由 今回のニュースのポイントで一番ややこしいのはここかもしれません。 というのも、ハッキリした「これが原因」と明言してはいないからです。 韓国側や一部では「 韓国の徴用工問題の取り扱いへの報復措置」とも言われており、簡単に言うと戦時中の日本の統治下にあった朝鮮・中国において、日本企業で働いていた人たち(徴用工)が「奴隷のように扱われた!」と集団訴訟を起こしている事件です。 詳しく解説すると長くなるのですが、 既に徴用工問題は両国の間で「解決済み」ということで同意したはずが、未だに蒸し返されて一向に解決しておりません。 安倍晋三首相は7日のフジテレビ番組で、日本が韓国向け半導体材料の輸出管理を強化した理由について「(韓国側に)不適切な事案があった」と強調した。 ただ、具体的な説明は避け、韓国が輸入品を北朝鮮に横流ししているとの見方に関しても「個別のことについて申し上げるのは差し控える」と述べた。 引用元: 上記の記事では、続けて安倍首相が徴用工問題に触れ、「 国と国との約束を守らないことが明確になった。 貿易管理でも恐らくきちんと守れないと思うのは当然だ」と述べたと言います。 不適切な事案とは? 自民党の萩生田光一幹事長代行は、BSフジのニュース番組にて「 (化学物質の)行き先が分からないような事案が見つかっているわけだから、こうしたことに対して措置をとるのは当然だと思う」と述べたと言います。 しかも別の与党幹部の話では、その「行き先が分からない」品というのが、今回輸出規制が強化されたエッチングガスであると言います。 輸出規制が強化された3品目はそれぞれが軍事利用ができるものであり、要するに 安全保障上の理由から、韓国に対して輸出規制をしたのではないか?との見方もあります。 「ホワイト国」からの除外で他の品物も 輸出管理をするうえで大切なのが、どこの国へ輸出するのか?ということです。 たとえば製品に自体に問題が無いものであっても、 輸出した製品が軍事転用されてしまう恐れがある国に輸出してしまっては世界の平和が脅かされてしまいます。 そのため、 先進国の多くは厳格に輸出管理をしています。 ホワイト国とは、日本のように厳格に輸出管理している国々を指し、 規制を必要最小限に抑えることで輸出の効率性を重視しています。 要するに、日本にとってホワイト国とは「この国はきちんと輸出管理をしているから、そこまで厳密に規制しなくても大丈夫だろう」という 信頼の証とも言えます。 ところが日本政府は、この 「ホワイト国」のリストから韓国を除外することを検討しており、除外後は契約ごとに国の輸出許可の取得を義務づけられます。 申し訳ありません。 ) 実はそんなに騒ぐものではない? 最初の方に分かりやすく「日本から韓国への史上初の経済制裁」と書きましたし、途中から見たらそうなのですが、韓国は2004年から「ホワイト国」入りし優遇されていたので、言い方を変えると 2003年までの手続きに「戻しただけ」とも言えます。 決して禁輸ではありません。 また、今回の規制強化では個別許可に戻りましたが、個別許可は「 出荷ごと」ではなく、前述したように「 契約ごと」になるので、 たとえば一契約で何回にも出荷を分ける契約をした際などは、その度にイチイチ時間を取られる事はありません。 まとめ ということで、簡単に言うと日本側から見たら、 もともと日本が与えていた特権(手続きの簡略化)を取り上げただけであり、これにより今まで簡単だった手続きが、 通常に戻っただけという見方もできます。 とはいえホワイト国リストから除外されたというのは、貿易云々以前に「 両国の信頼関係」という点ではかなり大きな意味を持ちますね。 国民同士は別にして、日韓政府の関係改善への道のりはまだまだ険しそうです。

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日韓問題を初心者向けにわかりやすく!主要5つのポイントまとめ

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SAUL LOEB via Getty Images South Korean President Park Geun-hye and Japanese Prime Minister Shinzo Abe arrive for a trilateral meeting with the US presidentat the US ambassador's residence in The Hague on March 25, 2014 after they attended the Nuclear Security Summit NSS. US President Barack Obama hosted the much-anticipated first meeting between the Asian leaders with relations between Tokyo and Seoul at their lowest ebb in years, mired in emotive issues linked to Japan's 1910-45 colonial rule and a territorial dispute きむら・かん 1966年大阪府生まれ。 神戸大学大学院国際協力研究科教授。 専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。 著書に『朝鮮半島をどう見るか』、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『徹底検証 韓国論の通説・俗説』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(吉野作造賞)など。 木村:そもそも「歴史認識問題」って何でしょうか。 従軍慰安婦「問題」は1990年代以前に誰も議論しなかった。 それだけでも単に過去に問題があったからと言って、いつも同じように問題があったわけではないことがわかる。 考えてみれば1945年から70年遡ると、明治維新の直後。 「戦前」とは、それぐらいの時間が経っているわけです。 当然そこにはいろいろと変化がある。 だからこそ、現在からの観点には、時間の経過の結果、バイアスがたくさんかかっています。 例えば、一番素朴なバイアスの例としては、特に大学生の世代は「なんか日韓って常に歴史認識問題で議論してきたよね」というイメージがあるでしょう。 僕も授業で「韓国って軍事政権だったんですか」と驚かれたりすることがあります。 逆に言えば、今の大学生が生きている20何年間、日韓はずっと歴史認識問題を議論してきたんですけど、その前の50年間も同じだったか、というと必ずしもそうではない。 まず最初にやらないといけないのは70年間の全体像を把握すること。 ここでは韓国の朝鮮日報という新聞で、記事のタイトルやキーワードに、「慰安婦」や「靖国」などが入っている記事の本数を拾い、日本に関する記事全体の中での割合を計算してみました。 現在問題になっている竹島や靖国神社参拝、慰安婦、教科書といったような問題は、ほとんど90年代以降になって活発に議論されていることがわかります。 (画像クリックで拡大) また、この表から第2次世界大戦から今日までの時期はおおまかに、3つの時期に分けられることがわかります。 最初の時期は、第2次世界大戦の処理を巡って、現在進行形の問題で議論されていた時期です。 これが1965年の日韓基本条約で終わります。 そして、ここからしばらく、日韓の間で歴史認識問題がほとんど議論されなかった時期がありました。 念のために言っておくと、歴史認識問題が議論されなかった時期において、日韓の間でトラブルがなかったわけではありません。 例えば1973年にはがありました。 当時はどちらかというと韓国の民主化や軍事政権の問題、あるいは日本の自民党政権と韓国政府の癒着問題など、過去ではなくその時の問題について議論していた。 だけど90年代からは、逆に過去の問題を議論するようになった。 ここからこのあたりで、何かが変わったということがわかります。 80年代から90年代に何かが動いて、ここに現在の状況の原因があるだろうと考えられるわけです。 そして同時に、非常に奇妙なことがわかる。 例えば、1980年代頃はまだ韓国に留学するのがとても大変だった時代です。 僕がはじめて韓国に留学したのは1992年なんですけど、ソウル大学の韓国史学科に留学しようと思ったら「あそこは日本人は受け入れない」なんていう話が正々堂々と言われた時代でした。 それに比べて90年代後半からどんどん交流が活発になっていった。 にもかかわらず状況が悪くなっているのは、なぜなのか。 交流がだめだって言っているわけじゃないですよ。 だけど、交流の増加が歴史認識問題の解決にあまり効果がないのではないか、少なくてもデータから推測できることになります。 これに対してよく次の2つの答えが返ってきます。 1つは「日本が右傾化しているからだ」。 特に韓国ではよく言われます。 でも、仮に1980年代からずっと右傾化してきたのなら、1960~70年代の日本の政権はとてもリベラルで、韓国に好意的だったはずなのに、そんなことはない。 実際、60~70年代の岸信介、佐藤栄作などはものすごく保守的な政治家でした。 そもそも右傾化って何だろうという話にもなります。 もう1つは「韓国人は議論したかったんだけど、軍事政権だったからできなかった」という意見。 これはある程度当たっているんですけど、考えてみると教科書問題は80年代に始まっています。 80年代の韓国はまだ軍事政権(全斗煥政権)です。 歴史認識問題は政権に都合が悪いから弾圧したというのは、実はその前の朴正熙大統領(朴槿恵大統領の父)が1979年に暗殺されるまでの話です。 だからこの理屈で80年代の状況は説明できない。 もう1つ、「韓国人は反日だからだ」という議論があります。 通俗的に韓国の民族性とか反日教育と言いますけど、考えてみれば、こう人たちが言うところの「反日教育」は韓国では昔から行われてきた。 もちろん、韓国の教科書に「日本の植民地支配がよかった」と書かれたことなんて1度もないわけです。 そうすると、韓国の民族性が突然90年代に変わったり、韓国の教科書の内容が突然、反日的になったりしていない以上、この理屈では変化は説明できません。 そもそも一部の人がいう「反日教育」とか「強い民族主義」という説明には、多分に90年代以降のイメージも投影されていたりします。 それば、韓国の人は竹島や靖国神社が重要な問題だと考えている。 でも同時に日本そのものがとても重要だと韓国人がみんな考えていれば、どうなるでしょうか。 例えばさっきのデータに戻ると、中曽根康弘首相(当時)が1985年8月15日に靖国神社を公式参拝しています。 でも、この年の記事の数は決して多くありません。 なぜなら8月16日の新聞には確かに大きく出たんですけど、9月以降には全く報じられていないからです。 当時は、日韓関係が悪くなると、韓国経済に影響が出ることを心配した財界が止めに入る時代でした。 政治家にお願いしたり、派手に日本批判をする新聞に、広告をてこに圧力をかけたりします。 そうするとメディアの論調も変わるし、国民の中からも「日韓関係は重要だから、批判する方も自制すべきだ」という声が上がってくる。 だからこの年の靖国問題は長引かなかった。 この話を念頭に、考えてみてください。 日韓間では国交回復後ほぼ一貫して貿易額や観光客が増えています。 つまり交流は増えているんですけど、でも、交流の量ってあんまり重要じゃないんですよね。 それは子供が成長するときの話に似ています。 子どもの頃は行動範囲が狭いから、近くの友達しかいないけど、大学生になると行動範囲が広くなって、故郷の友達は、仮に毎日通学途上に顔を合わせていても、あまり重要ではなくなってくる。 つまり、全体の中での位置付けを見なければ何もわからないわけです。 さて、下のグラフでは、韓国における主要国、つまり日本、中国、アメリカの貿易のシェアを示しています。 日本のシェアが真っ逆さまに落ちているのがわかります。 まあ考えたら当たり前なんですけど、韓国も日本も、お互いの交流だけでなく、他国との交流も増えているんですね。 そしてその他国の交流が急速に拡大すると、お互いの「重要性」が相対化されるという現象が起こるわけです。 この話をすると「それは先生、日本経済がだめになったからですね」「失われた20年が」、という話にすぐになるんですけど、違います。 韓国にとっては当然、日本との貿易に少しでも影響が出るともう大変です。 これが下がり始め、バブルの時にちょっと増えるんですけど、また下がります。 日本経済の成長は80年代まで続くのに、ピークが70年代で、そしてアメリカもほぼ日本に並行して下がっています。 ということは、日本経済そのもののパフォーマンスはほとんど関係ないということになります。 では日本のシェアの低下の理由は何でしょう。 1つ目は中国の登場です。 でも、中国との貿易の拡大は確かに量で見るとすごいけど、シェアで見ると現在も依然として20数%にしか過ぎない。 考えてみれば日本のシェアはかつて40%、アメリカも35%あったんです。 それが現在は、両国足して2割以下。 にもかかわらず中国は20%ちょっとしか取ってないということは、中国で説明できるのは3分の1ぐらい。 背景には冷戦の終焉がありました。 韓国は、ソ連と1990年、中国と1992年に国交正常化します。 それまで、今ではちょっと考えられないことですけど、旧東側の国と貿易さえ直接できなかった時代がありました。 世界の残り半分と交流できるようになってくると、アメリカと日本の比率は下がっていく。 2つ目は韓国そのものが大きくなっている。 昔の韓国の企業は、わかりやすく言えば日本とアメリカとしか取引できなかった。 今はもうサムスンや現代が世界のどことも取引できる。 韓国企業も大きくなったからです。 もう1つはグローバル化です。 グローバル化すると国境がなくなるから隣の国が重要になるという議論をする人がいますが、それは間違いです。 グローバル化とは世界が小さくなること。 日本も70年代はじめまでは1ドル360円の時代でした。 だから海外旅行というと、韓国か台湾かグアムかサイパン、ものすごくお金を出してアメリカの西海岸かヨーロッパという時代でした。 だけど今は皆さんでも安くいろんな国に行ける。 ネットで一発でヨーロッパもブラジルのホテルも予約できるのはすごいことですよね。 すると、別に隣の国じゃなくてもいい。 リピーターで韓流ファンの人たちはいますけど、比率としてはしょせん少数です。 こうして、日本においても韓国においても、相手の国の重要性は下がっていきます。 もっと言えばこのトレンドは変えられない。 グローバル化が後ろ向きになることもないですし、米中が激しく対立して、中国が韓国に「アメリカと国交を切れ」と迫る「第二の冷戦」が来れば話は別ですけど、そんな時代はやってこないでしょう。 韓国経済が昔のように1人当たりの国民所得が100ドルを切る時代になるとも思えません。 そうすると、グローバル化を前提にしてしか物事は進まない。 実は一番最初に起こった日韓間の深刻な歴史認識問題は、1982年なんです。 これは、1982年6月に日本のメディアが、文教出版の教科書で「日中戦争の記述が『侵略』から『進出』に書き換えられた」という有名な報道から始まっています。 これは東京書籍の教科書のデータを取りました。 日本の教科書は実は2005年まで、植民地支配に対する表記は増えています。 1978年の教科書から容易に想像がつくように、70年代の教科書には朝鮮半島のことはほとんど書いてありませんでした。 ちなみに僕は1982年の山川出版社の教科書で勉強したんですが、研究の過程で改めて読み返すと、この日本史の教科書には、韓国併合、そして三・一運動について欄外に、に刺激されて、アジア諸国で起こった民族運動の一つとして書かれていただけ。 それに比べれば実は、皆さんが読んだ教科書や、韓国内で「右翼教科書」と言われて評判の悪い自由社や育鵬社の教科書でも、僕から見たら「えっ、こんなことまで書いてあるの?」っていうぐらい実は記述は充実しています。 ちなみに記述の多さは2005年頃がピークで、慰安婦もここで一旦全部の教科書に入って、やがて減っていきます。 もし日本の教科書の韓国から見た右傾化、というのが本当にあるとすれば、2005年以降の話です。 そうするとわかるのは、今から客観的に見て、1982年当時の教科書の内容が前後と比べてとても悪かったという話はない。 そもそも、韓国人は日本の教科書や検定制度をどこまで知っていたかも問題です。 さて、この年の教科書問題は、1982年6月26日に日本のメディアが華々しく報道してはじまるんですが、直後の韓国はどういう状態だったんでしょうか。 ここに示したのは、その翌日27日の朝鮮日報の10面です。 これを示したのは、この日の新聞には、ここにしか日本の教科書の記事はないからです。 つまり、教科書問題が始まった時には、実は韓国人はこの問題に注目していなかったことがわかります。 にもかかわらず7月になると問題が大きくなります。 韓国のメディアが一斉に報道するのは1カ月後になってからなんです。 そもそも当時一番の問題になっていたのは日中戦争の記述の話だったのですが、中国が公に日本を批判するのに1カ月もかかりました。 日中の政府間で水面下で協議したけど、うまくいかず、7月24日に中国の「人民日報」が日本政府を批判したのがそのはじまりです。 すると突然、韓国の新聞が25日に「歴史の罪を許さない」「軍国主義が復活している」と報じます。 自民党とその背後で日本政治の重要政策を決定している60歳代の人々は、第2次世界大戦当時の青年将校や軍属たちだ。 彼等は近年、憲法改正による再武装を実現しようとする具体的な動きを見せており、国外においては我が国や中国、更には東南アジア諸国に対する経済的進出による強大な基盤をベースにし、国内においては嘗ての軍国主義による侵略を正当化し、美化する出版物や映画を作るなどの動きを、近年、見せている。 それによりこれまで自制してきた自らの欲望をいよいよ白日のもとに晒してきたのだ。 (朝鮮日報1982年8月8日付) 当時の朝鮮日報の特派員に聞くと、中国の記者が政府に言われて一斉に文部省に抗議に行く。 それを見て韓国の記者たちも「何かやらなあかん」と思ったそうです。 当時の日中関係はすごくよかったので、韓国人はすごい不満を持っていたんです。 日本は中国ばかり優遇している。 同じ西側陣営の国なのに、韓国は「軍事独裁」とボロくそに言われる。 今回も文部省は中国にだけ一生懸命謝る。 気にくわないので、なんで韓国に謝れないんだと文部省に抗議に行く。 でも教科書のことはよくわからない。 で、文部省の検定官に「あなたはそもそも韓国併合は合法だと思うんですか」と聞く。 「合法です」と答えさせて「日本の教科書検定官が妄言」と報じる。 実はその以前も以後も日本政府は1回も韓国併合が違法だと言ったことはないわけですが「ほら見ろ、軍国主義化が進んでいる」と言わんばかりに。 今は韓国と中国が、歴史認識問題で協力しているというイメージがあるんだけど、これも今の偏見で、実は当時はむしろ激しく競争していたんです。 中国が先に走り、韓国が追いかけて材料を探す。 その中で教科書の記述が韓国と違うということが見つかっていきます。 実は元から違っていたのですけど、それがあたかも今新たに起こったものだと考えられたわけです。 そしてそこに「軍国主義化」という意味づけがなされていく。 そして実はこれ、背景に冷戦が終わりに向かい新たな状況が生まれるという話なんですね。 「反対ヒステリー日本社会、今度は右傾化アレルギー」と書いてあります。 右傾化を懸念しているのではありません。 右傾化に対して日本社会がアレルギーを持っていることがけしからんという記事です。 また、原子力発電所は資源のない日本にとって、石油エネルギーに対する重要な代替エネルギーであり、その危険性を考慮に入れても、技術管理が可能である、というのが日本政府の立場である。 にもかかわらず、日本の社会的雰囲気は反対一辺倒だ。 靖国参拝や自衛隊合憲は、軍国主義の復活であり、原子力発電所の建設は、日本国民の滅亡に繋がる、という社会的雰囲気が作られつつある。 ちなみに書いた人は東京特派員で、先ほどの記事を書いたのと同じ人です。 なぜこれを書いたのかは明確で、これは日本社会党批判なんです。 当時の韓国にとって、日本が右傾化するよりもっと困るのは左傾化することでした。 当時の社会党は「韓国はだめだ、北朝鮮と国交を結べ」と言っていた。 非武装中立を主張して、西側陣営から脱退しろと言っていたわけです。 だからこそ韓国は「頑張れ、自民党」とみんなで言うことになります。 そうしないと、大国日本の支えがなくなって自分の国がなくなりかねないからです。 でも時代が変わっていきます。 そもそも教科書問題に関心なんかなかったけど、1972年に日中が国交正常化して、日本の中で中国と韓国が競争する状態が生まれます。 その中でゴリゴリの反共産主義だった韓国が変わっていくのが、この時期で、その中で教科書問題が発見される。 国交もなかった中国と韓国が競争するなんていうのは、60年代ならありえない話でした。 1982年の教科書問題はこうして冷戦が終わろうとしていた時期に起きた、典型的な事件だったわけです。 では、次のケーススタディーとして慰安婦問題を考えましょう。 (続編: へ).

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