アーモン ゲート。 アーモン・ゲート

クラクフ・プワシュフ強制収容所

アーモン ゲート

テーゲ,ジェニファー 1970年生まれ、ドイツ人とナイジェリア人との間に生まれた娘。 生後4週間目で養護施設へ預けられ、7歳で養子縁組に出された。 4年間、イスラエルで暮らし、そこで大学教育を受けている。 1999年以来、広告・宣伝業界でコピー・ライターおよび企画に関わっている。 ハンブルク在住 ゼルマイヤー,ニコラ 1971年生まれ、ドイツ・ジャーナリスト・スクール卒業。 ミュンヘン大学で、政治学、経済学およびコミュニケーション学を学ぶ。 2000年以来、雑誌『シュテルン Stern 』編集部。 ミュンヘン大学、フンボルト大学、ボン大学を経て現在ミュンヘン大学日本センター専任日本語上位教官、兼交換留学指導教官。 専門はドイツ語教育、日本語教育、対照言語学 本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです この表紙の写真は、本人の物。 実父のアフリカ系黒人の血を引いたため、肌の色が褐色だった。 しかし、ドイツ人の母はナチ幹部の娘だった。 祖母はアーモンド・ゲートに妻がいた為、収容所敷地内の屋敷に同居し妻のように振舞って暮らし、 戦争末期、離婚の成立を待って、後妻となっている。 直後、娘を出産。 それが著者の実母。 著者は、乳児期に里子に出され、何年か後、養父母の養子となって、実母との連絡が途絶えた為、 自分の血につながる人々の事を知り得なかった。 しかし、しばらくは祖母との行き来もあったようで、祖母や母の顔を覚えていた。 実母は祖父、アーモンド・ゲートに良く似ている、美人だとの事。 インタビューなどで顔も知られている。 ジェニファー自身、すでに結婚もし、子どもを持った38歳の頃に、図書館の棚で偶然手に取った、 一冊の本、それが祖父、アーモンド・ゲートの事を書いた本だった! 衝撃と混乱、そうして、養父母に問いただし、実母を探し(再婚相手との間に妹がいた) 自分の知らなかった過去に向き合っていく、その道筋が描かれている。 著者は学生時代、イスラエルで学び、ユダヤ人の友人も多い。 自分の実の祖父が、ユダヤ人のホロコーストを実際に行った人間だと言う事を、 必死に受け入れようとしながら、どうしても認められずに苦しむ。 実母の事も、調べるうち、自分と同じように、この事で悩み苦しみながら、生きて来ている事に気づく。 しかも、その悩みを相談したり、分かってくれそうな人が見つからない状況で、長く苦しんでいる事にも。 アーモンド・ゲートはサディストだったらしく、女中として使っていたユダヤ人の女性達を、 些細な事でぶちのめしたり、しょっちゅう殺すと言って脅したりしていたらしい。 祖母も庇いはしたが、自分に矛先が向けられないように立ち回り、戦後の裁判では、 見たり聞いたりしていないと言い逃れている。 また、祖父は立派な人間だったと言い、ナチズムや夫のやった事の反省は無かった。 著者は調べて行くうちにシーラッハなど、自分と同じような、ナチの幹部の孫たちの話も聞くが、 立場によって感じ方が違っていることにも気付く。 シーラッハは弁護士で作家。 最近は「コリーニ事件」という、ナチの戦争犯罪の過去が現代の事件を引き起こす、 法廷サスペンス物を書いている、人気作家。 彼の祖父はヒットラーユーゲントの長官。 名前が示す通り、上流階級の出。 ナチについての責任を感じる、と言うより、家族の歴史の中に、そういう事もあったと言う理解らしい。 だが、この作者は祖父母から母、そして自分、子どもへ繋がっている、「家族」を考えずにはいられない。 そうして、今の自分を取り巻く友人・知人、その人たちにつながっている人々への思いも。 そういった狭間で揺れ動きながら、戦争の後を辿り、生還者の話を聞き、自分の拠り所を確認しようとする試みを描いている。 戦時中のユダヤ人のみならず、アーモンド・ゲートが思いもしなかった形で、戦後もユダヤ人と同じように、 彼の子孫は彼のしでかした負の遺産に苦しみながら生きている。 ほとんどの大人は、子どもが親達の後始末をどう着けて行くのかを知らないが、 この本は大人の責任とはも問いかけている。 そうして孫の世代が自分の中に流れる血を否定しないで、負の遺産を見つめようとする、 著者の勇気に打たれる。

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『祖父はアーモン・ゲート』虐殺者と家族の葛藤

アーモン ゲート

映画「シンドラーのリスト」を見ました。 そこで、いくつか疑問があります。 でも結局ヘレンは、リストに載っており名前が呼ばれていました。 ゲートは何故それを許したのでしょうか? とてもいい映画ですごく感動したのですが、 ところどころゲートの心境がよく理解できませんでした。 想像でもいいですので、ご意見をお聞かせ下さい。 それこそが力だ。 そして髪をかき上げた自分の指先に付いたお風呂の汚れを 見て、現実の自分に戻ったのでしょう。 アーモンから見てゴミのようなユダヤ人が自分に汚れを 残した。 以前のアーモンに戻り、青年を射殺します。 実際、この時代にドイツ少尉(ドイツ人)がユダヤ人に好意を 持つ事自体、異常と見られる時代です。 階段を下りる音にとっさに服を着たか、いつ降りてくるか 分からないアーモンにおびえて、いつも薄い服を着用で 湯船に浸かっていたのかもしれませんね。 質問者様は映像で何も見逃してないと思います。 それが異常で歪んだ感情でも。 それ故、シンドラーの提案を拒否してます。 アーモンの性格を把握しているシンドラーは 賭けを申し出、不適切だと言いながらも シンドラーの莫大な掛け金にアーモンは現実を 選んだのでしょう。 自分の故郷に連れて帰りメイドをさせられるはずもなく ヘレンは間違いなくアウシュビッツ送りです。 ドイツ少尉としてユダヤ人を守る事など出来るはずも ありません。 私も好きな作品ですが、個人的に感じた意見です。 参考になれば。 猟奇殺人者が殺人を止められない、常人には理解できない、戦争という人格を歪めてしまう時代背景を見せているのだと思います。 殺さずに殴るという行為が、「生かしている」という確認なのだと思います。 最終的には色々と面倒くさくなってどうでもよくなったのでは。 総じてその人物を考えると、幼稚で、重責に耐え切れない、ストレスを傷害で乗り越えようとする、現代であれば 精神疾患者だと思います。 戦時中の精神状態なんて、私たちには計り知れない感情で溢れているはずです。 こういう人も実際にいたのでしょうね・・。

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映画「シンドラーのリスト」を見ました。

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実在の人物。 非常に残忍な性格で、ユダヤ人殺害に対して良心の呵責を感じていない。 35歳頃(シンドラーとは同年の生まれ)にプワシュフ強制収容所の所長として赴任。 赴任直後から、ユダヤ人建築家を射殺するなど残忍な姿を見せる。 軍需産業の社長たちに収容所の敷地内への工場移転を勧めるが、敷地外での工場経営を主張するシンドラーには折れる。 一方で、シンドラーからは女性を多く集めたパーティなどの接待を受ける。 生活は荒れており、所長在任中に体重が増え、医者からも注意される。 収容所を見渡せる丘の上に建つ屋敷のベランダから、上半身裸で何人ものユダヤ人の収容者をライフルで撃ち殺し、収容者を恐れさせる。 シンドラーから「真の力とは許すこと」と言われ、翌日に実行してみるものの、指にできたささくれにいら立って少年を射殺してしまい、失敗に終わる。 収容所の撤退が決まった時には、上部からの命令で、土に埋められた1万体にもおよぶユダヤ人の死体を掘り起こし、焼却する。 シンドラーからアウシュヴィッツに移送されるユダヤ人の中から1,000人以上のユダヤ人を引き渡すように頼まれ、多額の賄賂と引き換えに認める。 終戦後は、絞首刑となったことが描かれている。 ・メイドとしているユダヤ人のヘレンの美しさに惹かれていく。 ある日、地下室にいるヘレンにキスをしようとするものの途中でやめ、「自分を誘惑しようとした」としてヘレンに暴行を振るう。 シンドラーがヘレンも引き取ろうとした時には、ウィーンに連れ帰ってメイドとしてそばに置いておくと話すが、実現不可能なことは理解しており、代わりに「苦しまないように後ろから撃ってやる」と語る姿を見せる。 ・スムーズに絞首刑が執行されない。 実際のゲートも絞首刑となったが、2度もロープが切れてやり直したという。

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