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東急 ストア 中山

埼玉県• 〒343-0025 埼玉県越谷市大沢3-6-1 千葉県• 〒277-0871 千葉県柏市若柴175 ららぽーと柏の葉1F 東京都• 〒197-0804 東京都あきる野市秋川1-17-1• 〒120-0005 東京都足立区綾瀬3-1-2• 〒142-0053 東京都品川区中延2-8-1• 〒152-0033 東京都目黒区大岡山2-10-1• 〒143-0016 東京都大田区大森北1-6-16 大森駅アトレ内• 〒125-0041 東京都葛飾区東金町1-36-1• 〒198-0036 東京都青梅市河辺町10-7-1• 〒144-0051 東京都大田区西蒲田7-69-1 蒲田東急プラザ B1F• 〒144-0051 東京都大田区西蒲田7-69-1 蒲田東急プラザ B1F• 〒145-0064 東京都大田区上池台5-23-5• 〒152-0004 東京都目黒区鷹番3-1-11• 〒146-0085 東京都大田区久が原2-21-4• 〒166-0003 東京都杉並区高円寺南4-48-1• 〒154-0003 東京都世田谷区野沢3-1-1• 〒141-0022 東京都品川区東五反田2-1-2• 〒154-0004 東京都世田谷区太子堂4-1-1• 〒153-0064 東京都目黒区下目黒4-11-18• 〒152-0012 東京都目黒区洗足2-21-1• 〒175-0082 東京都板橋区高島平9-23-1• 〒190-0023 東京都立川市柴崎町3-6-29• 〒182-0026 東京都調布市小島町2-52-1• 〒194-0001 東京都町田市つくし野1-30-1• 〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-23-21 渋谷キャスト• 〒142-0053 東京都品川区中延4-5-7• 〒142-0062 東京都品川区小山6-3-11• 〒158-0097 東京都世田谷区用賀4-10-1• 〒194-0004 東京都町田市鶴間3-3-1 グランベリーパーク ステーションコート 1階(B101)• 〒152-0031 東京都目黒区中根1-4-3• 〒153-0051 東京都目黒区上目黒1-21-12• 〒145-0064 東京都大田区上池台1-10-10• 〒142-0063 東京都品川区荏原3-5-4• 〒171-0051 東京都豊島区長崎5-1-31• 〒158-0094 東京都世田谷区玉川2-21-1• 〒141-0031 東京都品川区西五反田5-1-28• 〒194-0013 東京都町田市原町田6-4-1 町田東急ツインズイースト地下1階• 〒181-0013 東京都三鷹市下連雀3-28-23• 〒180-0006 東京都武蔵野市中町1-7-5• 〒194-0004 東京都町田市鶴間3-2-7• 〒142-0062 東京都品川区小山3-4-8 武蔵小山駅ビル 武蔵小山駅上部 2F• 〒141-0021 東京都品川区上大崎2-24-13• 〒153-0052 東京都目黒区祐天寺2-13-6• 〒145-0067 東京都大田区雪谷大塚町9-13 神奈川県• 〒225-0011 神奈川県横浜市青葉区あざみ野2-1-1• 〒225-0024 神奈川県横浜市青葉区市ヶ尾町1156-1• 〒225-0015 神奈川県横浜市青葉区荏田北3-1-1• 〒213-0013 神奈川県川崎市高津区末長1-48-5• 〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町1-2-11• 〒222-0011 神奈川県横浜市港北区菊名7-1-1• 〒252-0816 神奈川県藤沢市遠藤698-10• 〒211-0005 神奈川県川崎市中原区新丸子町989-2• 〒235-0033 神奈川県横浜市磯子区杉田1-17-11• 〒225-0021 神奈川県横浜市青葉区すすき野2-5-4• 〒224-0003 神奈川県横浜市都筑区中川中央1-1-3• 〒213-0002 神奈川県川崎市高津区二子5-1-30• 〒227-0046 神奈川県横浜市青葉区たちばな台 1-2-3• 〒227-0064 神奈川県横浜市青葉区田奈町76-1• 〒225-0002 神奈川県横浜市青葉区美しが丘1-1-2 たまプラーザテラス ゲートプラザ• 〒242-0007 神奈川県大和市中央林間4-12-1• 〒223-0053 神奈川県横浜市港北区綱島西1-713-1 東急東横線綱島駅内• 〒222-0037 神奈川県横浜市港北区大倉山町1-18-1• 〒244-0003 神奈川県横浜市戸塚区戸塚町16-1 戸塚東急プラザ地下1階• 〒224-0041 神奈川県横浜市都筑区仲町台1-4-7 「ベリスタ仲町台」内• 〒226-0011 神奈川県横浜市緑区中山町304-1• 〒235-0005 神奈川県横浜市磯子区東町17-30• 〒252-0302 神奈川県相模原市南区上鶴間7-8-1• 〒227-0043 神奈川県横浜市青葉区藤が丘1-36-2• 〒213-0001 神奈川県川崎市高津区溝口2-1-1• 〒216-0033 神奈川県川崎市宮前区宮崎2-10-14• 〒216-0033 神奈川県川崎市宮前区宮崎6-9-5• 〒214-0014 神奈川県川崎市多摩区登戸2130-2 アトラスタワー向ヶ丘遊園• 〒211-0063 神奈川県川崎市中原区小杉町3-472• 〒244-0805 神奈川県横浜市戸塚区川上町91-1 モレラ東戸塚1F• 〒235-0045 神奈川県横浜市磯子区洋光台4-1-3-101• 〒220-0005 神奈川県横浜市西区南幸1-4-B1 横浜駅西口相鉄ジョイナス内 静岡県• 〒413-0232 静岡県伊東市八幡野1145-1• 〒414-0044 静岡県伊東市川奈1215-1• 〒415-0035 静岡県下田市東本郷1-2-1.

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中山(神奈川県)駅周辺の東急ストアからバイト・アルバイト探し

東急 ストア 中山

1982年(昭和57年)3月に株式額面変更のため株式会社東急ストア((昭和22年)12月設立の旧・テー・エム工業株式会社)に吸収合併。 株式会社東急ストア(とうきゅうストア)は、子会社の。 の企業の一つである。 「 東急ストア」「 とうきゅう」「 プレッセ(Precce)」「 フレル(fullel)」「 東急ストアフードステーション」の5業態でを中心に店舗を展開する。 加盟店。 歴史 [ ] 百貨店法の制約を避けるために誕生 [ ] 1956年(昭和31年)6月に施行の百貨店法により、が新店舗の出店や増床などに制約が課されることになったことから、その制約を受けずに事業展開を行うために同年10月10日に「東横興業株式会社」を設立したのが始まりである。 当社の1号店として1956年(昭和31年)11月22日に開設された 武蔵小杉東興店は 、東横線と国鉄線ののはす向かいにあたる1丁目403番地に が建設した第一生命住宅の店舗部分への出店で 、従前からの出店の約束を果たす側面もあるものであった。 また、同年1月に東急グループ入りしていた百貨店のは、1928年(昭和3年)12月18日の五反田分店と1929年(昭和4年)2月の大森分店という戦前に開設した2分店の他に 、1952年(昭和27年)12月に中央線北口の駅ビルに開設した高円寺分店を運営していたが 、百貨店分店の形式では百貨店法の規制対象となるとして、こちらも「白木興業株式会社」を設立して3店の営業を譲渡することで規制を逃れさせることになった。 こうして設立された2社を経営統合することになり、1957年(昭和32年)4月1日に「東横興業株式会社」が「白木興業株式会社」を吸収合併して五反田と大森、高円寺の3店の営業を引き継ぎ、チェーン店の展開へ乗り出すことになった。 同年9月20日、より一般的で親しみ易い名称として「 株式会社東光ストア」へ社名変更するとともに、社紋(シンボルマーク)もをかたどったものへ変更した。 そして(現・東横店)西館地下と壁一枚で隣接するが開業する際には、百貨店の増床許可が出た時点で東横百貨店に変換する条件で当社が1957年(昭和32年)12月に渋谷店を出店し、契約通り1962年(昭和37年)8月東横百貨店に返還したほか、同じく東横百貨店が核店舗として出店する構想で進められていたの店舗部分も当社が運営する「文化特選街」とするなど、百貨店法の制約を受けずに店舗展開を進めるという戦略を担う形で出店が進められていった こうした設立時の経緯もあり、東横百貨店から130名、白木屋系の旧白木興業234名の社員が当社へ出向していたが、当社が軌道に乗った後、役職者と一部の専門職員を除いて百貨店へ復帰させる人事を行っており、現場は当社として採用した社員が中心となって運営する形態へ移行する形となった。 セルフサービス方式導入によるスーパーマーケット事業への進出 [ ] 設立当初は百貨店と同様の対面販売方式で、小型百貨店というべき運営形態であったが、1957年(昭和32年)2月に「スーパーマーケット設立準備委員会」を発足して八幡製鉄所購買会(現・)の見学や研修会への参加などを通じて方式の導入へ向けた準備を進められた。 1958年(昭和33年)10月に高円寺店2階に木製ゴンドラケースによるオープン陳列を行ってセルフサービス方式を導入し、スーパーマーケット事業参入の第一歩を踏み出すことになった。 この高円寺店へのセルフサービス方式の導入に当たっては、生鮮食料品の販売効率が現状でも高かったうえ、当時は予め包装などを行っておくプリパッケージができない商品と考えられていたことから、1階の食料品売り場は従来通り対面販売が継続されていた。 だが高円寺店のセルフサービス方式の導入は、利点を理解しながらもスーパーマーケット事業への進出に二の足を踏むことが多かった百貨店などの大手資本によるものとしては先駆けとなったため、業界紙などから注目を集めることになった。 1958年(昭和33年)12月13日に開設した鷹番町店は新店舗で開設時からセルフサービス方式の導入を行った1号店であるのみならず、部門別に色分けした名刺大の札を商品に添付して、それを基にレジで精算を行う方式で食品売り場にもセルフサービス方式の導入しており、高円寺店での実験をさらに一歩進めるものとなった。 ただし、この鷹番町店でも食料品全てをセルフサービス方式とすることはできず、対面販売部分が残る状態となっていた。 その後、1959年(昭和34年)3月27日に同社では初の本格的なスーパーマーケットとして、桜堤団地内に鉄骨造り1階建ての武蔵境店を開設した際には、様々な合理化策を導入すると共に、その成果を委員会を設けて検証するなどスーパーマーケット事業の本格的な展開を目指した実践と研究を重ねて行った。 セルフサービス方式の導入を進めるうえでは、商品の事前包装や値札付けといったプリパッケージ技術が必要であったことなどが、こうした漸進的な導入の背景となっており、当社が全商品をセルフサービス方式で販売するようになったのは1959年(昭和34年)11月に開設した荻窪店が最初の店舗となった。 プリパッケージで問題を抱えていたのは、先述した食料品だけでなく、衣類や雑貨類などでも同様であり、価格のみならず、素材や大きさ、洗濯方法なども付記した包装の導入などのセルフサービス方式に合わせた商品の形態が模索され、実践に移されていくことになった。 また、商品を各店舗にスムーズに配送するために、1961年(昭和36年)12月に東横線の高架下にベルトコンベヤーを導入した本部検品所と商品倉庫を兼ねた施設を開設して合理化を図った。 その他にもメーカーの販促活動の機会に安く大量に仕入れるなど大量仕入れ・大量販売というスーパーマーケット事業の強みを生かすための仕入れ政策にも取り組み、徐々にスーパーマーケット事業を軌道に乗せて行くことになった。 1964年(昭和39年)7月に開設した三軒茶屋店では、中央食品(現・)による完全包装された精肉販売が導入され、店舗における厨房機能の縮小と大量陳列による買い易さが両立することで更なる合理化が図られることになった。 こうしてセルフサービス方式の導入を進めたことにより、合理化が進んだ半面で店員と顧客との間でのふれあいが不足しがちになることから、それを補って顧客の固定化を図ることを目的に1961年(昭和36年)2月に「東光セルフサービスチケット」を導入するなどセルフサービス方式の欠点の是正策も並行して導入された。 東急グループの企業らしく事業にも早くから力を入れ、1966年(昭和41年)11月より主な顧客層であるを対象とした文化講演会「東光ストア ママ大学」を開始し、その後社名変更により10月から「東急ストア ママ大学」に改題された。 また、かつてで午前11時過ぎに長年にわたり「東急ストア ママ大学」というタイトルでコーナー提供をしていたが、『』の番組途中で終了している。 ショッピングセンター形式の大型店の出店 [ ] 1971年(昭和46年)4月にから100mの場所に建設された地下1階・地上8階建てのビルの地下1階から地上3階までを使用して当社初のとなる調布店( 調布とうきゅう)を開設し、大型店の運営に参入することになった。 調布店は、都心に流出している購買力を地元に引き付ける狙いから有力な店舗をとして導入する戦略をとったため、テナント比率が高まったものの、土地・建物共に自社所有であったことから高い収益力を持つ店舗となった。 こうした大型店舗でのテナントの導入はその後も続けられ、当社としては2番目のショッピングセンターである厚木店では地元の老舗などからなる暖簾街の導入が図られ、水戸店では外国の有名メーカーのライセンス生産によるファッションを扱う売り場の導入をしたほか、水戸店では類も扱うなど徐々に品ぞろえを拡充していくことになった。 また同年10月に開設した大和店では郊外型の週末中心の来客を想定して、やなどの飲食施設や遊戯施設、休憩所など物販以外の施設の充実を図った。 同年11月に前に開設した鎌倉店では、百貨店や専門店が当社のようなスーパーに陳列されるのを嫌がるような海外メーカーの服などを扱ったため、取り扱いを中止させようとする動きが一部で見られるような状況まで生じた。 このように大型店の出店に伴い、衣料品や雑貨類の販売比率が増大することになり、店舗間の販売力などに大きな差が生じたことから、店舗を規模や立地などで5分類して各々の戦略を立てる形へ変化していくことになった。 出店エリアの拡大 [ ] 母体となった東急沿線の他に、東急電鉄や東急不動産が進めている地域開発型の不動産事業展開の一環として出店したほか、比較的高所得者層が多いとされる地区や神奈川県中央部など首都圏の人口急増が生じていた地区に出店を集中的に行うとする出店戦略を採った。 このため、東急沿線では溝の口店(1970年(昭和45年)10月開店)や学芸大学店(1970年(昭和45年)11月開店)、祐天寺店(1970年(昭和45年)11月開店)、二子玉川店(1970年(昭和45年)12月開店)、湘南地区では辻堂店(1969年(昭和44年)11月開店)や鎌倉店(1971年(昭和46年)11月開店)、神奈川県中央部では厚木店(1971年(昭和46年)5月開店)や大和店(1971年(昭和46年)10月開店)等の出店を行うことになった。 また、東急電鉄や東急不動産が進めている地域開発型の不動産事業展開の一環として1966年(昭和41年)8月に青葉台店を開設したほか、同年9月の狭山店や南柏店などグループ戦略に伴う出店も行った。 東急グループがにを運営していたことから、の依頼を受けて同社が従業員向けに建設した宮津団地内で商業施設の運営を引き受けることになり、1969年(昭和44年)4月に東海東光ストアを設立し、へ進出することになった。 東海東光ストアは1969年(昭和44年)8月に宮津店を開設したのを皮切りに、翌年1970年(昭和45年)5月に上野台店、1974年(昭和49年)3月に粕谷台店、1980年(昭和55年)に知多店を開設するなど知多半島への出店を進めて行った。 1972年(昭和47年)7月15日に 定山渓鉄道(現・)などとともに株式会社定鉄商事(現:)を設立して 同年10月に第1号店となる木の花店を開設したほか 、1974年(昭和49年)1月1日に北海道東急ストアを設立して同年10月13日に宮の森店を開設するなど、東急グループの拠点がある地域へ出店する戦略を採っていった。 詳細は「」を参照 さらに、と提携して同社が得意とする衣料品との相乗効果を狙い、長崎屋サンショッピングセンター内で食料品や雑貨を扱う店舗をスーパーマーケットを出店する契約を結ぶなど、他社と提携した出店戦略も展開していった。 こうした積極的な出店の一方で、1969年(昭和44年)1月に芦花公園店を閉鎖したのを皮切りに、1970年(昭和45年)8月に(初代)阿佐谷店、同年9月に荏原店、1971年(昭和46年)12月には(初代)本八幡店と不採算店舗の閉鎖も進めたほか、1972年(昭和47年)から1974年(昭和49年)にかけて26店舗の改装を行うなど既存店の活性化も進めて行った。 関連会社の設立や吸収による商品力の強化 [ ] 1971年(昭和46年)8月20日に渋谷米穀店と荻窪米穀店を母体にして東光食糧販売株式会社(現・東光食糧)を設立して米穀の精製・販売に乗り出し、1973年(昭和48年)7月に当社の青果部門のテナントや直営青果部門への納入業者であったミツバ商店を傘下に入れて東光青果を設立して青果部門を直営化した。 同年10月には水産部門の東光水産、同年12月25日に東光デイリー食品株式会社(現・東光食品)を設立して、1974年(昭和49年)1月30日に水戸内原工場を完成させて同年8月9日から日配品の製造・販売に乗り出すなど食品の販売力強化を目指した関連会社の設立を進めた。 また、日本国内の紳士靴大手である日本製靴との合弁で1975年(昭和50年)7月14日にトップシューズを設立し、同年8月の荻窪店を皮切りに靴売り場を展開したほか、1976年(昭和51年)11月25日には株式会社東光ドラッグを設立するなど専門性が必要な分野の商品を扱う関連会社の設立も進めて営業力の強化を図っていった。 1979年(昭和54年)2月に東光青果株式会社と東光水産株式会社を吸収合併したほか、東光デイリー食品と東光ピクルスの販売部門、レストラン東急の総菜部門の譲渡を受けて食料品の主要部門を完全に直営化することになった。 社名変更と店舗網の見直し [ ] 1974年(昭和49年)には売上高が1000億円を突破して東急百貨店と共に東急グループの流通部門の基幹企業となり、「名実ともに東急グループとしての一員であることを明確にする」ため、1975年(昭和50年)3月1日に 株式会社東急ストアに商号変更した。 それに合わせて定鉄商事の札幌東光ストアも 札幌東急ストアへ店名変更した。 また、1975年(昭和50年)11月1日に生活情報誌『ファミリー109』を創刊している。 その一方でグループの開発戦略上の役割を果たした店舗などを中心に、1978年(昭和53年)12月に狭山店を閉鎖したのを皮切りに、1979年(昭和54年)3月に元石川店、同年7月に本八幡店と溝の口店(初代)、同年8月につくしが丘店、同年12月に大谷ロ店、1980年(昭和55年)1月に三軒茶屋店と上大岡店、同年9月に水戸店、同年12月に久が原店と2年強で10店舗の閉鎖を行うなど、店舗網の見直しを進めた。 こうした店舗閉鎖だけでなく、1979年(昭和54年)11月に伊勢原店を増築して増床し、1980年(昭和55年)2月には五反田店を都市型大型店として新装開業したほか、同年4月には厚木店で鮮魚など生鮮食料品売場の強化を図ったのを皮切りに各店で生鮮食料品売り場の強化を図り、当社の初期の大型店である調布店や鎌倉店なども大型店の大規模な改装を進めて黒字転換を目指すなど店舗網の強化を図った。 そうした大型店強化の一環として、東急グループが開発を進めていた全域を商圏として、延べ床面積約19,270に9,492m 2の売り場を配した大型店であるさぎ沼店(現:フレルさぎ沼店)を1978年(昭和53年)9月に開設した。 さぎ沼店は食品や衣料品だけでなく、家具やインテリアなどの住関連商品まで幅広く取り扱うと共に専門店街も充実させ、1980年(昭和55年)度に当社で初めて年間売上高が100億円を突破する当社の主力店の一つとなった。 さらに、1984年(昭和59年)9月には国鉄(現在のJR) 大森駅ビルプリモの開設に伴って大森店を同ビル内に移転して71店舗のテナントを併設した大型店とし、翌年1985年(昭和60年)10月に取手駅西口駅前再開発事業によって建設された地下1階・地上8階建てのビルほぼ全館を借り入れて取手店を開設したほか、同年度には中央林間店を開設するなど大型店の出店を進めた。 こうした大型店は順調に売り上げを伸ばし、当社はさぎ沼店と五反田店、中央林間店、取手店と年商100億円を超える店舗を4店舗持つようになった。 また、この間の1982年(昭和57年)12月15日に第二部にし 、1987年(昭和62年)8月1日に東京証券取引所第一部へ昇格しており 、東急グループとしては10番目の一部上場企業となった。 食品特化の小型店の展開 [ ] 大型店の強化の一方で、食品を中心にして日用雑貨や肌着などの日用衣料品を扱う食品スーパー業態の店舗として、1988年(昭和63年)4月に成田線布佐駅前に布佐店、同年11月に前に阿佐谷店と前に根岸店を開業したほか、既存店13店舗の全面改装を実施するなど小型店の強化も並行して進められた。 これら小規模店舗の改装においては、住関連商品や日用品の取扱の縮小と生鮮食料品の強化を図り、食品スーパーへの業態特化が図られた。 こうした小型店戦略の一環として、半径500mを商圏とした売場面積250から500m 2の小型スーパーでドミナント戦略を強化することになり、1987年(昭和62年)8月にマインズ第1号店桂台店(売場面積445m 2)を開店したのを皮切りに多店化を進め、1988年(昭和63年)5月には 株式会社マインズとして独立させた。 東急グループの開発に乗った出店 [ ] 東急グループが中心となって開発が進められていたのの一角にある前に開設された「バーズモール」内に 1989年(平成元年)4月に土気店を開設したほか 、同年6月には東急沿線に新丸子店と溝の口店(2代目)を開設した。 東急グループの住宅開発に合わせて美しが丘南に 1993年(平成5年)5月18日に筑紫野店を開店してへ進出したほか 、あすみが丘ニュータウン中心部に2000年(平成12年)10月6日に開業した ショッビングセンター「プランニューモール」 の核店舗として土気あすみが丘店を開店する など東急グループ開発を生かした出店戦略を展開した。 東急沿線への回帰とグループの再編 [ ] だがその後は東急沿線から遠く離れた地区での店舗網の縮小を進め、2003年(平成17年)1月31日に 北見東急ストアを解散して5店全店舗を閉鎖した。 2007年(平成19年)3月には近隣に大型商業施設が相次いで開業した影響で赤字が続いたため筑紫野店を閉店して九州から撤退した。 2009年(平成21年) 10月30日には札幌東急ストアが株式会社の子会社となって東急グループから離脱する。 首都圏以外の遠隔地に限らず、2010年(平成22年)2月期に青山店など5店舗、翌年2011年(平成23年)2月期に取手店など首都圏でも沿線以外の不採算店舗の整理統合を進める一方で、東急沿線の駅前立地に小型店を出店するなど親会社の沿線等への店舗網の集約を進めている。 不採算店の閉鎖は、(平成25年)8月に馬込店、さらに(平成26年)だけでも錦糸町オリナス店(1月10日閉店 )・金沢シーサイド店(1月20日閉店 )・橋本店・武蔵小山店 ・上尾店・矢口店・プレッセ日本橋店・中野店・白金台店が閉店するなど、東急沿線を含めた首都圏でも進められた。 また、1999年(平成11年)12月に南口再開発ビルへの出店に関する覚書を締結し、建設中のの核店舗テナントとして出店を予定していたが、2008年(平成20年)4月に東急側の都合により白紙撤回(理由は不明)。 結局出店は見送りとなり、同ビルには地元企業のが出店した。 八王子駅南口市街地地区再開発組合は東急ストアに対し「を請求する」としていた。 が、その後の展開は不明。 なお、八王子駅近辺の東急グループの商業施設としてはがある(東急ストアは出店していない)。 消費者のへの関心の高まりを受け、2006年(平成18年)11月より「手紙のついた野菜と果物」という青果ブランドを立ち上げ、野菜や果物等を販売している。 商品パッケージに付記された、を携帯電話やパソコンから検索すると、生産者や産地等の情報が閲覧可能。 内容ははもちろんの、生産者の情緒や産地の栽培環境や取組み、農産物の食べ方等が「手紙」という形式で表現されている。 2008年(平成20年)に上場廃止し、同年7月1日付で簡易株式交換により東京急行電鉄の完全となっている。 2011年(平成23年)5月20日に 総合スーパー(GMS)業態であった前の「さぎ沼とうきゅう」をリニューアル、テナント店舗を大幅に導入してショッピングセンター「フレルさぎ沼」とするなど、大型店についてはショッピングセンターへの業態転換も模索している。 同年5月27日にはに新業態「フレル」2号店「フレル・ウィズ自由が丘」が開店した。 どちらもキーテナントとして東急ストアが出店する形態になっている。 年表 [ ]• (31年)• 10月10日 - 東横百貨店(現・)の全額出資により、 東横興業株式会社として設立。 11月22日 - 1号店として、武蔵小杉店開店。 (昭和32年)• 4月1日 - 株式会社を合併 、大森店・五反田店・高円寺店の営業を引き継ぎ 、これにより指向の方針を固める。 9月20日 - 株式会社東光ストアに商号変更。 (昭和33年)10月 - 高円寺店で2階に方式を導入。 以降スーパーマーケットの本格的チェーン展開を開始。 (昭和41年)3月 - 東京急行電鉄の関連会社となる。 (昭和44年)• 4月 - 東海東光ストアを設立。 8月 - 東海東光ストア第1号店・宮津店を開設。 (昭和45年)6月 - 東光ストアグループの(現・ファミリーマーク)制定。 (昭和46年)8月20日 - 東光食糧販売株式会社(現・東光食糧)を設立。 (昭和47年)• 7月15日 - 定山渓鉄道(株)(現・じょうてつ)などと共に(株)定鉄商事(現・)を設立。 10月27日 - 定鉄商事第1号店・札幌東光ストア木の花店を開設。 (昭和48年)12月25日 - 東光デイリー食品株式会社(現・東光食品)を設立。 (昭和49年)• 1月1日 - 北海道東急ストアを設立。 1月30日 - 東光デイリー食品水戸内原工場を完成。 10月13日 - 北海道東急ストア1号店として宮の森店を開設。 (昭和50年)• 3月1日 - 株式会社東急ストアに商号変更。 札幌東光ストアも札幌東急ストアへ店名変更。 7月14日 - トップシューズを設立。 (昭和51年)• 6月 - 日魯漁業からジョイマート6店舗を買収。 11月25日 - 株式会社東光ドラッグを設立。 (昭和53年)9月21日 - 東急ストアとして初の総合スーパー「鷺沼とうきゅう」開店。 (昭和54年)2月 - 東光青果株式会社、東光水産株式会社を。 (昭和57年)• 3月 - 株式額面変更のため株式会社東急ストア((昭和22年)12月設立の旧・テー・エム工業株式会社)に吸収合併。 12月15日 - (東証)2部。 (昭和58年)11月1日 - 東光サービス株式会社を設立。 (昭和62年)8月1日 - 東証1部指定替え。 (昭和63年)• 1月22日 - 株式会社東急フローラ(現・東光グリーン・フーズ)を設立。 5月 - 株式会社マインズを設立。 (9年)• 4月 - 宮の森店と北広島店の営業を東急ストアから定鉄商事(札幌東急ストア)へ譲受。 11月13日 - 新業態店「プレッセ」の1号店・美しが丘店開店。 (平成10年)• 4月 - 東急グループの北見バスの経営再建策の一環として北見バス興産を整理し、同社の「北見東急ストア」9店舗のうち5店舗の営業を譲受し 、札幌東急ストア(現・東光ストア)とじょうてつ共同出資で(株)北見東急ストアを設立。 4月1日 - (株)定鉄商事が(株)札幌東急ストアに社名変更。 (平成15年)1月31日 - 北見東急ストアを解散し、5店全店舗を閉鎖。 (平成16年)• 9月1日 - 神奈川県川崎市川崎区東扇島に常温加工食品用の自社物流センター「一般食品ディストリビューションセンター棟」を開設。 10月14日 - 札幌東急ストア(現・東光ストア)と商品調達(仕入れ)や物流、人事、システムで業務提携すると発表。 (平成17年)• 3月1日 - 札幌東急ストア(現・東光ストア)との連携を強化するためSTSプロジェクトを設置。 6月10日 - 札幌東急ストア社長に当社出身の加固正好が就任。 (平成18年)• 2月 - 札幌東急ストア(現・東光ストア)の株式の50. 8月 - サービス介助士を全店に配置。 (平成19年)2月 - 東急百貨店運営の総合スーパー「」の営業権を取得。 「東急ストア」として営業を開始。 (平成20年)• 4月10日 - 新業態「東急ストアフードステーション」の1号店・西小山店開店。 6月25日 - 上場廃止。 7月1日 - により東京急行電鉄の完全子会社となる。 (平成21年)• 10月30日 - 札幌東急ストアが株式会社の子会社となり、グループから離脱。 (平成23年)• 3月1日 - 東光ドラッグを合併。 5月20日 - 新業態「フレル」の1号店 ・さぎ沼店開店。 5月27日 - 新業態「フレル」の2号店・ウィズ自由ヶ丘店開店。 店舗業態 [ ] 現在の業態 [ ] 中山とうきゅう 以下の4種の業態を展開している。 出店エリアは首都圏の1都3県(・・・)と(東急グループの1つである沿線地域のみ)。 各業態とも東急グループ各線を中心としたによる展開(グループ内の同様)が中心となっており、公式サイトの店舗検索にも「地域別検索」「五十音検索」のほか、「沿線別検索」がある。 各店舗の詳細については公式サイト「」を参照。 東急ストア [ ]• 東急ストアの主力業態。。 やがメインだが、を取り扱っている店舗も存在する。 逆に日用雑貨を取り扱っていない店舗もある。 主に東急沿線の店舗や、東急グループをはじめとする商業施設のとして出店する店舗も多い。 消費者の嗜好変化に対応し、後述の高級スーパー「プレッセ」から業態転換した店舗もある。 一部店舗(主に駅前店舗)ではPASMO・Suica等の交通系電子マネーが利用可能。 とうきゅう [ ]• (GMS)。 東急ストアの業態の大型店舗。 1号店は調布とうきゅう。 プレッセ Precce [ ]• 「食の専門館」を標榜する高級志向の食品スーパー。 が店内で調理する売り場など、高品質な商品とサービスを提供する。 店舗名「Precce」の由来は、の「preceder」(先行する)からの造語で「先駆ける店」の意。 以下の4店舗のみ。 うち一部店舗ではPASMO・Suica等の交通系電子マネーが利用可能。 東急ストアへ業態転換した店舗もある。 店(田園調布駅ビル東急スクエア ガーデンサイト内、2000年(平成12年)4月13日開店 )• 店(地下1階 、売場面積1,251m 2、2002年(平成14年)4月2日開店 )• 店(JR東急目黒ビル地下1階、売場面積1,202m 2、2002年(平成14年)4月2日開店 )• プレミアム東京ミッドタウン店(内、2007年(平成19年)3月30日開店 ) フレル fullel [ ] 東急グループリテール戦略の一環で、2011年より展開開始した店舗ブランド。 東京急行電鉄との連携で、既存GMS業態「とうきゅう」からの業態転換により、東急ストアを核店舗とするとしたもの。 以下の2店舗のみ。 いずれも・()等の交通系電子マネーが利用可能。 店舗名「フレル」の由来は「うれしいに、毎日フレル(触れる)」から。 フレルさぎ沼(神奈川県川崎市)1978年(昭和53年)9月21日開店の旧さぎ沼店 (さぎ沼とうきゅう)を改装して2011年(平成23年)5月20日開店 )• フレル・ウィズ自由が丘(東京都目黒区)2011年(平成23年)5月27日開店。 東急ストアフードステーション [ ] 2008年から展開する新業態。 単身世帯やの多い地域特性に合わせ、などの需要に対応したスーパーマーケット。 中延店からはなどのと同様のサービスも行っており、コンビニエンスストア等との競合を意識した店舗。 以下の4店舗のみ。 いずれもPASMO・Suica等の交通系電子マネーが利用可能。 西小山店(東京都品川区、ビル2階 、売場面積580m 2 、2008年4月10日開店 )• 大倉山店(神奈川県横浜市港北区「旧東急生鮮プラザ」跡地、2010年4月29日開店)• 中延店(東京都品川区、2014年(平成26年)開店 )• 渋谷キャスト店(東京都渋谷区、2017年(平成29年)開店 ) 過去に存在した業態 [ ] マインズ 半径500mを商圏とした売場面積250から500m 2の小型スーパー。 ドミナント戦略を強化するために展開された。 1987年(昭和62年)8月に第1号店桂台店(売場面積445m 2)を開店したのを皮切りに多店化を進め、1988年(昭和63年)5月には株式会社マインズとして独立した。 桂台店(1987年(昭和62年)8月開店 - 閉店) 田園都市線青葉台駅西北1. 5kmに位置する桂台に開設された第1号店。 1988年(昭和63年)6月に当社から株式会社マインズへ営業譲渡。 矢口店(1987年(昭和62年)10月開店 - 閉店) 1988年(昭和63年)6月に当社から株式会社マインズへ営業譲渡。 田奈店 1988年(昭和63年)2月に全面改装してマインズへ業態転換。 1988年(昭和63年)6月に当社から株式会社マインズへ営業譲渡。 二俣川店 1988年(昭和63年)2月に全面改装してマインズへ業態転換。 1988年(昭和63年)6月に当社から株式会社マインズへ営業譲渡。 柿の木台店(1988年(昭和63年)5月開店 - 閉店) 株式会社マインズが開設。 荏田南店(1988年(昭和63年)5月開店 - 閉店) 株式会社マインズが開設。 過去に存在した店舗 [ ] 北海道 [ ] 北海道東急ストア [ ] 直営で店舗を運営していた時期もあったが、すべて当時子会社の札幌東急ストアに譲渡。 2009年(平成21年)10月30日付けで札幌東急ストアの全株式をアークスが取得して東急グループを離脱し、同年11月5日に商号を「東光ストア」へ変更した。 宮の森店(現・東光ストア宮の森店、中央区北5条西29丁目 、1974年(昭和49年)10月13日開店 - 閉店) 北海道東急ストア1号店として開店した。 1984年(昭和59年)6月に北海道東急ストアから譲り受けて開店。 定鉄商事に譲渡され、1997年(平成9年)4月17日に札幌東急ストア宮の森店として新装開店した。 売場面積841m 2。 北広島店(現・東光ストア北広島店、、1978年(昭和53年)10月9日開店 ) 1984年(昭和59年)6月に北海道東急ストアから譲り受けて開店。 定鉄商事に譲渡され、1997年(平成9年)4月25日に札幌東急ストア北広島店として新装開店した。 売場面積4,026m 2。 真駒内店(現・東光ストア自衛隊駅前店、札幌市南区澄川3-6 、1976年(昭和51年)1月14日開店 ) 現・東光ストア真駒内店は丸井今井グループの丸井店舗開発から譲受した店舗で2001年(平成13年)4月17日に開業。 売場面積は2,833m 2。 北見東急ストア [ ] 東急グループの北見バスの関連会社の北見バス興産が運営していたが、北見バスの経営再建策の一環として同社が整理された。 その際に、9店舗のうち5店舗の営業は 、札幌東急ストア(現・東光ストア)とじょうてつ共同出資で設立された(株)北見東急ストアが継承した。 しかし、業績低迷のため、2003年(平成15年)1月31日に北見東急ストアを解散し、5店全店舗が閉鎖となった。 清見店(? 開店 - 2003年(平成15年)1月31日閉店 ) 店舗跡は2003年(平成15年)3月7日に「グリーンキャロット」が開店したが 、グリーンキャロットの破産により2006年(平成18年)10月2日に閉店した。 きたみ東急店(? 開店 - 2003年(平成15年)1月31日閉店 )• 高栄店(北見市高栄西町 、? 開店 - 2003年(平成17年)1月31日閉店 ) 店舗跡は「グリーンキャロット高栄店」が開店したが2003年(平成17年)11月30日に閉店した。 ピアソン通り店(? 開店 - 2003年(平成15年)1月31日閉店 )• わかば店(? 開店 - 2003年(平成15年)1月31日閉店 ) 店舗跡は2003年(平成15年)5月10日に「グリーンキャロットわかば店」が開店したが 、グリーンキャロットの破産により2006年(平成18年)10月2日に閉店した。 関東 [ ] 東京都 [ ] 23区内 [ ]• 百貨店が増床許可を得た際には百貨店に返還するという条件で契約が締結されていた。 東急百貨店東横店食品売場の一部となっている。 文化特選街(渋谷2丁目21番12号 、1961年(昭和36年)12月17日開店 - 閉店) の商業施設の核として、地下に輸入食品や高級洋酒などを扱う文化スーパ—ストア、地上階に銀座にある衣料品や雑貨の有名専門店を招致した専門店街形式の店舗であった文化特選街を出店していた。 売場面積は1,960m 2。 元々は百貨店の出店が予定されていたが、映画館が大きな面積を占めて本格的な売場づくりがむずかしくなったため、百貨店法による規制を避けることも兼ねて当社が営業にあたった。 売場面積は1,960m 2。 東急文化会館は解体されて地下4階・地上34階建てのが建設され、地下3階から地上5階に東急百貨店が運営するシンクス(ShinQs)が開設されることになった。 鷹番町店(119番地 、1958年(昭和33年)12月13日開店 - 1970年(昭和45年)10月31日閉店 ) 東横線学芸大学駅東口の商店街の駅から100mほど入ったところに建設された鉄筋4階建て日本住宅公団のアパートの1階に売り場面積約462m 2で、当社としては初めて開業時からセルフサービス方式を導入した店舗だった。 ただし、全面的なセルフサービス方式導入は実現せず、一部で対面販売の売り場があった。 高円寺店や三軒茶屋店と共に当社の果物販売直営化1号店となった。 学芸大学駅の東横線高架下に学芸大学店の開設が決定したのを機に閉店した。 初代 祐天寺店(目黒区2-13-6 、1970年(昭和45年)11月開店 -? 閉店) 売場面積は1,250m 2。 2代目祐天寺店(祐天寺東急ストア)が2015年(平成27年)10月21日に売場面積約1,031m 2で開業した。 初代 三軒茶屋店(、1964年(昭和39年)7月開店 - 1980年(昭和55年)1月閉店 ) 1964年(昭和39年)7月に改装。 高円寺店や鷹番町店と共に当社の果物販売直営化1号店となった。 1996年(平成8年)11月20日に三軒茶屋・太子堂4丁目地区市街地再開発ビルの核店舗として 2代目 「三軒茶屋とうきゅう」が開店。 二子玉川店(世田谷区、1970年(昭和45年)12月開店 - 前半に閉店) 二子玉川園駅(1969年(昭和44年)5月11日廃止)の跡地に出店。 高級スーパー「プレッセ」に業態転換していた時期もあった。 二子玉川駅前再開発に伴い閉店、店舗は撤去された。 開業に伴い「東急ストア二子玉川ライズ店」として再出店。 小型店舗「東急ストアフードステーションミニ 二子玉川駅構内店」も二子玉川駅構内に出店している。 芦花公園店(世田谷区、1965年(昭和40年)7月開店 - 1969年(昭和44年)1月31日閉店 )• 大谷口店(? 開店 - 1979年(昭和54年)12月閉店 )• 武蔵小山店(3丁目22-3 、1980年(昭和55年)8月開店 - 2014年(平成26年)閉店 [ ]) 売場面積は929m 2。 跡地はオオゼキ(2015年(平成27年)3月開店) [ ] 2003年(平成15年)6月12日開業のパルム武蔵小山店 と2010年(平成22年)9月17日開業の武蔵小山駅ビル店 は存続。 荏原店(品川区、1960年(昭和35年)開店 - 1970年(昭和45年)9月閉店 )• 久が原店(大田区、? 開店 - 1980年(昭和55年)12月31日閉店 )• 初代 大森店(大田区、1929年(昭和4年)開店 - 1984年(昭和59年)8月31日閉店 ) 元大森分店として開店した店舗で、1956年(昭和31年)6月施行の第2次百貨店法による規制を避けるため白木興業として分離独立した後、1957年(昭和32年)4月1日に合併により当社の店舗となった。 1984年(昭和59年)9月大森駅ビルプリモ(後の)へ2代目大森店が開設されたため閉店した。 店舗跡はの事務所になった。 青山店(港区3-3-7B-101 、1963年(昭和38年)4月27日開店 - 2010年(平成22年)2月期に閉店 ) 売場面積は1,215m 2。 店舗跡はオリンピック [ ]。 店(仲六郷3丁目8-9 、1993年(平成5年)10月開店 - 2003年(平成15年)閉店) 「雑色石田ビル」に出店していた。 売場面積は2,880m 2。 閉店後は「雑色石田ビル」には仲六郷店が出店した。 松が丘店(2丁目、1976年(昭和51年)6月開店 -? 閉店) 売場面積は688m 2。 店(3丁目、1959年(昭和34年)11月開店 -? 閉店) 中央線沿線への多店舗展開の中核として位置づけられていた各階660m 2の4階建ての店舗で、当社としては初めて全品セルフサービス方式を導入した店舗だった。 3階の一部と4階全体を日本生命に賃貸して開業したが、1966年(昭和41年)11月に当社としては初めてのエス力レーターを荻窪店に設置して全館を売場とする形などの改装を行って増床した。 となったあとに解体されたうえで、2009年現在・などの娯楽総合ビルとなる [ ]。 高井戸店(杉並区2丁目3-45、1977年(昭和52年)11月開店 - 2000年(平成12年)3月閉店) 売場面積は1,640m 2。 跡地はオオゼキ(2000年(平成12年)5月開店)• 初代 阿佐谷店(、1961年(昭和36年)開店 - 1970年(昭和45年)8月閉店 ) 1966年(昭和41年)12月に当社で初めて果物を自社で販売した生鮮食料品直営化の第1号店であった。 2代目 阿佐谷店(2丁目13-2 、1988年(昭和63年)11月開店 - 2010年(平成22年)閉店 [ ]) 中央線阿佐ヶ谷駅前に出店していた。 売場面積は994m 2。 中野店(4丁目3番地1号 、1994年(平成6年)11月開店 - 2014年(平成26年)6月16日閉店 [ ]) 売場面積は1,399m 2。 なかのサンクオーレの核店舗として出店していた。 店舗跡にはが 、2014年(平成26年)10月3日に開業した。 練馬中村橋店(中村北2-3-3 、? 開店 -? 閉店) 店舗跡には練馬中村北店が 2012年(平成24年)6月20日に開店した。 馬込店(大田区南馬込5-27-14 、1976年(昭和51年)6月開店 - 2013年(平成25年)8月31日閉店 [ ]) 売場面積は789m 2。 店(墨田区太平4丁目1-5 内、2006年(平成18年)4月19日開店 - (平成26年)1月10日閉店 ) 店舗跡はが 2014年(平成26年)4月1日にフードスクエアカスミオリナス錦糸町店を出店した。 店 (一之江6-9-47 、1997年(平成9年)4月23日開店 - 2011年(平成23年)7月20日閉店) 1階に約470坪の食品売場、2階に衣料品とドラッグストア的な売り場を配置した約970坪の店舗だった。 取り壊されマンションとなる [ ]。 竹の塚店(5丁目7、1970年(昭和45年)6月開店 -? 閉店) 建物は地上5階地下3階建ての古庄ビルに出店していた。 店舗跡は改装されて1996年(平成8年)にサンドラッグや肉のオオクボと青果のベスト、鮮魚の魚力で構成された「パワーズ生鮮館」、酒DSサリといった各分野のディスカウントストアを集めたパワーセンター型の商業施設「竹の塚ジョイプラザ」となった。 梅島店(梅田7-34-12 、1976年(昭和51年)1月28日開店 - 閉店) 「山田ビル」に出店していた。 売場面積は2,101m 2。 閉店後は「山田ビル」にはココスナカムラ梅島店が出店した。 矢口店(大田区矢口3-28-7 東急ドエルアルス多摩川1階、? 開店 - 2014年(平成26年)3月27日閉店 [ ]) 売場面積は537m 2。 プレッセ店(地下1階、2004年(平成16年)3月30日開店 - 2014年(平成26年)3月30日閉店 [ ]) 売場面積は622m 2。 店(2004年(平成16年)9月30日開店 - 2014年(平成26年)8月25日閉店) 白金台駅から約100mの場所にあるJR目黒駅東口約700mの地上8階建てのビルの1階に出店していた。 売場面積は約740m 2。 店舗跡はが、2015年(平成27年)5月29日にプラチナドン・キホーテ白金台店が売場面積約945m 2で開業した。 23区外 [ ] 河辺とうきゅう(A棟)• 武蔵境店(、1959年(昭和34年)3月27日開店 -? 閉店) 当社初の本格的なスーパーマーケットとして、桜堤団地内に開店した鉄骨造り1階建ての店舗だった。 売場面積は699m 2。 当店で展開された省力化などの近代化策は当社の経営合理化審議会で検討が重ねられて他の店舗へ展開された。 西立川店(富士見町 1丁目35番13号、(平成16年)開店 - (平成21年)閉店) 南口の15階建てのマンションの1階に出店していた。 売場面積は690m 2。 比較的新しい店舗だったが閉店。 店舗跡は 株式会社丸北が生鮮西立川として営業(中規模チェーンのスーパー) [ ]となり、現在はあっぱれ食品館西立川店 が入居。 みなみ野店(1-3-1、(平成9年)開店 - (平成14年)5月閉店 ) 西口の駅前暫定施設「トワみなみ野」に出店していた小規模店舗。 売場面積は369m 2。 「トワみなみ野」の解体後、2011年4月27日に八王子みなみ野店 が開店した。 忠生店(3-1-12 、1989年(平成元年)10月5日開店 - (平成21年)閉店 [ ]) 売場面積は1,490m 2。 店舗跡は町田忠生店 が出店(2012年11月30日閉店 )。 その後、2017年7月20日に町田店 が出店 (2019年6月5日閉店 )、2017年10月12日に町田忠生店() が出店 (2019年5月16日、町田忠生店に業態変更 )。 SSC武蔵小金井店(本町5-11-2 、1971年(昭和46年)10月29日開店 - 2012年(平成24年)5月20日閉店 [ ]) 北口の(現在の武蔵小金井駅前店)の地下1階に出店。 売場面積は1,462m 2。 店舗跡には、武蔵小金井北口店が入居。 唐木田店(1-1-7 、1993年(平成5年)4月18日開店 - 2013年(平成25年)2月25日閉店 [ ]) 前のマンション「プラザ唐木田」1階に出店していた。 売場面積は1,144m 2。 店舗跡の一部には2013年7月10日 にファミリーマート唐木田駅前店 が開店し、残りの部分には2015年(平成27年)7月23日に唐木田駅前店(売場面積は748m 2)が開店した。 河辺とうきゅう(10-7-1 、2007年(平成19年)4月20日開店 - 2019年(平成31年)4月30日閉店 ) 前のビル「」A棟に出店していた。 駅前再開発によりビル完成時に出店。 店舗跡には2019年8月9日に河辺 が出店。 河辺とうきゅうに出店していたテナントは、1階フードコートの河辺とうきゅうショップ が同年1月15日 、3階の河辺店が同年5月12日に閉店。 4階の、1階食品フロアの、、はイオンスタイル河辺に引き継がれた。 河辺とうきゅうの撤退後、地元からの強い要望で3か月での居抜き出店となったことから 、店舗設備は河辺とうきゅうの什器・備品の多くを引き継ぎ 、従業員約40名も河辺とうきゅうからイオンスタイル河辺へ転職した。 神奈川県 [ ] 横浜市 [ ]• 鶴見栄町店(栄町通 2丁目、2004年(平成16年)2月26日開店 - 2009年4月閉店) JR鶴見駅・京急鶴見駅から約1. 3kmの工場や住宅が混在する郊外に立地していた。 売場面積約980m 2の店舗であった。 店舗跡は鶴見栄町店 [ ]。 元石川店(1967年(昭和42年)5月19日開店 - 1979年(昭和54年)3月閉店 ) 開設時から鮮魚や青果の直営での販売が行われた。 鶴見店(1970年(昭和45年)12月開店 -? 閉店) 売場面積は1,579m 2。 長崎屋サンショッビングセンターへ出店していた。 上大岡店(上大岡町263 、1969年(昭和44年)10月3日開店 - 1980年(昭和55年)1月閉店 ) 前に建設された商業ビル「上大岡センター」 オサダビル の地階及び2階に出店 [ ]。 店舗跡はにとなり、後に三越サンプラザとなる。 三越移転後、建物は解体され、跡地に再開発ビル「」が建設された [ ]。 金沢文庫店(、? 開店 -? 閉店 [ ]) に公団住宅の1,2階部分に開業したB棟に出店。 現在はとなっている [ ]。 金沢シーサイド店(金沢区並木1丁目17番地 、(昭和57年)9月開店 - 2014年(平成26年)1月20日閉店 ) 1970年代に埋立地に造成されたマンションが多数ある金沢シーサイドタウンのショッピングセンター「金沢センターシーサイド」内に出店していたが、近くに進出したビアレヨコハマなどとの競合や住民の高齢化による需要縮小などで客足が減り、ショッピングセンターに同居するセンターシーサイド名店会も物販系の小売店が減少するなどして環境が悪化したため閉店することになった。 店舗は解体され、跡地に2016年4月に並木店が出店した [ ]。 金沢シーサイド店別館(金沢区、? 開店 -? 閉店) [ ] 金沢シーサイド店に隣接する商店街に出店していた小規模店でや、を扱っていた。 閉店後はの事務所を経て、現在は空き店舗 [ ]。 初代 青葉台店(1966年(昭和41年)8月20日開店 - 1967年(昭和42年)1月18日閉店 ) 青葉台駅前に建設された青葉台サービスセンター内の264m 2を賃借して出店していたが、1967年(昭和42年)1月18日に閉店した。 同年7月には東横百貨店(現・東急百貨店)との共同出資によって設立した東光ホームマートと東光フードマートが出店した• 店(中沢2丁目1番8号 、1966年(昭和41年)9月21日開店 - 2007年(平成19年)閉店) 1988年(昭和63年)2月に設備や什器を一新してミニスーパーマインズへの業態転換。 閉店後は [ ]。 売場面積は220m 2。 白根店(旭区中白根3-1-1 、住居表示実施後3丁目。 1978年(昭和53年)12月20日開店 - 2009年(平成21年)1月閉店 [ ]) 売場面積は1,354m 2。 店舗跡はTESCO白根旭台店 、白根旭台店。 西口店 - 移転し、2009年(平成21年)3月31日にモレラ東戸塚店が開店した。 プレッセ美しが丘(横浜市4丁目9-1 、1997年(平成9年)11月13日開店 - 2009年(平成21年)5月7日閉店) シェフが店内で調理する総菜売り場などこだわり商品に特化した高級スーパーとして開店した。 売場面積は1,023m 2。 店舗跡には、(株)大京により分譲マンションが建設された。 [ ]。 東急東横線綱島駅南口に直結しており 、1977年(昭和52年)9月9日に改装して新装開店した。 2004年(平成16年)10月28日に 2代目 綱島店が綱島駅から北約200mの綱島街道沿いの綱島東に開店した。 2代目 綱島店の開店後は簡便食材や日用品に品揃えを集中すると共に24時間営業することで役割分担を目指した。 閉店後の2016年(平成28年)1月12日に 綱島駅構内に東急ストアネットスーパー購入商品受取用冷蔵ロッカーを設置した。 川崎市 [ ]• 初代 溝の口店(高津区、1965年(昭和40年)11月20日開店 - 1971年(昭和46年)12月閉店 )• 2代目 溝の口店(高津区、1970年(昭和45年)10月31日開店 - 1979年(昭和54年)7月閉店 ) 長崎屋サンショッビングセンターへ出店していたが、長崎屋が食品売り場の直営化のため返還を求められたため閉店した。 1989年(平成元年)6月に 3代目 溝の口店が開店。 直結の店舗となり、24時間営業となった。 その他 [ ]• かしわ台店(寺尾北1丁目10番18号 、1975年(昭和50年)11月28日開店 - 2002年(平成14年)6月閉店 ) 売場面積は1,110m 2。 厚木店(、1971年(昭和46年)5月2日開店 - 1992年閉店 [ ]) 呉服店羽根澤屋が一番街通り商店街に建設した鉄骨鉄筋地下1階5階建てのビルの地下1階から地上5階まで5,387m 2に出店していた。 毛利台店(厚木市毛利台1丁目25番1号 、1977年(昭和52年)6月3日開店 -? 閉店) 売場面積は685m 2。 店舗跡はいちかわストア(? 辻堂店(1698、住居表示実施後は辻堂二丁目7番1号。 (昭和44年)11月開店 - (昭和47年)増築 - 1978年(昭和53年)5月29日火災で閉店 ) 売場面積は2,486m 2。 (昭和53年)に4階の日用雑貨玄関マット売場付近から火災が発生して顧客が死亡する火災事故が発生して同日閉店となった。 取り壊しの後に再築し再開店。 後に閉店し、店舗を取り壊し、湘南パールビルが建てられた [ ]。 大和店(大和東1丁目2番1号 、1971年(昭和46年)10月23日開店 - 1993年(平成5年)閉店 ) 当社のショッビングセンター第4号店として小田急江ノ島線と相鉄線が交差する大和駅前にあった地下1階から地上5階まで全館を利用して出店した店舗で売場面積4,099m 2の店舗であった。 店舗跡は 、、などが入居するテナントビルとして営業 [ ]。 つきみ野店(5丁目16番1号 、1981年(昭和56年)2月開店 - 2001年(平成13年)12月31日閉店) 前に出店していた店舗で、売場面積は923m 2。 店舗は取り壊され、跡地はマンション「リーデンススクエアつきみ野ソレイユコート」が建設された。 橋本店(橋本5丁目1番 、2003年(平成15年)5月29日 - 2014年(平成26年)1月31日閉店 [ ]) 複合商業施設「ラ・フロール」の核店舗として出店していた総合スーパー。 伊勢原店(伊勢原市桜台1丁目3番3号 、1976年(昭和51年)11月23日開店 - 2016年(平成28年)1月31日閉店 [ ]) 売場面積は、開業時点では6,250m 2で、1979年(昭和54年)11月に増床後は9,135m 2。 小田急線前に、地下1階・地上5階建て売場面積6,250m 2で開業し、1979年(昭和54年)11月に隣接地を取得して売場面積9,135m 2へ増床した。 店舗跡には、2016年(平成28年)6月29日に複合商業施設「いせはらcoma」が開業した。 埼玉県 [ ]• 狭山店(1966年(昭和41年)9月19日開店 - 1978年(昭和53年)12月閉店 ) 東急グループの不動産開発の一環として出店した。 こま川店(、1972年(昭和47年)10月31日開店 -? 閉店) 売場面積は508m 2。 こま武蔵台店(日高市武蔵台1丁目23番9号 、1978年(昭和53年)4月開店 - 2008年(平成20年)4月閉店 ) (閉店前後の人口は約2200戸、6000人)内唯一のスーパーだったが、車で5分ほどの場所にも競合店が出店するなどして不採算となったため閉店した。 売場面積は699m 2。 和光店(本町31番1号 、1983年(昭和58年)4月15日開店 -? 閉店) 売場面積は4,487m 2。 として営業 [ ]。 草加店(、? 開店 -? 閉店) [ ] 当時は、店舗2階建てで、イトーヨーカドー草加寮前に、店舗があったが、寮は、現在マンションとなっている。 草加松原店(草加3丁目9-13 、? 開店 -? 閉店) 売場面積は2,329m 2。 上尾店(大字小敷谷卞大久保880番地 (875-5)、1968年(昭和43年)2月3日開店 - 2014年(平成26年)閉店 [ ]) 売場面積は1,477m 2。 千葉県 [ ]• 土気駅前店(千葉市緑区あすみが丘1-20-4 、1989年(平成元年)4月開店 - 2011年(平成23年)8月31日閉店 [ ]) 前に1989年(平成元年)に開業したショッビングセンター「バーズモール」へ出店していた。 売場面積は1,495m 2。 土気あすみが丘店(千葉市緑区あすみが丘7丁目1番地 、2000年(平成12年)10月6日開店 - 2011年(平成23年)7月31日閉店 [ ]) あすみが丘ニュータウン中心部に2000年(平成12年)10月6日に開業した ショッビングセンター「プランニューモール」 の核店舗として出店していた総合スーパーである。 売場面積12,355m 2。 運営のボウリング場やカルチャーセンターが併設されていた。 ブランニューモール内の一部店舗(など)は営業を継続し、 1階のとうきゅう跡にはが2011年11月に開店 [ ]。 売場面積は12,355m 2。 誉田店(ほんだ、3丁目46番地1 - 2008年(平成20年)1月27日閉店 [ ]) 元「ショッピングプラザいまい」の店舗施設を借り受けて営業していたが撤退。 同年4月25日よりスーパー「新鮮市場」が入居営業。 2009年(平成21年)3月25日より、「」として営業 [ ]。 売場面積は1,173m 2。 初代 本八幡店(1970年(昭和45年)6月開店 - 1971年(昭和46年)12月閉店 ) 近くに開設された長崎屋サンショッビングセンターへの出店に伴い閉店。 2代目 本八幡店(市川市南八幡4丁目9番1号 、1970年(昭和45年)10月29日開店 - 1979年(昭和54年)7月閉店 ) 長崎屋サンショッビングセンターへ出店していたが、長崎屋が食品売り場の直営化のため返還を求められたため閉店した。 小金原店(小金原6丁目5番1号 、1969年(昭和44年)5月開店 - 2008年(平成20年)5月26日閉店) 開設と同時に開店 [ ]。 1977年(昭和52年)7月2階部分を増築。 売場面積1,697m 2。 閉店後は1階小金原店・2階松戸小金原店 [ ]。 売場面積は1,697m 2。 南柏店(1966年(昭和41年)9月開店 -? 閉店)• 北柏店(1982年(昭和54年)11月開店 -? 閉店) 売場面積は800m 2。 店(加賀3丁目22番10号 、1984年(昭和59年)4月6日開店 - 2003年(平成15年)1月閉店 [ ]。 閉店後はライフケア増尾会堂(葬祭場) [ ]。 つくしが丘店(? 開店 - 1979年(昭和54年)8月閉店 )• 我孫子店(つくし野3丁822番5号 、1977年(昭和52年)7月21日開店 -? 閉店) 売場面積は1,450m 2。 跡地には我孫子店が営業 [ ]。 布佐店(我孫子市布佐平和台1丁目2番1号 、1988年(昭和63年)4月開店 - 011年(平成23年)2月28日閉店) [ ] 売場面積は1,618m 2。 成田線前に鉄骨平屋造り売場面積1,618m 2で200台の駐車場を併設した食品主体の店舗として出店していた。 閉店後は同年5月20日より布佐南口店が営業している [ ]。 茨城県 [ ]• 水戸店(水戸市3丁目6番33号 、1971年(昭和46年)5月30日開店 - 1980年(昭和55年)9月15日閉店 ) 地下1階地上8階建ての全館を使って出店していた。 売場面積10,087m 2。 取手店(新町1丁目9番1号 、1985年(昭和60年)10月6日開店 - 2010年(平成22年)8月31日閉店 ) 常磐線西口駅前再開発事業で建設された地下1階地上8階建て延べ床面積28,412m 2のビルのほぼ全館を使用し 、売り場面積約12,000m 2に食料品から服飾・雑貨まで幅広く扱う総合的な品ぞろえをして 、開業当初は年商100億円を突破していた大型店舗であった。 1,2階に東急ストア、3階~8階に専門店・飲食店が入るビルであった。 周辺の地域に競合する大型店舗の出店が相次いで競合が激化した上、つくばエクスプレスが開業して取手駅の利用客が減少するなど集客力が低下して収益の見通しが立たないとして閉店することになった。 閉店に伴い専門店を含めて閉鎖されて一時期空きビルとなり、取手駅前の商業施設はのだけが残る形となったが、2012年12月6日に「リボンとりで」としてリニューアルした。 1階が、2階はダイソーなど、3階はドラッグストアやファッション関連店、4階は全フロアが宮脇書店である。 群馬県 [ ]• 太田店(浜町、1969年(昭和44年)11月29日開店 - 1975年(昭和50年)12月31日閉店 ) 店舗跡は太田パークレーン。 東海 [ ] 愛知県 [ ]• 宮津店(大字宮津字新海山 、1969年(昭和44年)8月21日開店 -? 閉店) 売場面積は719m 2。 東海東光ストア第1号店で、新日鉄の従業員向け団地として開発された宮津団地に出店していた。 知多店(にしの台2丁目100番6号 、1980年(昭和55年)1月19日開店 - 2002年(平成14年)3月1日閉店 ) 売場面積は3,488m 2。 東急グループ()の住宅開発の関係などで出店していた。 近隣に1997年(平成9年)5月1日に大型商業施設(知多店)が開業した 影響などで閉店。 その後建替えられて、2003年(平成15年)5月23日に知多フランテ館が開店している。 粕谷台店(かすやだい、知多市南粕谷2丁目47番192号 、1974年(昭和49年)3月15日開店 - 2002年(平成14年)閉店 ) 売場面積は1,003m 2。 東急鯱バスが従業員輸送を行うの従業員向け団地として、によって開発された粕谷台団地(南粕谷)に出店していたが、東急ストアの愛知県撤退に伴い、知多店と同時期に閉店した。 閉店後はヤマナカ粕谷台店が営業中。 店の前には東急鯱バスの乗り場がある。 上野台店(富木島町東山田7番 、1970年(昭和45年)5月開店 - 2001年(平成13年)8月31日閉店 ) 売場面積は3,252m 2。 粕谷台と同じく、新日鉄の従業員向け団地として開発された上野台にも出店していた。 九州 [ ] 福岡県 [ ]• 筑紫野(ちくしの)店(美しが丘南1丁目12番1号 、1993年(平成5年)5月18日開店 - 2007年(平成19年)3月閉店 ) 地下2階地上3階の5フロアで延べ床面積約5万m 2という大型店舗で 、地下2階に メリーゴーランドやゲームなど、ビデオシアターなどを設置した娯楽施設を併設した郊外型大型ショッピングセンターであった。 東急グループの住宅開発の関係で出店していたが、近隣に大型商業施設が相次いで開業した影響で赤字が続いたため閉店し、九州から撤退することになった。 売場面積は17,937m 2。 なお、施設自体はの不動産会社に売却し 、2007年(平成19年)10月31日に商業施設「筑紫野ベレッサ」として再オープンし 、 九州を基盤とする大手スーパーが核店舗として出店していたが、 [ ]2018年現在は、等が出店している。 ロゴマーク [ ] 1970年6月、現行の赤い「 ファミリーマーク」と店舗を制定。 デザインはの(東京都在住)。 なお、鳥越は東急グループ関連のロゴデザインを多数手がけており、東急ストア系列の「とうきゅうフローラ」、前述の「マインズ」店舗ロゴデザイン、東急ストアも加盟するの「Vマーク バリュープラス」のロゴデザインや商品パッケージデザイン、の「」のとロゴデザイン、の街「特選食堂街」、東急レストラン各店のロゴデザインなども担当している。 TOKYU POINT CARD [ ] 「」も参照 として「TOKYU POINT CARD」のサービスを提供している。 2006年4月1日開始。 現金ポイントカードの「TOKYU POINT CARD」と、機能の付随した「」がある。 なお、クレジットカード機能付きカードでも現金やPASMOでの決済が可能である。 前者は発行手数料・年会費無料で、ポイントの有効期限は加算日の2年後の12月31日までである。 後者はの発行するで、東急ストア以外の利用でもポイントがたまるシステムとなっている。 これらのカードは現在も使用可能である。 ポイントの付与率に差があるが、両者とも月間の利用額に応じてボーナスポイントが付与される。 現金専用カード、TOKYU POINT CARDは税抜200円毎に1ポイント付与される。 東急カードが発行するクレジットカード機能付きカードのうち、機能付き及び全てのゴールドカードは、税抜100円毎に1ポイント付与され、更にクレジットポイントとして税抜200円毎に1ポイント付与されるため、結果的に税抜200円毎に3ポイント付与される(ただし現金や交通系ICカードでの決済時は税抜200円毎に1ポイント)。 なお、それ以外のTOKYU CARD及びが発行する「TOKYU CARD ClubQ JMB」、が発行する「スーパーICカード TOKYU POINT PASMO 三菱UFJ-VISA」、が発行する「ANA TOKYU POINT ClubQ PASMO マスターカード」については、現金・交通系ICカード、クレジット決済問わず税抜200円毎に1ポイントの付与となる。 たまったポイントは東急グループをはじめとするTOKYU POINT加盟店で利用可能(直接利用またはお買物券に交換して使用)。 また、ポイントを(相互利用可能なを含む)にチャージすることも可能。 関連会社 [ ]• 東光食品 - 食品の製造ならびに仕入販売(2012年3月に旧「東光食糧」と旧「東光食品」が合併。 旧「東光食糧」を存続会社として、社名を「東光食品」に変更した。 東光フローラ - 生花・観葉植物等の仕入、販売、花の専門店「とうきゅうフローラ」、「FLEUR KAREN」の経営• 東光サービス - 警備、人材派遣業 過去の関連会社 [ ]• - 定鉄商事として設立されて札幌東光ストア(後の札幌東急ストア)を運営していたが 、2009年(平成21年) 10月30日には札幌東急ストアが株式会社の子会社となって東急グループから離脱した。 北海道東急ストア - 北海道下で店舗展開を行っていたが、1984年(昭和59年)6月に当社へ店舗譲渡。 北見東急ストア - 北見市内で店舗展開を行っていた。 東海東光ストア - 愛知県下で店舗展開を行っていた。 協同技術センター - 設備管理 、リサイクル事業を行っていたが、2011年にの関連会社に変更された。 脚注 [ ]• 日本食糧新聞社. 2002年9月30日• 日本食糧新聞社. 1997年12月3日• 日本食糧新聞社. 1997年12月3日• 日本食糧新聞社. 2006年11月29日• 日本食糧新聞社. 1993年5月21日• 日本食糧新聞社. 2000年10月6日• 日本食糧新聞社. 2002年10月28日• 日本食糧新聞社• 日本食糧新聞社. 2009年11月9日• 日本経済新聞社. 2009年10月7日• 日本食糧新聞社. 2014年1月15日• タイハン特報 大量販売新聞社. 2013年1月23日• パルム武蔵小山・武蔵小山駅ビル両店は存続• 、2009年6月5日、2019年12月31日閲覧。 日本食糧新聞社. 2011年6月1日• 日本食糧新聞社. 2011年3月16日• 日本食糧新聞社. 1997年4月21日• 日本食糧新聞社. 1997年11月19日• 日本食糧新聞社. 1998年2月27日• 日本食糧新聞社. 1998年3月30日• 日本食糧新聞社. 1998年3月27日• 日本食糧新聞社. 2004年9月1日• 日本食糧新聞社. 2004年10月18日• 日本食糧新聞社. 2005年3月9日• 日本食糧新聞社. 2005年4月20日• 日本食糧新聞社. 2005年11月23日• 日本食糧新聞社. 2006年6月30日• 日本食糧新聞社. 2008年4月16日• 日本食糧新聞社. 2008年6月30日• 東急ストア公式サイト• 日本食糧新聞社. 2000年4月21日• 日本食糧新聞社. 2002年4月12日• 日本食糧新聞社. 2002年4月1日• 日本食糧新聞社. 2002年4月1日• タイハン特報 大量販売新聞社. 2007年4月9日• 日本食糧新聞社. 2014年4月11日• 日本食糧新聞社. 2008年4月16日• (東急ストアニュースリリース)2017年4月13日閲覧。 『アークス 平成22年2月期 決算短信』 アークス、2010年4月13日。 東京急行電鉄. 2005年5月19日. 北海道新聞社. 2003年12月30日• 日本食糧新聞社. 2001年4月25日• 北海道新聞社. 2003年3月4日• 北海道新聞社. 2006年10月3日• 北海道新聞社. 2002年12月28日• 北海道新聞社. 2003年11月29日• 北海道新聞社. 2003年5月9日• 日本食糧新聞社. 2011年12月14日• 279-282• 山本仁 2015年11月4日. 日本食糧新聞社• 日本食糧新聞社. 1996年11月15日• 日本食糧新聞社. 2003年6月20日• 日本食糧新聞社. 2010年9月22日• 日本食糧新聞社. 2014年9月24日• 日本食糧新聞社. 2014年10月22日• 日本食糧新聞社. 2012年6月20日• タイハン特報 大量販売新聞社. 2012年7月5日• 日本食糧新聞社. 2012年6月27日• 日本食糧新聞社. 2014年4月9日• タイハン特報 大量販売新聞社. 2006年5月29日• 日本食糧新聞社. 1997年4月30日• 日本食糧新聞社. 1996年7月26日• 日本食糧新聞社. 2004年4月14日• 日本食糧新聞社. 2004年10月22日• 板倉千春 2015年6月3日. 日本食糧新聞社• 日本食糧新聞社. 2004年9月10日• 株式会社ヤスノ• 開店閉店. com 2011年4月27日. 2020年5月22日閲覧。 『食料年鑑 1990年版』 、1990年6月29日。 株 板橋組• 開店閉店. com 2012年11月29日. 2020年5月22日閲覧。 変わりゆく町田の街並み<地域情報サイト> 2017年7月22日. 2020年5月22日閲覧。 変わりゆく町田の街並み<地域情報サイト> 2019年6月7日. 2020年5月22日閲覧。 ツルハドラッグ• 変わりゆく町田の街並み<地域情報サイト> 2017年10月11日. 2020年5月22日閲覧。 ツルハドラッグ 2019年5月16日. 2020年5月22日閲覧。 日本食糧新聞社. 1993年4月14日• 池栄フーズ株式会社 公式Facebook. 2013年7月2日. 2020年5月22日閲覧。 日本食糧新聞社. 2015年7月29日• 開店閉店. com 2015年7月23日. 2020年5月22日閲覧。 イオンスタイル河辺. 2020年5月22日閲覧。 流通ニュース. 株式会社ロジスティクス・パートナー 2019年8月9日. 2020年5月22日閲覧。 開店閉店. com 2019年3月2日. 2020年5月22日閲覧。 小売・流通業界で働く人の情報サイト ダイヤモンド・チェーンストアオンライン. 2019年8月13日. 2020年5月22日閲覧。 食べログ. 2020年5月22日閲覧。 開店閉店. com 2018年12月30日. 2020年5月22日閲覧。 パシオス — Paseos website —. 2020年5月22日閲覧。 開店閉店. com 2019年5月15日. 2020年5月22日閲覧。 日本食糧新聞社. 2004年3月26日• タウンニュース 金沢区. 2013年11月14日• 日本食糧新聞社. 2009年4月8日• 日本食糧新聞社. 1999年2月5日• 日本食糧新聞社. 2004年11月19日• 日刊工業新聞社. 2016年1月15日• 日本経済新聞社. 2016年1月12日• 東洋経済新報社,社会調査研究所共同編集 『東洋経済臨時増刊 首都圏商業地図マップ』 、1995年5月24日。 HOME'S• 日本食糧新聞社. 2003年6月6日• 流通ニュース• 『川越市中心市街地活性化基本計画 平成21年6月30日認定 平成22年3月23日変更 平成23年3月31日変更 平成24年3月29日変更 平成25年3月29日変更』 川越市、2013年3月29日。 読売新聞社• 朝日新聞社. 2012年12月5日• 毎日新聞本社. 2009年7月16日• 群馬銀行五十年史編纂室 『群馬銀行五十年史』 、1983年。 タイハン特報 大量販売新聞社. 2002年4月8日• 日本食糧新聞社. 1997年5月14日• 日本食糧新聞社. 2003年5月19日• タイハン特報 大量販売新聞社. 2001年10月4日• 日本食糧新聞社. 1992年8月26日• 都道府県別・政令指定都市別・市町村別SC Report. 2013年12月• 東急ストア公式サイト• 鳥越修治オフィシャルサイト、2019年12月31日閲覧• 鳥越修治オフィシャルサイト、2019年12月31日閲覧 関連項目 [ ]• - とうきゅう金町店の元従業員 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - - 公式アカウント• 東急ストアグループ• 株式会社東光フローラ•

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はこちらです。 の確認やも可能です。 東急ストア商品券とは東急ストアが発行している商品券です。 この東急ストアとは鉄道会社の東急電鉄が展開しているスーパーマーケット、そして東急グループに属する企業のひとつです。 メインとなる東急ストアのほか、プレッセ、とうきゅう、フレル、東急ストアフードステーションなどの形で店舗展開を行っており、この東急ストア商品券もすべての店舗で利用が可能です。 ただこの商品券の最大のメリットはそれだけに留まらず広く東急グループに属する店舗や施設で使用することができる点です。 そのため東急百貨店から発行されている商品券とかなり重なる部分があり、スーパーでの日常の買い物はもちろん、百貨店でのちょっと高価な買い物や贈答品での使用も可能です。 さらに宿泊施設やレジャー施設のサービス料金の支払いにも使えるので非常に使い勝手のよい商品券といえるでしょう。 ここで紹介する商品券以外にも、や、、などがあります。 また、などのも人気です。 この記事をご覧の方には「」も参考になります。 この記事をご覧の方には もおすすめです。 当日発送・クレジット手数料0円!ていねい&充実サポートであんしん通販が魅力。 東急ストア商品券の基本事項 基本事項 摘要 商品券名 東急ストア商品券 発行会社 株式会社東急ストア 券種 500円・1,000円 有効期限 なし お釣り 出る 使えるお店 東急ストア全店 及び東急グループ全店 購入場所(例) 全国の東急ストアにあるサービスカウンター 金券ショップ ヤフオクなどのインターネット販売 東急ストア商品券は東急グループで利用することができる商品券です。 その名称のとおり東急ストアでの使用を前提に発行されているものですが、その以外の店舗・施設での買い物・支払いで利用できるのがポイントです。 東急が発行している商品券といえばもうひとつ、東急百貨店の商品券もあります。 こちらとの違いはそれほどなく、基本的にはほぼ同じ範囲で使用できると考えてもよいでしょう。 ただ百貨店に比べてスーパーマーケットの東急ストアの方が日常生活で使用する機会が多くなりやすい点に違いが見られるでしょうか。 こうした点から商品券としての評価は非常に高く、金券ショップでも販売価格・買取金額ともに高いレベルを維持しています。 とくに買取に利用する際に非常にお得になるでしょう。 ギフトとしても適しておりお中元・お歳暮シーズンの贈答品としても活用されています。 ただ、東急グループ、とくに東急ストアは東京、埼玉、神奈川、千葉といった南関東と東海エリアの静岡をメインに店舗展開を行っているのでそれ以外の地域に在住している方にとっては少々使い勝手が落ちる面もあります。 レジャー施設や宿泊施設、劇場などでも使用できるので東急ストアがないエリアではまったく使い道がない、ということはないのですが、地域によって商品券としての評価が変わってくる面があるのは事実です。 ギフトとして利用する際にはこの点を注意したうえで贈る相手が住んでいる地域やこの商品券が利用できる環境にあるかどうかなども考慮したうえで選んでいきたいところです。 東急ストア商品券が使えるお店は? 東急ストア商品券は東急ストアや東急ハンズなどで利用することができます。 東急ストア商品券の利用可能店舗 店舗種類 店舗名 東急グループ全店 東急ストア、東急百貨店、東急ハンズなど 東急ストア商品券は東急ストアはもちろん、広く東急グループの店舗で利用できるのが大きな魅力です。 もともと東急グループは東京を中心とした南関東と静岡を中心に店舗展開を行っていますが、グループ内にはそれ以外のエリアに進出している店舗もありますから、全国単位でも十分通用する商品券といってもよいでしょう。 使えるお店の数が非常に多いのが特徴で、まず知名度の高いところでは東急ストア、東急百貨店、東急ハンズが挙げられます。 東急では百貨店用の商品券も発行していますが、東急ストア商品券でも問題なく使用が可能です。 東急ハンズはとくに西日本にも店舗を多く展開しているのでメリットが大きいでしょう。 ほかには、とうきゅう、フードステーション、プレッセ、ハンズビーなどでの買い物でも使用できます。 ショッピング施設以外でも利用できるところが多く、東急ホテル、エクセル東急ホテル、東急ハーヴェストクラブなどでの利用が可能です。 ただし、利用可能な店舗でも商品のなかに一部対象外となるものもあるので気をつけましょう。 お釣りも問題なくでるので心配ありません。 額面よりも少ない金額の買い物をしたいときにも気軽に利用できます。 このあたりは小額での買い物が多い東急ストアなどスーパーマーケットでの理由に適している点でしょう。 有効期限も設定されていないのでとくに急いで使用する必要もありません。 近くに東急グループの店舗がない場合でも先述した宿泊施設・レジャー施設などを利用する際に使うと便利です。 東急ストア商品券はどこで買える? 東急ストア商品券の購入可能場所を知らず、どうやって買ったらいいか迷っている人のために、東急ストア商品券の購入可能場所をまとめたリストを用意しました。 基本事項の部分でも紹介していますが、よかったら参考にしてください。 東急ストア商品券の購入可能場所 東急ストア商品券 購入可能場所 (一例)• 東急ストア店舗内の サービスカウンター• などの 一部インターネット通販 まず一番最初に紹介するのが東急ストアの店舗内にあるサービスカウンターで注文する方法です。 ここでは熨斗も無料ですし、小箱に料金もかからないところが多いです。 また、ラッピングなどもしてもらえます。 贈答用に東急ストア商品券を購入する場合は、東急ストアの店舗内にあるサービスカウンターがおすすめです。 なお、ここでの購入方法は現金のみになるので注意してください。 金券ショップでの販売価格相場(購入) 東急ストア商品券は東急グループの店舗で利用できる商品券ですが、スーパーマーケットが多く食品や衣料品、日用品など日常生活に欠かせない商品を多く扱っていることもあって使い勝手がよく、その分金券ショップでも高く評価されています。 金券ショップとしては回転が速い商品券を歓迎しますから、その点東急ストア商品券は扱う製品としての魅力を備えているといえるでしょう。 また売る立場としては有効期限が設定されていない点も高評価の理由になっているはずです。 こうした理由から金券ショップでの販売価格も高い水準を長くキープしており、相場としては額面の98~99%くらい、ほとんど現金と同じくらいの水準となっています。 その点購入するメリットはあまり得られないのですが、日常生活でも使用する機会が多いのでまとめて購入することで日々の出費を減らすことも可能です。 また広くギフト用に使用する場合もまとめて購入すればコストの削減に役立つでしょう。 だた注意したいのは東急ストアは全国規模で店舗展開を行っているわけではなく、おもな出店エリアは東京を中心として南関東と静岡県のみ。 とくに東急グループの沿線を中心に店舗を展開しています。 ですからこのエリアに住んでいる人にとっては東急ストア商品券は非常にメリットが大きい一方、エリアから外れている人にとってはあまり使い道がありません。 この事情が金券ショップでの評価に影響を及ぼすこともあり、安く買いたい場合には店舗がないエリアの店舗で探してみるとよいでしょう。 金券ショップでの買取価格相場(売却) スーパーマーケットチェーンの東急ストアで利用が可能な東急ストア商品券は従来の紙タイプの商品券として長く人気を保っている商品です。 食品を含めた日用品の購入に利用できるほか、東急ストア以外にも広く東急グループの店舗で利用できる点も大きな魅力です。 しかもおつりも出て有効期限もない、商品券としての使い勝手の良さは最高レベルといってもよいでしょう。 こうした事情から金券ショップでの需要も多く、積極的な買取を行っています。 ギフトにも適していることもあってか買取と販売の回転が速く、扱いやすい点も金券ショップから歓迎されている理由でしょう。 買取価格も額面の97~98%程度と非常に高くなっており、ギフトでもらったときなどは買い取ってもらうことで額面とほとんど変わらない額のお金を手に入れることができます。 その分販売価格が高くなるわけですが、買取に利用する分には非常に魅力のある商品券となっているのです。 ただ実際に金券ショップに買い取りに出す場合にはいくつかの注意点があります。 まず先ほども触れたようにギフト用としても人気のため、お歳暮・お中元のシーズンには大量に金券ショップに流れ込むケースが見られること。 需要よりも供給の方が多くなれば当然買取価格は下落します。 このあたり時価にも注意して買取のタイミングを見計らった方がよいかもしれません。 もうひとつは東急ストアは南関東と静岡をメインに出店しているのでそのエリアでの買い取り価格が高くなる傾向が見られること。 逆に店舗がなく使う機会が限られるエリアでは安くなってしまう可能性もあるので利用する金券ショップのエリアにも注意しておくとよいでしょう。 関連記事「」 クレジットカード決済で金券を購入する方法を紹介.

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