自分が悪い。 恋愛をしている自分が酷く気持ち悪いものに感じる…原因と解決策を考える|一鬼夜行な趣味ブログ

自分が悪いのか、相手が悪いのか、もうわかりません。

自分が悪い

「自分が悪いと思うことは自惚れだ」という説について ・たまに見かける「自分が悪いと思うことは自惚れだ」という意見は、ある見方をすると条件付きで正しい。 その罪悪感が「できることをやらなかった」であり、実際にはそれが的外れの場合に限る。 自分が悪いというのは、自分に責任があるということになる。 勝手に責任者になりきってるだろう。 その理由がなすべきことをやらなかったと思うのは、自分がそれをやればこの状況にならなかった、ということであり、自分に力があると思い込み、生殺与奪を握っていた気分になっている。 そもそも大前提として「自分になんとかできる事態だった」という考えがなければ出てこない言葉だ。 総じて「自分には責任や権利や力がある。 ただし無能だった。 ああ自分が悪い」とする態度になる。 こう聞こえるから、実際の当事者が割と怒ったりする。 加えて当人が全く部外者だった場合には茶化してるようにしか思えない。 ・ただ、後述するアダルトチルドレンにおそらく多いが、何かトラブルがあった時に、本当に自分とは関係ないのに「『自分は関係ない』という態度を取れない」という人がいる。 うろたえたフリ、焦ったフリ、驚いているフリなど。 このような人が取る「当人なりの適応した態度」としても、これはあるだろう。 アダルトチルドレン的な思考 ・は「自分が悪い」という罪悪感を持ちやすい。 根底に親は子を愛するというイメージが有ったとする。 しかし自分の親は自分を愛してくれない。 この時点で矛盾があり、その「理由」を探す。 この考察のよくある結論として「自分が悪いから愛されない」という形になる。 そうか、じゃあ「いい子」でいよう、となる。 同じ理由でアダルトチルドレンは完璧主義的な傾向も持っていることが多い。 更に他者評価を過剰に気にする点がある。 これは「問題」だと捉える物事が多いことにもなるだろう。 当然「自分が悪い」と罪悪感を感じる場面も多くなる。 後は恋愛関係に顕著だとされているが、相手が離れていかないことを確認するために「自分を悪く語る」傾向もあるとされる。 これは試し行動と呼ばれ、愛着障害と関連付けられて語られることが多いか。 つまり、良いか悪いかを決めるつもりで物事を見やすい。 ・まぁ日本でのアダルトチルドレンの第一人者が「アダルトチルドレンじゃない人なんていません」みたいなことを言ってるので、該当しててもそれほど深刻に考えなくていいだろう。 ただ、罪悪感が思い浮かぶ思考パターンやその動機としては参考になる。 自他境界 ・は自分と他人の境界のこと。 自分の領域を他者にまで広げるタイプ(支配的、馴れ馴れしい)と、他者の領域を自分にまで広げるタイプがある。 後者は他人の考えをそのまま受け入れてしまったり、嫌だと言って断ることができないなどになる。 中でも「他人の問題や責任と自分のそれとの区別がつかない」、という特徴は、今回とハッキリ同じだろう。 利用されたり、傷つけられたりしやすく、そういった経験から他人が怖い、ともなりやすい。 ・正直、人々が「共感」や「理解」と呼んでいるものの内のいくらかはこのような自他境界の歪みだと思う。 認知の歪みで見てみると ・現実を不正確に見せ、ネガティブな思考や感情を強化し、精神病的症状を永続化させるかもしれないとされる「 a 歪みとは言っているが、個人的にはこれは本来認知バイアスに近い「即座に物事を判断するためのシステム」だと考えている。 本能的なものだとしたら「危険」などのネガティブなものに注目が行くのは自然なことだ。 敵や危険に対して油断するわけにはいかないのだから。 本能みたいなものだから誰にでも心当たり程度はある。 逆にそれが過剰だと誰でも認知が歪んだ状態になる。 」たる概念がある。 それにこの状態を当てはめてみると…… 「自分が」 ・「自分が」という言葉は個人化。 個人化は自分がコントロールできない結果が起こった際、「これは自分の責任だ」と思い込むこと。 ポイントは思い通りにならなかったら自分の責任だとする点。 つまり結果が出る前には何らかの「期待」あるいは「義務感」があった可能性がある。 まぁ単純にみんなと仲良くしなきゃならないと思ってたとか、しっかりやらなきゃならないと思ってたとか。 あるいはそうなると予測していたのに結果は違ったとか。 これらが自分には出来るはずだ、出来なくてはならない、という考えが元からなかったか。 「悪い」 ・「悪い」という言葉はスプリッティング、マイナス化思考に当たる。 スプリッティングは白黒思考、100点か0点か、ゼロイチ思考、色々な呼ばれ方をしている。 身近な考え方だろう。 2つに分けるということ。 二極化。 中間は存在しない。 この思考・価値観は完璧主義者に多い。 そして「良いか悪いか」という概念そのものが二極化しているものだ。 マイナス化思考は、マイナスな結果・状況が「当然」であり、何かプラスのものだけ偶然か何かだとして取るに足らない物とする思考。 その他にも そして十分な検証をせずに自分が悪いとするのなら「結論の飛躍」であるかもしれないし、本来大したことがないことを問題視している場合には「拡大解釈」に当たる。 悪いところにしか目が行かず、自分が悪いと思う材料しか見えないのなら「心のフィルター」。 自分が悪いと思っているその出来事に何か後味の悪さを感じていて、その理由として自分が悪いとしたのならば「感情の理由付け」だ。 いつだって自分が悪いとするのなら、自分に「レッテル貼り」をしているかもしれない。 自分はいつもこうなんだ、と考えるなら「過度の一般化」。 だから自分はこうしなきゃいけない、とまで考えが続くのならそれは「すべき思考」。 これも完璧主義者に多い b べき論、コアビリーフなどとも呼ばれるが、これらは簡単に強迫的な義務を頭の中に作る。 絶対に、いつでも、自分はこうしなくてはならないと脅し続け、自分を見張り続ける。。 少々強引ではあるが、「自分が悪い」という短いフレーズに3つ、可能性として追加で7つの認知の歪みが含まれている。 重要なのは、認知の歪みって10個しかないことだ。 全部入ったぞ。 「良い」「悪い」という言葉 根本的な話、「良い」とか「悪い」って言葉が相当に大雑把である。 言葉に振り回されちゃいないか。 言葉が指し示す範囲が広すぎる。 簡単に言えば大げさ。 「悪い」という言葉の意味自体は何らかに付随するものだ。 この場合は「自分」になってしまうが、ここからもうおかしい。 「自分」が「悪い」。 存在を全否定している。 今回で言えば「自分が悪い」という思考が毒であるのももちろんそうだが、「」が毒な部分もあるだろう。 外言(自分が口にする言葉)も内言(心の中で思う言葉)も、無意識は「聴いている」。 自分で自分の言葉を「再解釈」する時がある。 時には「言葉通り」に。 そしてその通りの「歪んだ現実」をあなたに見せるだろう c (ムカつくという言葉でしか怒り・不快を表現ができないから子供はキレやすいという指摘がある。 「自分が悪い」という言葉の分析 「自分が悪い」という言葉。 「悪い」と思うのは結構だとしても、「何が」悪いのかが実は含まれていない。 認知の歪みが過剰に働いている状態だと仮定すると、「自分が」という言葉に該当するのだという意見は許容できない。 自分の存在全否定するようなこと言ってる割には、具体性が一切含まれていない。 「何が」悪いのかが d (人には元からこの傾向がある。 なにか特徴的な一部分をその人間の人格・性格だと決めつける傾向。 これがレッテル貼り。 行き過ぎた一般化のより深刻なケースとされる)。 逆に具体性を含まないから拡大して「自分が悪い」にまで広がったのではないか。 もっと具体的に 「自分が悪い」という言葉がそもそも悪い。 極端であり、終着点のように見え、つまりそれ以上は考えない=疑われない位置で毒を垂れ流す。 認知の歪みは恐らく本能由来のものだし e (なきゃないでトラブルに棒立ちになるようなことになるだろう)、認知は知覚と混同され、なかなか気付けないものだ。 ここをなんとかするのはすぐには難しい。 今すぐ改善できるとしたら「言い方」だろう。 最悪から始めてみる。 「何もかも全部」「自分が」「悪い」から。 まず何もかも全部ってのは何も考えてない奴が使う言葉だ。 カット。 「自分が」「悪い」になった。 今度は足りないな。 「何について」自分の「何が」悪いのかが入ってない。 悪いってのも二極化っぽいね。 だがここをカットしたら文章にならないから何かに差し替えよう。 問題視しているのは事実だから「問題だった」にしようか。 はて、問題視しているのはわかったが、これだけでは感想に過ぎない。 だいぶ形になった。 テンプレとしては十分だろう。 まぁなんというか。 見比べてみれば「何もかも全部自分が悪い」ってフレーズが「空っぽ」な上に「毒性がある」のがわかるだろう。 むしろ毒しかないのが。 ここまで形にできれば本当に問題だった場合、方針を立てることは楽になる。 軽視されがちだが、「質問をしっかり形にする」こと自体が問題解決に大きく貢献する。 試みるだけでいい。 恐らくいくつかのパターンに分かれるだろう。 全部違和感なく埋めることが出来た• 何も当てはまらない箇所がある/埋めてはみたが文章がおかしい• 入れたくない 全部違和感なく埋めることが出来た場合 少なくとも「じゃあ次はこうしよう」と考えを進めることができる。 おめでとう。 問題解決に「良いか悪いか」の判定は必要ない。 「問題だと思うから対処する」で十分だ。 ただそれは、問題なのではなくて「なりたい自分」なのかもしれないけれどね。 何も当てはまらない箇所がある/埋めてはみたが文章がおかしい いくつか判断が飛び、理由もなしに自分が悪いと思っている可能性が出てくる。 また、価値観自体が押し付けられたものだったりして「とにかくこれは悪いこと」みたいな認識を持ってる人も多い。 ともかく、その入れられなかった部分や文章をおかしくしている部分には「何か」がある。 入れたくない 問題と対面することを避けるため、対面しなくて済む結論(=自分が全部悪い)を出した可能性。 ただ、だからといって今すぐそれを見直してみるというのも早計かもしれない。 それは爆発物が入った箱のようなものかもしれず、開けるにしたって準備が必要かもしれない。 あるいは解決しないことが当人にとって一番の解決である可能性もある。 目的が「現状維持」だった場合には、全部自分が悪いとして全て終わらせようとする自己犠牲を行うケースはある。 特にアダルトチルドレン f (機能不全家族で育った人。 特に自尊心が低い傾向があり、自分は居ないほうが良いのか、自分には価値がないんじゃないかと思いがちでいる。 )がそういった感じか。 事体に対しての一種の「諦め」かもしれないが、諦めることは別に悪いとは限らない。 別に後で気が変わってやっぱ解決しようと思うかもしれないし、我慢の限界が来るかもしれないし。 何も確定はしちゃいない。 「今は g (時間的な設定をつけないとまるで「一生の大きな決断」のようになりこれまた毒になり得る)」「このままの方が良い」と思うのなら、とりあえず様子見でも良いかもしれない。 本文へ戻る 歪みとは言っているが、個人的にはこれは本来認知バイアスに近い「即座に物事を判断するためのシステム」だと考えている。 本能的なものだとしたら「危険」などのネガティブなものに注目が行くのは自然なことだ。 敵や危険に対して油断するわけにはいかないのだから。 本能みたいなものだから誰にでも心当たり程度はある。 逆にそれが過剰だと誰でも認知が歪んだ状態になる。 本文へ戻る べき論、コアビリーフなどとも呼ばれるが、これらは簡単に強迫的な義務を頭の中に作る。 絶対に、いつでも、自分はこうしなくてはならないと脅し続け、自分を見張り続ける。 本文へ戻る (ムカつくという言葉でしか怒り・不快を表現ができないから子供はキレやすいという指摘がある。 ) d. 本文へ戻る (人には元からこの傾向がある。 なにか特徴的な一部分をその人間の人格・性格だと決めつける傾向。 これがレッテル貼り。 行き過ぎた一般化のより深刻なケースとされる) e. 本文へ戻る (なきゃないでトラブルに棒立ちになるようなことになるだろう) f. 本文へ戻る (機能不全家族で育った人。 特に自尊心が低い傾向があり、自分は居ないほうが良いのか、自分には価値がないんじゃないかと思いがちでいる。 ) g. 本文へ戻る (時間的な設定をつけないとまるで「一生の大きな決断」のようになりこれまた毒になり得る).

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自分の声が嫌い!なぜ録音した声は気持ち悪いのか?それを改善する方法。

自分が悪い

2016年5月26日 「私が全部悪いんです」 そんなふうに自分を責めていませんか? もしあなたが自分に刃を向けて、全身をグサグサ突き刺しているのなら、ちょっとここらでお話しましょう。 というのも、私も自分を責めまくっていたんです、「私が悪いんです何もかも」と言って。 今はどうなのかと聞かれると、どうなんですかね、ナイフを指し棒に持ち替えたって感じですかね、「お前、ここダメダメだぞ!」ピシピシって。 あるいは、まち針でプスプスって。 そうです、つまり、ナイフを突き刺して皮膚を破ったり肉をえぐったりすることはなくなったってことです。 でも、「私が悪い」と思ってるときは、自分を責めるという意識とはちょっと違っていた気がするんですよね。 「責めるも何も事実でしょ? 私が悪いんです!」って。 だから、「そんなことないよ」という言葉はあまり響かないというか……、その言葉よりも他に欲していたものがあったように思います。 例えば、無条件に受け入れてもらうこととか。 もっと具体的な行動で言うなら、抱きしめてもらうとか? これは人によると思うんですけど。 全て自分が悪いと考えてしまうようになったのはなぜか? 私がそうなった理由を考えてみても、特にこれといったエピソードが思い出されるわけでもなく、何となく「私が悪い」的思考をジワジワ蓄積してきた感はありますが、よくわかりません。 でも、誰かが「全部私が悪いんです」と言っているのを聞くと、見えてくるものがあるわけです。 あぁ、この子はいろんなことを一人で背負いこんで我慢してきたんだなとか、親や周りの人たちに批判的な言葉を浴びせられてきたんだなとか。 その言葉からは今にも「苦しい、助けて……!」という呻き声が聞こえてきそうで、そういう人の存在を知ると、「うん、わかったよ、よしよし」って抱きしめてあげたくなりますよね。 まぁそういうわけで、事情はどうであれ「私が全部悪い」と叫んでいるとき、その人は苦しみの中にいるんだなぁと思います。 ならば、苦しみから抜け出すための道を探しましょう! と話を進めていきたいのですが、そう簡単にはいかないんですね。 というのも、「私のような悪い人間は苦しみ続けなければならない」などという思考を持っていることもあるからです。 こりゃこりゃこりゃ、困りました。 でも、その感じめっちゃわかる。 「なんで私ばかりこんなつらい目に遭わなくちゃいけないんだ」と誰かに怒りを向けたくなるのだけれど、誰かのせいにしようとする自分に気づくと「こんな罰当たりな人間は苦しんで当然」と結局自分の首を絞めてしまうとか。 ヤバいですね。 ヤバいくらい苦しいにもかかわらず、こういう考えがなかなか簡単に手放せない。 なんでですかね? まぁ何にせよ、苦しみたい人はいないと思うので 、自分を全否定する思考をほぐす考えを取り入れていきませんか? という提案を今からします。 目に見えない謎の声と「僕」の対話で構成された話です。 問答の中で、お前がこれまでしてきたことの責任はどうする? と問われた「僕」はこう答えます。 へ、屁理屈! でも、確かにそうなんですよね。 自分の力でコントロールできないことはたくさんあるし、100%誰か一人の責任だと断言するのは難しいことです。 もちろん、言い逃れできない過ちや形式的に全責任を取らなければいけないことはあります。 ただ、「私が全部悪いんです」と叫んでいる貴方は多分そうじゃないと思います。 別に決定的な過ちを犯したわけではないでしょう? 「私がちゃんとしないからいけない」? 「私の存在そのものが罪」? いや、それ罪じゃないから。 75%割り引くのが忍びなければ「私が半分悪いんです」でもいいかもしれないですね。 もし「責任が四分の一だとしても他の要因が自分にあることには変わりない。 特に意味はありません。 「そんなに自分を責めないで」と言われたって何の救いにもならないんだよと思ったときは ここまでの話を聞いて、「あぁ、やっぱり私は悪いんだ」と思った人もいるかもしれません。 割合がどうであれ、私が悪いことに変わりはないって。 私がそうだったんですけど、グレーゾーンがない考え方だと、「悪い」に苦しめられやすくなります。 自分の中に「良い」「悪い」しか答えがないので、「良い」じゃなければ「悪い」だし、ちょっとでも「悪い」なら「悪い」になってしまうんです。 「どちらでもない」が存在しない白黒思考です。 【関連】 先ほど「別に決定的な過ちを犯したわけではないでしょう?」と言いましたが、もし何か決定的な過ちを犯したのだとしても、「私が全部悪い」という主張はちょいと違います。 この話は長くなりそうなので割愛しますけど、「死刑でいいです」で万事解決にはなりません。 で、私がここで言いたいのは、「そんなに自分を責めなくていいんだよ」ってことなんですけど、そう言われてやめられるなら苦しんでないわけで、じゃあどうしたらいいのかな? と考えてみて思いつくのは、具体的なエピソードを書き出してみることです。 「具体的に何が悪かったの?」 この問いに適切に答えられるようになると、痛みは変わってきます。 でも、現実と向き合うのはしんどいので、これは時間をかけてやっていけばいいと思います。 そんでもって、「私が悪いんです」と自分を責めている人の中には、「あなたは何にも悪くないよ!?」って人もいると思うんですよね。 なので、何でもかんでも白黒つけるのをやめるところから始めて、少しずつ否定をゆるめていけたらいいのかなーと思います。 『闇中問答』で、自分の責任は四分の一だけだと言った「僕」は、謎の声に「お前は何と云ふ下等な奴だ!」と言われています。 いや、「全部自分が悪い」という思いが拭えないうちは、ミュートにしちゃった方がいいですね。 手のひらで両耳を塞いで連打しながら「ああー聞こえない聞こえない」と言うとごまかせます。 自分責めモードに入りそうになったときは、楽しいことをしましょう。 楽しいことが何もないときは、寝ちまいましょう。 眠れないときは、うーん、どうしましょうね……手前味噌で恐縮ですが、このブログを読むっていうのはどうですか? ぱっくん 毎回参考にさせていただいています。 最近薬のせいか気分も落ち着いて寝たきり脱出。 パート先も新しい所をみつけ週2ですが頑張れていました。 それで昨日までテンション高めで楽しかったのに、夫に相談せずある契約をしてしまい帰宅した夫に注意され号泣してしまいました。 Mっけがあるのか自分を責めますね。 他人のミスには優しいのに。 自分に優しく。 過去と未来じゃなく今を生きる。 わかっているつもりなんですけどね。 中々難しいです。 鈍感力をつけなければ。 」 母 今自分は地獄にいます。 あることが原因で精神的に追い詰められてまだその状況はかわらず、不安や強迫観念も異常にでてきて、身体にも異変がでてきて、死にたい願望がとまりません。 ただ子どもや旦那、両親などのことが心配で死ねない…。 この辛さは言葉に出来ないし、わかる人はいないと思ってて…でも何かに、どこかに助けを求めてる自分もいて…。 フッと『助けて』と検索してみたらなみさんのたくさんのブログが目に入りました。 読んでて涙が溢れました。 毎日、無意識になみさんのブログを読んでます。 今の状況がまだまだ続くことがわかっているので、気持ちを切り替える余裕が心にないのですが、少しでもわかってくれる人が世の中にいるんだ。 と考えることができました。 半年後、一年後、私は頑張って生きているのか、耐えられずこの世にいないのかわかりませんが、なにかの時になみさんの言葉を思い出しながら日々をやり過ごしていきたいです。 長文失礼しました。

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全部自分のせい・自分が悪いと思ってしまう人の思考

自分が悪い

自分が悪いと思ってしまう、という相談を身近な人からされたんですよ。 私からするとね、「 え?なんで自分が悪いと思ってしまうの?」と不思議でした。 だって、私みたいな性格が破綻している人間はを「 悪いのは俺じゃない!」と他人のせいにしてしまう方だから。 そんな私にとっては理解できないことだったのだけど、 自分が悪いと思ってしまう人もいるんですよ。 でも、自分が悪いと思っても、何も良いことはない。 全てを自分のせいにして生きていくなんてあまりにもつらいじゃないですか。 もっと楽に生きれば良いんですよ。 自分が悪いと思ってしまう原因 相手に嫌われたくない 相手に嫌われたくない、というに気持ちは誰にでもあるよね。 私にもある。 できれば好かれていたいし、愛されたい。 でも、相手に嫌われたくない、という気持ちが強くなりすぎてしまうと、 自分が悪いと思ってしまうようになるんじゃないかな。 「 自分が悪いんだ」と思えば、相手に嫌われることはない。 相手と言い争ったりすることもないよね。 嫌われたくない、と思いながら生きてきた人たちは「 自分を悪者にすること」で、相手とのコミュニケーションを円滑にしてきたと思う。 でもさ、それはじゃあつらくないか? 自分が悪い時には謝れば良いけど、自分が悪くもないのに、 自分が悪いと思ってしまうなら、そんな自分を変えた方が良い。 めちゃくちゃ生きづらくなるから。 自分に自信がない 自分に自信がない人も自分が悪いと思ってしまう傾向があるように思う。 自分に自信がないと、自分が正しいのかわからないんですよ。 最初は「 私が正しい」と思っていても、相手に批判されたり、怒られたり、そういう経験を重ねるうちに、「 私が悪いんだ。 だいたいは私が悪いんだ」と思い込む。 そうやって、自信がない人はどんどんネガティブな自分を作り出してしまうのです。 悪い人からすれば都合の良い人間です。 悪い人からすれば居心地が良い。 でも、あなたは?あなたはどうなの? 自分が悪いと思ってしまうのたびに、なんだかモヤモヤした気持ちが出てくるんじゃないかな。 関連記事: 自分が悪い?そんなことないよ 自分が悪いの?本当にそうなの?違う、と思う時もあるでしょう? 自分が悪いと思ってしまうかもしれないけど、心のどこかでは「 なんでまた自分のせいにしているんだろう」なんて思っているんじゃないかな。 悲劇のヒロインみたいに。 自分が悪いと思いながら、誰かと接していたら、そりゃ相手からすれば気持ちが良いと思うよ。 相手が悪い人であればあるほど、「 この人といれば何でも自分のせいにしてくれるから楽だな」と感じる。 でも、人間関係ってそんなに浅くて良いの?いや、そもそもそんなの本当の友達なの? 自分が悪いと思ってしまう人は直した方が良いんですよ。 自分の考え方を。 自分が悪いと思っているかもしれないけど、自分が悪い時なんてそんなにないよ。 どちらかが悪い時だって実はそんなに多くはない。 私は、生きてきてそう思ったのです。 相手に気を遣って、「 ああ、私が悪いんだ」と思い込むたび悲しい気持ちになる。 だからさ、今日から「 自分が悪いと思ってしまう自分」を改めて欲しいな、と思う。 自分が悪い、なんて思ったら相手にとって都合の良い人間になるだけで、自分には何のメリットもないよ。 いや、最終的には相手さえもバカにしているようなものです。 人間と人間なんて常に対等なのだから、どちらかが「 悪かった」なんて意図的に思う必要はない。 本当に悪い時には謝るべきなのかもしれないけど、そんなことは多くないと思うんです。 すぐに自分が悪い、なんて思わないで欲しい。 関連記事: 自分が悪いと思ってしまうと相手も疲れるかもしれない 自分が悪い、と何でも思ってしまう人がいると、たしかに何かが起こった時だけは「 あいつは自分を責めてくれるから楽だな」と相手は思うはず。 でも、自分が悪い、と思ってしまう人ってだんだんとストレスを溜めていくものじゃないですか。 1ヶ月、2ヶ月、もしかしたら1年くらいストレスを溜めて、ある日爆発してしまう人も多いんですよね。 私の身近にいる人でもそういう人がいるんですよ。 自分が悪い、と思って我慢するのだけど、だんだんとストレスが溜まってきて、 時間が過ぎた頃に我慢できなくなって爆発するのです。 これね、相手からするとすごいストレスになるんですよ。 本人からすれば「 我慢してきた自分が偉い」という感情があるのかもしれない。 でも、相手からすると、突然のことで、ストレスに感じることなのです。 何か不満があるならその時に言えば良いのに、自分が悪い、と思い込んであとからイライラするのです。 面倒なんですよ。 その思考自体が。 だったら最初から「 自分が悪い」なんて思わない方が良い。 そう思いません? 自分が悪いと思ってしまうあなたへ。 そんなことを思う必要はないんですよ。 やめましょう。 今日限り。 関連記事:.

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