水曜どうでしょう 新作 東京。 【水曜どうでしょう2019】新作の放送局や地域は?東京・関東での放送日を調査!|動画・見逃し・再放送 動画LIFE

【水曜どうでしょう2019新作】フル動画を無料で見逃し視聴!放送局やDVDと動画配信バックナンバー一覧と出演者まとめ

水曜どうでしょう 新作 東京

Contents• 水曜どうでしょう再放送関西その他最新情報 北海道テレビ(HTB)で制作・放送されている深夜のバラエティー番組「水曜どうでしょう」は、旅をメインにした色々な企画が人気となり、口コミやインターネットで道内に限らずファンが多い番組です。 1996年に放送がスタートした「水曜どうでしょう」のレギュラー出演者だった大泉洋さんは、今では俳優として活躍していることでも有名ですよね。 2002年9月にレギュラー放送は終了となりましたが、その後は不定期での新作放送や、過去に放送された企画の再放送・DVD化が行われています。 そこでここでは、「水曜どうでしょう」の現在わかっている再放送情報を東京や関西、他地域ごとにご紹介します! なお、同番組は、「水曜どうでしょう」の放送形態や放送回によって以下に分けられ、これらを含め「水曜どうでしょう」シリーズと呼ばれています。 【どうでしょうリターンズ】 「水曜どうでしょう」の再放送版で。 【水曜どうでしょうClassic】 2004年の新作(ジャングル・リベンジ)を挟んで開始された「再々放送版」。 なお、北海道で2019年12月25日(一夜・二夜)と2020年1月8日(三夜)に放送&オンデマンド配信開始となる「水曜どうでしょう」最新作が、以下の地域で放送となります。 なお、北海道で2019年12月25日(一夜・二夜)と2020年1月8日(三夜)に放送&オンデマンド配信開始となる「水曜どうでしょう」最新作が、以下の地域で放送となります。 なお、北海道で2019年12月25日(一夜・二夜)と2020年1月8日(三夜)に放送&オンデマンド配信開始となる「水曜どうでしょう」最新作が、以下の地域で放送となります。 なお、北海道で2019年12月25日(一夜・二夜)と2020年1月8日(三夜)に放送&オンデマンド配信開始となる「水曜どうでしょう」最新作が、以下の地域で放送となります。 なお、北海道で2019年12月25日(一夜・二夜)と2020年1月8日(三夜)に放送&オンデマンド配信開始となる「水曜どうでしょう」最新作が、以下の地域で放送となります。 地域 放送日 放送局 福岡 2020年1月17日スタート 金曜24:20 九州朝日放送 大分 2020年1月15日スタート 水曜24:50 大分朝日放送 鹿児島 2020年1月15日スタート 水曜24:50 鹿児島放送 水曜どうでしょう再放送見れない場合の見逃し配信は? 北海道の大人気バラエティー番組「水曜どうでしょう」の再放送が見られない場合には、以下にご紹介する見逃し配信で視聴することができます。 いくつかご紹介しますので、ご自身の都合にあった視聴方法で楽しんでみてください。 ネットフリックス ネットフリックス(Netfllix)では現在、「水曜どうでしょう」の以下の放送話を完全見放題で配信中です。 【水曜どうでしょうclassic】 「原付ベトナム縦断1800キロ」 「対決列島~甘いもの国盗り物語~」 「ジャングル・リベンジ」 「シェフ大泉 夏野菜スペシャル」 「原付日本列島制覇」 「激闘! 西表島」 「サイコロの旅1~6」 なお、現在、ネットフリックス(Netfllix)を日本で利用する場合は、無料体験は実施していません。 ネットフリックス(Netfllix)での視聴をご希望の方は、公式サイトにアクセスし、好きなプランと支払い方法を選択してメールアドレスを入力し、パスワードを設定すれば、すぐに映画やドラマを楽しむことができます。 TSUTAYATVディスカス TSUTAYATVでは現在、「水曜どうでしょう」の以下の放送話を配信中です。 【水曜どうでしょう】 「原付日本列島制覇」 「2019新作」 【水曜どうでしょうclassic】 「ジャングルリベンジ」 「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇完結編」 「ベトナム縦断1800キロ」 「ヨーロッパ21ヵ国完全走破」 「激闘!西表島」 「大陸縦断オーストラリア完全制覇」 「韓国食い道楽の旅」 各1話 200~300円(ポイント) TSUTAYATVでは、今なら、「動画見放題プラン」に新規登録で、30日間無料でお試しができます。 この無料期間でも、入会時に毎月付与される動画ポイント(1,100pt)がもらえますので、このポイントでそのポイント分実質無料で視聴できます。 また、無料期間内に解約すれば一切料金はかかりませんので、気軽に試すことができますね。 只今キャンペーン中! HTB北海道オンデマンド HTB北海道オンデマンドでは現在、「水曜どうでしょう」の以下の放送話を配信中です。 【水曜どうでしょう】 「2019年新作330円」 「初めてのアフリカ」 「キャラバン2016」 「原付日本列島制覇」 「TOHOKU CARAVAN」 など 【水曜どうでしょうclassic】 「サイコロ5 ~キングオブ深夜バス~220」 「ベトナム縦断1800キロ」 「激闘!西表島」 など 全30エピソード 全30エピソードが、視聴期間7日間330円~220円(税込)で配信中です。 北海道オンデマンドでは、本家らしく配信話が群を抜いて多いのが特徴です。 なお、北海道オンデマンドを利用する場合は、会員登録が必要です。 水曜どうでしょう再放送まとめ この記事では、北海道の人気バラエティー番組「水曜どうでしょう」の東京や関西、他地域での現在の再放送情報や、再放送が見られない場合の視聴方法についてご紹介しました。 これまでのシリーズやエピソードの再放送は、限られた地域のみとなっていましたが、ご紹介したネットフリックスやツタヤディスカス、北海道オンデマンドで視聴することができましたね。 また、北海道で先行して放送&配信された最新作が2020年1月から各地域でも放送されるとの情報がありました。 「水曜どうでしょう」のファンの方はもちろん、見たことがない方も、ぜひこの機会にこれまでのエピソードを視聴して、最新作の放送を待ってみてはいかがでしょうか。 只今キャンペーン中! 水曜どうでしょう再放送関連記事.

次の

いよいよ今夜から!「水曜どうでしょう」最新作。北海道以外での地上波放送スケジュールも発表

水曜どうでしょう 新作 東京

国内企画について [ ] 「サイコロの旅」をはじめ、「試験に出るどうでしょう」「四国八十八ヵ所」「釣りバカ」シリーズなど様々な企画が行われた。 なお、「onちゃんカレンダー」でも海外(、)を訪れているが、企画の大半はスタジオでの撮影で行われており、海外企画としてもナンバリングされていないため、この項目で取り扱う。 『第1回水曜どうでしょうカルトクイズ世界大会』を除き、レギュラー放送時の国内企画はDVD化されている。 サイコロの旅 [ ] 明治サイコロキャラメル 考案の企画のひとつで、放送での企画名は「東京-札幌 サイコロの旅」。 『どうでしょう』を象徴する企画として扱われており、多くの番組で類似企画が放送された。 本シリーズの6回以外にも、1度だけ外国で行った「サイコロ韓国」がある(詳細はを参照)。 6つのの目それぞれに移動手段と行き先を割り当て、鈴井とが「の のサイコロを振り、出た目によって次の行き先を決定」「到着した先で再度サイコロを振って移動」を繰り返し、タイムリミットまでに札幌に戻る(北海道内に辿り着く)ことが出来るか挑戦する。 金曜日にスタートし月曜日夕方をタイムリミットとすることが多いが、「スタート地点やタイムリミットが異なる」「時間切れの場所から再挑戦する」など、回によって差異がある。 週末の3日間をロケ日程としていることについては、この当時鈴井がラジオ番組『』(、月曜日 - 木曜日)のパーソナリティーを務めていたためであり、時間切れ・失敗になっても月曜日の生放送には間に合うよう配慮していた。 サイコロの目ごとの行き先はディレクターが考え、原則として公共交通機関で移動可能な場所が書き出されている。 「札幌に戻る(および道内行き)」の目を出せばゴール(企画成功)とされ、「最後の選択」で道外の行き先の目を出すと時間切れ(失敗)となる。 また、「宿泊」などの目が出ない限りは、、などを用いた長時間移動を余儀なくされ、例として「サイコロ1」ではこの全てに搭乗して一夜を明かした。 ただし、どれだけ運が悪くても3泊4日で終わり、移動中は基本的に寝られるなどの理由から、体力面以外は楽な企画ともコメントしている。 目的は「ただ単に北海道へ帰る」のみだが、回を追うごとに2人の出すサイコロの目の傾向がクローズアップされるようになった。 ゴールから長距離で遠ざかることがあるが基本的に着実に北へ向かう選択肢を出す大泉に対し、奇跡的にゴールを決める事や宿泊の目を出すことがあっても、高確率で四国・九州の目を出してしまう鈴井は特に運の悪さを指摘され、企画内で「 ダメ人間」と罵倒されている事が多い。 サイコロを振る際は、テレビ番組『』の「何が出るかな? 何が出るかな? … 」を掛け声にして踊る(主に大泉が振る際)のが通例。 サイコロ1 [ ]• ・放送、全2夜。 『どうでしょう』レギュラー放送最初の旅企画。 当初の企画名は「の取材で東京までせっかく来たんだから何かやってから帰りましょう企画」。 立ち上げ当時の番組側にレコード会社から「東京でアン・ルイスのインタビューを収録しませんか? 」と持ちかけられ、東京までの旅費も負担するとの申し出もあった事から、この提案に乗る形で第1回放送の最初の内容が『アン・ルイスへのアーティストインタビュー』に決まった。 さらにディレクター側から「せっかくに東京まで行くんなら、何かついでに企画をやりましょう」と鈴井に持ちかけ、鈴井が提案したのがこの企画であった。 記念すべき初の企画および番組での旅だが、大泉には「インタビューの後はに一泊して企画を考える」と伝えられ、初回から他の3人に騙されることとなった。 制限時間のに鈴井は前述の「AIR-G'での仕事がある」ため、大泉は「親戚の人が来る」ため、(以下「藤村D」)は「子供の運動会がある」ため、どうしても帰札する必要があった。 なお、「サイコロ」シリーズで鈴井を除くどうでしょう班の面々にも帰札理由があったのは「1」のみである。 2000年に数量限定で発売された『水曜どうでしょうビデオ』第1巻に収録され、後の『Classic』での放送・DVD収録のものは『どうでしょうビデオ』の素材を基とした(アン・ルイスへのインタビューはレギュラー放送以外では未放送)。 午前中の再放送や『リターンズ』は第2夜の後半を「粗大ゴミで家を作ろう」第1夜前半と併せて放送、『Classic』では前述のように『どうでしょうビデオ』の映像を30分へ再編集して放送した。 新潟行きの寝台急行きたぐにでは、3連休の前日ということで新大阪駅で寝台券が3枚しか取れずに、「何らかの方法によって」大泉が自由席に座ることになった。 この件で大泉が「痔」であることを告白したことが「」に繋がる。 後日談では大泉が「ギブアップして藤村Dと同じ寝台で寝た」ことを明かしているが、「ひとつの寝台に大人2人の利用」という行為自体はJRの運送約款(旅客営業規則等)に違反している。 こうした場合、すべてのきっぷを無効にされた上で、無割引の運賃・料金及びその2倍の増運賃・増料金を課せられる。 この回は番組初のロケ企画ということもあり、藤村Dはほとんど介入しなかったが、逆にめったに出ないディレクター(以下「嬉野D」)がフェリーに酔ってしまい横たわって映る珍しいシーンがある。 加えて新幹線車内でディレクターのどちらかが鼻血を出すなど、ディレクター陣(以下「D陣」)には散々な旅であったと思われる。 サイコロの旅唯一のシーンとして、臼杵でサイコロを振った際にいい目が出なかったことで、大泉がサイコロを蹴り飛ばす行動に出た(番組内では「 大泉さん」と表現)。 その後の特急の中で鈴井に「オレたちはサイコロの目に従うしかないんだ」と叱りを受けたものの、DVDの副音声によると「鈴井自身も松山で『臼杵』を出した際に大泉に文句を言われ、同様の行動を取った」という。 なお、松山駅では同じのりばに停車する逆方向行きの別の特急列車に乗り間違えかけた。 なお、字幕スーパーで松山駅を()と誤表記 、鈴井が臼杵への経路を説明する際にフェリー乗り場のある(やわたはま)のことを「やはたはま」と誤読。 八幡浜から臼杵まで乗船したフェリーが九四フェリーとなっているが、宇和島運輸フェリーに乗船したと思われる。 サイコロの旅唯一のシーンとして、小倉では料理店での食事中にサイコロを振った。 ここで大泉が初めてサイコロを振り、その際の出目により大泉は人生初の新幹線に乗車した。 新潟から北海道に行く方法が小樽港行きフェリーで18時間かかると知らされた時、大泉は急にシャツを脱ぎ「おい帰してくれ」「スッと帰してくれ! 」と不満を顕にした。 ちなみに鈴井がシャツを脱いだ大泉を見て「あっ元気くんだ! 元気くんだ! 元気くんでーす! 」と発言するシーンがあるが、前番組の『』のコーナーの1つ「おはよう元気くん」に登場するキャラクターのこと。 サイコロ2 〜西日本完全制覇〜 [ ]• 1996年・放送、全2夜。 前回同様、歌手とのインタビュー(との対談)という名目を立て、大泉を前回と同じ六本木プリンスホテルへと向かわせたが、到着した先に待ち構えた鈴井から「サイコロの旅」であることが知らされる。 『どうでしょう』においては初めて本格的な大泉だましとなった。 『Classic』ではネタばらしした直後から本編がスタートする。 大泉は西城をイメージした衣装を着用したままロケを開始したが、冬場のロケにもかかわらず生地が薄手だったこと、上着を地肌の上へ直接着用していた(途中からはTシャツを衣装の下に着込んでいるシーンもあり、後述の「壇ノ浦レポート」では相当寒かったからかジャンパーを羽織っている)こと、この年は西日本を異常寒波が襲っていた ことなど、様々な要因が重なったために常に寒さを訴えていた。 なお、鈴井は月曜日に『GO・I・S』の公開生放送の予定が入っていたため、「(旅先から電話中継じゃ)洒落にならない」として帰札を急いだが、企画初の「時間切れ」を喫した。 新神戸に向かう新幹線ではグリーン車に乗車した。 どうでしょう班が乗車したのは当時まだとして運行されていたの2階建て車両で、2階にあるグリーン車にはテレビが備え付けられており、終始グリーン車を満喫していた。 また、大泉はこの時「グリーン車には必ず有名人が乗っているはず」と車内を探索したところ、当時監督だったが寝ているのを発見し、報告している。 はりまや号の休憩地点であったにおいて、連続した移動や2夜続けての深夜バスへの乗車によって、疲労が遂に極限状態に達した大泉・鈴井が「身体のあちこちが痛い」、「バス(の車中)でもう寝れない」、「ディレクターがうなされた」などとレポート(状況報告)を行った。 白石島及び徳島に行く際、その出目の理不尽さに鈴井からの怒りを買ってしまった。 しかし、番組の進行上それでは良くないということから、本来甘いものが苦手な鈴井を「甘いものが大好き」という設定にして、「藤村D・大泉が、移動中に購入したを鈴井に差し出し、鈴井がそれを喜んで食べて機嫌を直す」というシーンを挿入した。 その後の企画で藤村Dはこの出来事を逆手に取り、幾度となく鈴井に甘いものを差し出すようになり、鈴井も「甘い物好き」という設定の下、苦しみながら甘いものを食べるというお約束を「 生き地獄」と称するようになった。 白石島での選択は、これまで出た目に対して、自分がその行き先候補を選択肢として提示しておきながら文句を言いがちだった藤村Dが出演陣(特に大泉)に「だったらやってみろ」と怒りをぶつけられた為それに押される形でサイコロを振っている。 D陣がサイコロを振ったのはこの1回だけである。 サイコロフリップの選択肢読み上げはこれまで鈴井(またはナレーションの藤村D)が行っていたが、徳島のチャンスタイムで初めて大泉が読み上げた。 東京から新神戸に向かう新幹線の車内では鈴井がサイコロ1で得た教訓として、「深夜バスとフェリーだけは絶対にダメ」と発言しているが、皮肉にも今回の旅ではいずれも複数回乗ることになった。 サイコロ3 〜自律神経完全破壊〜 [ ]• 嬉野Dがテレビドラマ『』監督のため不在となり、代理として藤村Dと同期入社のD(「モザイクな夜」チーフD・のちの『シリーズ』チーフD)が同行。 撮影は藤村Dが行った。 「サイコロ3」はサイコロシリーズで最も長い旅となり、放送期間も一番長い。 また、導入部の への密着取材は、全編旅企画中心の編成になる以前、アーティストインタビューなどの別コーナーを織り交ぜて放送していたどうでしょう初期の番組編成に近い内容を公式な形で見ることができる貴重なものとなっている。 1997年 - 放送、全4夜。 当初は大泉による鈴井への密着取材という偽企画で、大泉をに連れて行き、『GO・I・S』放送の様子を見学させる。 『GO・I・S』にはゲストとして樋口了一が出演しており、トーク内で「翌日に自宅訪問をする」という企画を大泉抜きで進め、実際に実行(これが1つ目のドッキリ)。 の樋口の自宅、および樋口が当時所属していた の「studio TERRA」 で取材を行い、その後に「サイコロの旅」であると告げられるダブルドッキリとなっている。 前回に引き続いて月曜に『GO・I・S』の公開生放送が行われる予定が組まれていたことから、鈴井も「14時半までには絶対会場にいなければいけない」としていたが、2回連続の時間切れを喫した。 1997年 - 放送、全3夜。 前編が終了した4日後に「(サイコロの目を出して)札幌に帰れるまでちゃんとやろう」と、連続リタイヤした現状へケリをつける為に前編で最後に出たから再開。 淡路島までの行程は番組初の大泉拉致騒動であり、「道内で企画をやる」と嘘の内容でスケジュールを確保した上で自宅近くまで迎えに行き、車中で真相を明かして強制的に新千歳空港へと向かった。 その際に大泉が「いやこら拉致だよ! 」と叫んだことで、この一件が「大泉洋拉致事件」と命名されている。 この企画以降は大泉騙しのレパートリーに「拉致」が加わり、徐々にやり口がエスカレートしながら定番化する事となった。 また、道内での企画と思っていた大泉は「雪道を歩くことになってもいいように」と、父親の所持品で「 雪面の飛び魚」の異名を自称するスノーブーツを着用していた。 導入部の樋口への密着取材で東芝EMIのスタジオへ行った際、たまたまレコーディング機器のチャンネルに空きがあった為、成り行きで大泉が樋口の楽曲『Anniversary song』をレコーディング体験する事となった。 後年大泉は『』で歌手デビューを果たすが、レコーディング経験はこの企画が最初である。 鈴井が「智頭急行(ちずきゅうこう)」を「すがきゅうこう」と誤読(この際、テロップ表記も「すが」の誤表示となっている )。 また、地図上はくと号のルート表示を山陰本線経由のように記したが、実際とは異なる。 また鈴井は(こせいせん)を「こさいせん」と誤読。 今回代理参加となった杉山Dだが、「大泉へ旅の途中で『逃げちゃお』と逃亡をけしかける」「鳥取での抽選中にお土産を買いに行き、サイコロを振って行き先が決まってから合流する」「加賀号の車内で酒盛りをして、下戸の大泉を体調不良にする」などの行動を取っている。 また、『鈴井の巣』(第15回放送)においては「個室のようにカーテンで仕切られていた深夜バス(加賀号)の中で杉山Dがをし、話を聞いた鈴井が『 それは気がつかなかった』と悔しがった」ことが大泉から暴露された。 酒豪の杉山Dによって泥酔してしまった大泉は、バスの中で「ヤスケン」ことの名を呼びかけ、鈴井から「誰に言ってんだよ! 」とつっこまれるシーンがある。 また、鈴井も杉山Dによって後編の八戸から苫小牧へ向かうフェリーの船内で泥酔したことにより、散々うなされた末に「うぅ… つらぁーいっ! 」とかなりハッキリした寝言を言っていたとのちので明かされている。 後編で「」を「鳴 戸市」と誤記(これは「」でも見られ、『Classic』でも訂正されていない)。 後編で秋田新幹線が選択肢に含まれ、その目を出したが、ロケ日(3月9日)は開業前だった為、代行バスに乗車した。 原因はD陣が開業後用の時刻表をみていた為。 後編の特急うずしお車内から倉敷駅でのサイコロを振るシーンまでは藤村Dがマイクのスイッチを入れ忘れたため、藤村Dのナレーションで状況説明を行った。 これについて大泉は「プロの仕事とは思えません」と発言している。 後編での神戸からの移動では、「サイコロ」では初の移動が実現。 ヘリ移動が決まってから搭乗前にかけての大泉は「 じゃん 」「 だね」「 みたい」などと発言して嬉しさを表現。 離陸後もしばらくの間はしゃいでいたが、行程の途中から口数が少なくなり、着陸直前にエチケット袋の中に嘔吐するという「ヘリ嘔吐事件」が発生。 なお、嘔吐した際に昼食として食べたが出てきたことから、以降大泉はハヤシライスが食べられなくなったという。 後編の京都駅前で鈴井は「同じ場所でサイコロを振るのは徳島以来」と発言しているが、実際は徳島の他に新神戸でも同じ場所でサイコロを振っている。 湯村温泉での選択肢の字幕に「舞鶴(福井県)」とあるが、正しくは京都府。 後編で大泉が着用していたスノーブーツの異名が馬名の由来である「セツメンノトビウオ」が2019年にデビューしており、同年7月7日の第3レース(2歳未勝利戦)でを鞍上に迎え初勝利を果たしている。 セツメンノトビウオの馬主である三宅勝俊は、他にも「ブンブンブラウ」や「オミマイスルゾー」など本番組に由来する名前の競走馬を所有している。 この回はチャンスタイムでゴールを果たした。 サイコロ4 〜日本列島完全制覇〜 [ ]• - 放送、全4夜。 冒頭は「の続き」という大泉へのドッキリで始まり、大泉の乗った車が「カントリーサインの旅II」で最後に引き当てたではなく、逆方向にある新千歳空港へと向かっていることにいつ大泉が気付くのかを追った。 番組内ではチェックポイントとして、• 生田原町方面に近いへ向かうと、千歳方面に近いへ繋がるとの交差点。 本来直進すべきところを右折する。 北広島IC入口を通過直後の分岐点。 札幌との表示で分岐されており、生田原町へは札幌方面だが、千歳へ向かう為苫小牧方面に向かう。 新千歳空港 の4ヶ所を設定した。 大泉は出発直後のトークで「家を出た時点では212ではなく、他の企画かもしれないと疑っていた 」ことを語ったが、「まさかストレートに212でくるとはね」と、あっさり「カントリーサインの旅」への道程と信じ込んだ状態で出発。 車内ではD陣・鈴井から「とにかく喋る」ようにけしかけられる などの理由から、大泉は当時番組内で繰り広げていた嘘話に集中し、結果的に千歳ICまでの道中のチェックポイントを何事もなく通過した。 空港の目前ながらあまりに鈍感なことへ業を煮やし、鈴井は改めて現在地を地図で見せて逆方向へ進んでいることを把握させたが、「 俺わかんないんだよ高速ってどうやって行くのか」と混乱する大泉。 だが、直後に鈴井から「疲れてんじゃない? 甘いもの食べなよ」とネタバラシにサイコロキャラメルを差し出され、ようやくこのロケが「サイコロ」の収録と把握するに至った。 サイコロキャラメルを渡された直後に全容を理解した大泉は、「サイコロやな? 今日サイコロやな! 」と車内で絶叫したが、それを見た藤村Dは「 君は、なんでここまで気が付かないの!? 」と驚きを隠せない様子だった。 一方で、大泉は過酷な企画である「カントリーサインの旅」ではなかった事に安心し、騙されたながらも「212(と聞かされたこと)でひどくガッカリしてた」「 212よりはいいかな」と企画に比較的乗り気な態度を見せた。 この回の開始地は通例の東京ではなく、「どうでしょう班が中国地方で唯一行っていない」のがこの当時のみであったため、イレギュラーなパターンとしてのからとなった。 "(その他)」の掛け声は、その後の企画でも長距離の徒歩移動で度々使用されている。 なお、その大泉当人は行程ですっかり疲弊し、2本目のの車中では鈴井らから頭を叩かれながらも就寝してしまう(番組内では「 死んだ」と表現)。 でを通る際、深夜バスのと遭遇しており、「バスに乗ってる人達は博多までがんばるんですねぇ」「 何の目を出して連れて行かれるのやら」「 あれは人間の乗るものじゃない」とネタにしていた。 この移動シーンで、以降番組のテーマソングとなった「」が初披露される。 一度は仙台まで北上するも、同地での抽選において1から4の出目が全てゴールだったにも関わらず、大泉が宇都宮行きの目を出してしまう。 さらに鈴井が宇都宮での抽選で京都の出目を引き当て、一気に南下。 D陣がお情けで1の出目を「新幹線で東京(到着後に羽田から新千歳へ向かうため、実質ゴール扱い)」に、2の出目を「博多」、それ以外の出目を全て「関空発千歳行き」と設定したが、大泉が2を引き当て、博多に到着したところで時間切れとなった。 広島での選択において、「で」という目があった。 大泉のパスポートは当時「局預かり」扱いだったが、鈴井のパスポートも事務所のを通して入手。 自分のパスポートまでも預けられているとは想定していなかった鈴井は、まさかの選択肢にかなり驚いていた。 なお、海外へ向かう目はこの時以外で設定されたことはない。 広島での一泊後、ひかりにて新大阪へ行くことになるが、朝食は大泉が広島名物の駅弁「しゃもじ」なのに対し、が大好物の鈴井は同じく広島銘菓の(製の24個入りのもので、本編中では「もみじ幕の内」と表現)を渡された。 また、伊勢神宮では朝から名物のを9個、仙台ではを大量に食べさせられた。 新大阪からサンダーバードに乗車し富山へ向かうが、ロケ期間と連休がバッティングしたことが影響して指定券が3枚分しか確保出来ず、大泉のみ自由席に座ることとなるが、座席が満員だったため新大阪から富山までをデッキで過ごしている。 富山で鈴井がを「しらとり」と誤読。 仙台で藤村Dは「これが最後のサイコロになるんだから」、大泉は「3月でお役目御免」「4月から別のやつが(サイコロを)振ってる」と、番組の終了あるいは大泉の降板を匂わすような発言をしているが、画面上には「 深い意味はございません」というテロップが掲示された。 なお、実際には同年4月から23時台の放送に昇格したのみである。 サイコロ5 〜キングオブ深夜バス〜 [ ] 白くま(750ml)• 1998年 - 放送、全3夜。 今回より、企画説明と最初の選択は羽田空港国内線ターミナル(現在の国内線第1ターミナル)前に固定された。 今回から大泉に事前にサイコロ企画を行うと伝えており、今回は2人揃って『勝負服』で挑んだ。 しかし、1回目の選択で藤村Dは、新千歳行の便をはじめ、全国各地への便が数多く運航されている羽田空港にいるのにも関わらず、「初心に立ち返る」という名目で全選択肢を深夜バスで揃えた為、大泉から「君は頭が弱いよ」と罵倒されている。 企画冒頭に前回までのサイコロの旅をダイジェストで紹介するVTRでは、サイコロ3を前編のみの単体で「サイコロ3」として紹介しており、後編の内容を丸々省略している(次の6では前後編ともに触れている)• 博多駅から西鹿児島駅に移動する特急「つばめ」号では一同でソファー付きのグリーン車個室(サロンコンパートメント)に乗車した。 地図の説明では経路がからとを経由するルートを示しているが、正しくは鹿児島本線のみを走行する。 鹿児島からの「快速なのはな」車中で、藤村Dと鈴井がの早食い対決を行った。 これが後に行われる様々な甘い物対決、ひいては「対決列島」の発端となった。 なお、この勝負は食べている途中から成り行きで始まり、最後は鈴井が口に入れた氷を噴き出してしまい藤村Dの勝ちとなった。 奄美大島はサイコロの旅における到達地最南端である。 この回は、番組内で「キングオブ深夜バス」と称するはかた号に2度乗車した。 1回目のはかた号乗車中に、大泉・藤村D・嬉野Dの3名は車内で『』を鑑賞。 大泉はこの時のことを「少しウトウトしてふと目が覚めたら始まっており、しかもその時点でまだ序盤だった」「『釣りバカ日誌』がいっこうに進まない」「 起きたらまだ釣ってる」などとコメント。 また、このいくら寝ても時間が進んでいない現象を「逆浦島現象」と命名した。 これ以外にも絶妙なタイミングでの映画上映や、映画終了と同時に諏訪湖SA到着のアナウンスが入るなどの完璧なスケジューリングを指し、で大泉と藤村Dが「管理型深夜バス」である(反対は「放任型」)と認定。 「うるさい子供が何も喋れなくなるほど管理する教育力は驚異的だ」と語った。 2回目のはかた号では、大泉が怒りを露にするほど淡々と過酷な行程について説明する車内アナウンスや、撮影中のカメラが乗務員に強引にカーテンで遮られる事態も発生し、「キングオブ深夜バス」の名にふさわしい管理力の高さが浮き彫りとなった。 2回目のはかた号乗車中、鈴井は休憩ポイントので「ケツの肉が取れる夢を見た」と告白する。 この当時のはかた号は京王と西鉄が時間差で2便運行しており、サイコロ5では両社のバスに乗車した。 その後1999年に京王は運行から撤退し、西鉄の単独運行となった。 放送後も国内最長のバス路線だが、2011年から2015年5月にかけとが運行していた「」が最長距離だった時期がある。 ゴールデンスペシャル サイコロ6 [ ]• 1999年19:00 - 19:54、および24:25 - 24:55放送、全2夜(第1夜は1時間枠)。 』に収録。 放送当時は「サイコロ6 ゴールデン・スペシャル」と表記。 この企画の前に放送された「」の最終夜で高視聴率(18. この番組の歴代最高視聴率でもある)を獲得し、番組の人気が出てきた事からでの放送を敢行。 19:00からの1時間枠で前編を放送し、通常放送の時間帯で後編を放送した。 放送当日はの裏番組に『』があった為、それを意識した発言が随所に登場している。 『リターンズ』では2週、『Classic』では3週に再編集されて放送された。 なお、放送前日の夕方からは30時間にわたって放送の告知生CMを放送し、その時の詳細な様子が「」にて後日放送された。 調布飛行場に向かうタクシー内で飛行機を見た藤村Dが「これは…、セスナですかなぁ」と発言。 セスナ機はという飛行機メーカーが製造した飛行機のみのことを指し、一行が搭乗した飛行機はの製の。 伊豆大島でサイコロを振った際に(としま)の選択肢があったが、藤村Dがあてずっぽうで「とし」と振り仮名を振ったため鈴井が「としじま」と誤読した。 その後、しまなみ海道で松山へ向かう道中のトークの中で訂正が入ったが、この時にも藤村Dは「 とじま」と間違えてしまい、新たに字幕を入れ直したDVD版を除き字幕も「正しくは とじまでした」と表示した。 なお、この時一行は(こうさんじ)という寺に向かっており、大泉が『こうざんじ』と誤読した事に対して藤村Dがツッコミを入れたところ、大泉が「だったら『としじま』って書くな」と逆にツッコミ返した事で訂正に至っている為、大泉が「ずいぶん遅いぞこの訂正も」と指摘している。 福岡空港での選択の際、字幕スーパーで「1. 飛行機で博多」と表記したが、正しくは東京行き。 大阪駅から法隆寺へ行く際、に乗車。 地図の説明では外回りを表示したが、内回りが正しい。 ただし、ナレーションの経路と実際の映像・実際の経路が不明瞭。 の普及した2000年代以降ではこのような配列も珍しくはなくなったが、車内の途中から4列シートになるバスはもちろん珍しい部類に入り、狭い座席に出演陣はそれまで以上に苦しめられていた。 また、3列から4列に変わる境目だった関係で、前列が存在しない大泉の席にはアメニティのスリッパとシートバックのドリンクホルダーが備え付けられていなかった。 しまなみ海道の道中、愛媛県大三島の「多々羅温泉」に入浴したが、テロップが「多々良温泉」と表記ミス(なお、本温泉は2018年7月のによる土石流で被災し、廃湯となった)。 「ノクターン号(弘南バス担当便)」弘前行きでは、この深夜バスが東日本の女王と言われる所以でもあるに乗車した。 車内最後部にあるこの席は通常より約4000円高い価格設定がされ、左右1席ずつの大型シート・大きいシートピッチ・大きいリクライニング角・小型テレビなどが奢られており、深夜バスの中では最も快適な移動を経験した。 なお、スーパーシートは2012年12月に廃止された。 サイコロの旅最北端となる弘前まで北上しながらも、鈴井が2択を外し一気に博多まで南下。 鈴井はこの他にも四国の目を幾度となく出し他の出演陣の信頼を失ってしまう。 それでも3日目の大阪で一泊の目を出し一度は信頼を取り戻しかけたが、最終日の2択でも高知の目を出してしまい、一同は終始鈴井のサイコロの出目に翻弄されることとなった。 高知で深夜バスに乗車するにあたり、「深夜バス列伝」と称した過去の「サイコロ」における深夜バス乗車を振り返ったが、「サイコロ2」の壇ノ浦レポートで乗車した「はりまや号」を「はりやま号」と表記ミス。 粗大ゴミで家を作ろう [ ]• 1996年・13日放送、全2夜。 を拾い、それを用いての一等地・に家(部屋)を建てる企画。 粗大ごみはやで集められた。 当時「」を主宰していた鈴井が、過去に上の小道具・大道具用に粗大ゴミを拾っていた関係で発案された、鈴井自らが所望した企画という。 また、背景には札幌市の粗大ごみ回収が月1回のステーション収集で行われ、処分される粗大ゴミが街中に置かれていたことも関係している。 現在ではほとんど見ることができない「 ハイテンションな鈴井貴之」が収められているほか、中期以降は旅中心のスタイルへ転換した『どうでしょう』としては極めて異端とも言える企画である。 ちなみに、嬉野Dはドラマ撮影に参加していたために撮影・編集とも関与していない。 なお、レギュラー放送分では前編がのインタビューと抱き合わせになっているため、1. 5週程度の内容である。 宮の森でのロケの際、地主の許可を得ずに無断で撮影したために、後日HTBの社員 がたまたま土地を見学した際、不動産屋から「 そういえば、勝手にここ使いましたよね? 」と聞かれたという(DVD副音声より)。 また、集めてきたゴミはスタッフがの駒岡清掃工場までトラックで運搬し、HTB側が費用を負担して処分した。 DVDには、後日談として7年後の2003年の宮の森の映像が収録されている。 拾ったテレビの電源を入れたところ、が接続されていないために最初はが映されたが、アンテナの差込口に手を触れると僅かに電波をキャッチ。 しかし、映ったのは競合局の UHB で放送されていた『』だった。 チャンネルボタンが壊れていたこともあって、『ポンキッキーズ』およびUHBだけが画面上に現れることとなった。 闘痔の旅 [ ]• 1996年・11日放送、全2夜。 放送当時の企画名は「激走! 24時間 大泉洋くん闘痔の旅」。 収録日の1996年・は、の開山期間を過ぎており入浴出来ず) 宮崎リゾート満喫の旅 [ ]• 1997年・放送、全2夜。 から誘われ、すべての施設やイベントを体験してシーガイアの魅力を引き出すという趣旨の、いわゆる企画。 放送時は「 宮崎シーガイア」という企画名で放送された。 現在は当時と経営母体が変わったため『Classic』では放送されないが(「2周年記念総集編」における一場面は除く。 『リターンズ』では放送された)、「記録」として残すため、DVDには現在のタイトルで再編集・収録されており、本放送において用いられたシーガイア側が準備した全景の空撮映像や、各種施設の広報用映像はすべてカットされており、どうでしょう班が撮影した映像のみで構成されている。 企画内容に伴って今回はD陣主導のロケとなり、鈴井・大泉が同時に企画内容を知らされることとなった。 導入部では、藤村Dより出演陣2人が収録時点で訪れた都道府県が赤く塗りつぶされた地図を見せられ、「九州の中で宮崎だけまだ行ってない」という事実を知らせられるが、この時大泉は「(行っていない県は)行かなくして行ってない」「(宮崎以外)全部行ってることの方が怖い」とコメントし、シーガイア行きであることを知らされた鈴井も、何か裏があると思い「別に行きたくない」とコメントしている。 後年の企画ではにお気に入りの宿を見つけるなど、宮崎に対しては総じて好意的な印象を持っているどうでしょう班であるが、初の宮崎行きとなるこの企画当初は、既述の通り半ば消極的な姿勢であった。 嬉野Dが「意外と狭い」と言った為か、部屋の紹介は無理にテンションを上げていた。 また、宣伝の為に短期間でいろいろな施設の説明しなければならず、ギチギチなタイムスケジュールにより、疲れが取れるどころか疲労が溜まり、最終日は疲れきっていた。 ただし、第1夜前枠などでは、過酷な企画続きの出演陣を案ずる投書があった事も明かされている。 また、前後枠は鈴井のスケジュールの都合でHTB近郊での収録ができなかった為、鈴井の仕事先の UHB の駐車場に駐めた車の中で収録しており、大泉は同時期に大学の教育実習があった為、実習終わりで合流しスーツ姿で収録に臨んでいた。 スケジュール 1日目• カクテルマジック (トップバー「ステラ」)• ディナー ()• 就寝 2日目• 海岸散歩 (一ツ葉海岸)• オーシャンドーム (オーシャンドーム)• 各種アトラクション体験 (オーシャンドーム)• ボディーボード体験 (オーシャンドーム)• 各種施設見学 (コーナースイート・キングスオーシャンスイート)• 各種施設見学 (会議室、数十人が参加できる規模)• 藤村D、鈴井、大泉の3人による「擬似企画会議」が開催され、大泉が「今後の番組に必要なものは『セクシー』」と発言。 ディナー• ナイトショー オーシャンドームイリュージョン• 本日の反省 3日目• プログラム カントリーサインの旅 [ ] 鈴井が考案した初期を代表する企画のひとつ。 道内を全て回るという膨大さを反省し、後に地方限定で行なった「十勝二十番勝負」が生まれた。 北海道212市町村カントリーサインの旅 [ ]• 1997年 - 放送、全4夜。 前作「サイコロ韓国」から中5日でのロケ。 しかし、途中でギブアップして後部座席で仮眠。 途中で立ち寄った新得そばも食べず。 で1泊(ここで大泉が「トラ退治」を行う)、でボート遊び、でイチゴ食べ放題、で大沼だんごを満喫。 一方で、大泉も豊頃町と鹿部町での選択でこの移動を超えるカードを引き当てている。 名寄市へ向かう途中、幌加内町の中心街を通る際に「」と書かれた標識を見ながら大泉が「皆さん先ほどお出迎えに来てくれたから帰って寝ちゃっ…たかなぁ」と言っているが、幌加内駅を通っていたはに廃止されている(本放送当時は駅舎がバス待合室として使われていたが、その後火災により焼失)。 普段移動で使われる車両はだが、この企画だけはが使われた。 北海道212市町村カントリーサインの旅II [ ]• 1997年 - 1998年放送、全3夜。 猿払村(事前に告知していた為、猿払村にはファンが待機していた)に着くまでの間、車を運転している大泉をの怪談テープをバックに鈴井が色々な仕掛けで驚かし、大泉の怒りを買う。 下川から上ノ国に向かう時も同じ。 サイコロ4の冒頭に引き継がれる。 丸瀬布町から興部町に向かう途中で畔の宿「能取湖荘 」に一泊し、到着が翌日11時という遅い時間帯になる。 この時「車の音をバックに布団に入る大泉・鈴井」が映像に映った上、興部への到着後には大泉や藤村Dらが「が綺麗だった」「が綺麗だった」「料理の美味しい宿だった」といった感想を残したが、鈴井のみ「泊まってない」と言い張っていた。 また、生田原のカードを引いた際に「通ったぞ、ここ」とも発言をしてもいた。 下川町での抽選時、本企画と同様に212市町村を巡る旅をしていた『どうでしょう』ファンへ遭遇。 「次の行き先を予め引いておいた」として身代わりの形で半ば強引に上ノ国町のカードを渡し、ファンが代理で引いた場所(13枚目)へ行くこととしたが、上ノ国町の近隣の大成町を引き当てたために双方へ行く羽目になった。 なお、鈴井はこの企画の最後に「雪が解けたらまたいつか会いましょう」と発言しているが、「2周年記念! 秘蔵VTR一挙公開!! 」では「このままのペースで行くと あと30回ロケをしなければならない」という理由から 完結宣言を出し、「今後もやらない」と公言している。 ただし、同じHTBで放送している『』(大泉が出演、鈴井が企画構成を担当)にて、の二人が北海道の全市町村を回り、番組を宣伝するという趣旨の「番組宣伝活動・北海道完全制覇の旅!! 」が2005年3月から開始。 2014年11月に完結した(ただし回る市町村数は合併により『どうでしょう』時代の212から208、更に179に減っている)。 第1回水曜どうでしょうカルトクイズ世界大会 [ ] この項目ではを扱っています。 閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。 1998年・25日放送、全2夜。 番組内で募集しHTBに集まった一般人の『どうでしょう』ファン約600人が、『どうでしょう』のマニアックな問題を解いていく企画。 タイトルには「第1回」と銘打たれているが、この1回が開催されたのみで終わっている。 その後、「」の初日のフェリー内においても筆記クイズのみ復刻企画に近い形で行われ(未放送)、このときも本企画と同様の人物が優勝した。 本企画のみレギュラー放送時代の作品としては唯一DVD化されておらず 初期企画等を除く 、その理由についてD陣からの正式なコメントもないが の問題と思われる 、『Classic』では全国放送が行われており、2015年5月8日よりHTBの「北海道ONデマンド 水曜どうでしょう」にて本企画の有料配信が開始されたため、こちらでの視聴は可能である(『Classic』と同内容)。 問題は「カルトクイズ」の名に相応しくどれも高レベルで、出演者として自ら立ち会っていたはずの大泉・鈴井でも分からないほどの難問が出題された。 そして、2次試験の成績上位者3人に、大泉を加えた4人で、早押しクイズによる決勝戦を実施した。 名札は筆記クイズ上位3名は手書き、大泉は印刷。 『』をイメージさせるセットと衣装 着物 が用いられ、正解した回答者の前には、得点の指標となる明治サイコロキャラメルの箱(白が1点、赤が5点)が置かれた。 決勝では通常の問題に加えてVTR問題も加わって一層難易度が高くなった。 その結果、大泉と優勝者のほぼの状態となり 、大泉とトップを争っていた参加者の早押しボタンが突然効かなくなったり 、早押しボタンを司会の鈴井によって遠ざけられる など様々な妨害もあった。 最後の100点問題で大泉が問題を読み上げる前にボタンを押してしまい不正解、順当に回答を重ねていた一般人参加者が優勝し、「水曜どうでしょうマニア世界一」に認定された。 前年からHTBのキャラクターとして使用されている()が、この企画で番組初出演を果たす。 2000年に発売されたパソコン用CD-ROM「水曜どうでしょう大辞典vol. 1スーパーカルト」において、本企画をイメージした早押しカルトクイズが収録されている。 ここでは本編と異なり司会が安田、回答者が鈴井・大泉・参加者(プレイヤー 男女別に選択可能)となっており、当時の決勝戦参加者をイメージしたグラフィックになっている。 問題はすべて3択クイズで、回答の速さや正解率に応じてゲーム終了時の称号が決まる。 東京2泊3日70km [ ]• 1998年 - 25日放送、全4夜。 テレビ放送時は「 東京ウォーカー」という企画名で放送されたが、これはにおいて発売されている 雑誌『』(、現:・BC)を大泉が愛読している、ということからこの企画が生み出されたという伏線と、企画内容がそのままタイトルにされた。 全行程を徒歩で移動すると知らずに長距離を設定し、寝不足の上に雨中をで歩いた大泉は、2日目に宿泊したホテルで「番組を降りる」と発言。 後述の「バス移動」宣言に繋がっている。 初日はの取材班、2日目は「」()の取材班が同行取材。 ただし、前者は「最後まで付いて行く」と発言しながら3kmでリタイア・離脱し、後者も六本木に到達した所で同行取材を終了した。 主な目的地 場所 備考 - スタート地点。 空港の敷地を徒歩で脱出できず、空港窓口 で薦められたルートの「(当時の)国際ターミナル付近まで行くの無料送迎バス」を用いた。 なお、実際には撮影当時でも羽田空港から徒歩で出ることは可能だったが、どうでしょう班がルート選択を誤ったことからこの結果に至った。 - (旧・巨人軍多摩川グラウンド) 近くを通ったことから「の練習風景を取材する」という触れ込みで訪れ 、擬似インタビュー形式で大泉がの物真似を披露する。 1 の高級住宅街と - 高輪プリンスホテル(現:)で1泊 当初泊まる予定だったが満室だったため、予定を変更。 2 徒歩で()を経由 してへ到着。 3 「レインボーブリッジを渡るのと価格が大差ない」ということで水上バスに乗船し、(浜松町)に移動。 経由したは大泉1人が登ることになったほか、・(旧六本木センター側)の近くを通るも「 体力がない」とし、道路を横断して近くへ行くのを断念した。 4 とを経由。 「サイコロ4」で誕生した大泉の「登山家」が再登場。 - とを経由。 国技館前で「土俵入り」を行い、満足した後を渡って浅草へ向かった(放送時は「を戻る」と字幕が出たが、DVDでは修正)。 5 ()で1泊 翌日到着予定の大泉学園行きに大泉が当初強気な態度を示し、「行けなかったら番組を降りる」「6時起床、6時35分出発」と宣言したものの、徐々に態度を軟化させ「(行く方法は) 乗り物乗り物、バスで行く」と発言。 6 南口 宿泊地の浅草からかなりの距離があったものの、放送では 謎の編集が施され、前日のホテルから大泉学園到着までの行程は「翌日」というテロップだけで省略された。 DVDではホテルを出発後、のバス停(東口方面)から乗車したことが示されたが、以降は行程が示されていない。 数字は大泉が目的地を巡るための順番であり、それ以外の場所は経由地として「(-)」とした。 DVD版ではカットされているが、藤村Dは副音声でその理由を「窓口の人がバスの乗車を促したように見えるから」としている。 番組中でも「『読売巨人軍』と書かれたポストしか立っていない」などから、同地が練習場か信憑性が疑われたものの、この当時既に練習拠点は置かれていなかった(にへ移転したため、この年の3月末まではサブ練習場としての利用が主)。 レインボーブリッジは徒歩による通行も有料だった(2000年3月まで)。 このためどうでしょう陣も1人あたり300円の通行料を支払うことになり、これが後述の水上バスに乗船する遠因となった。 現在の大泉学園駅は再開発が行われた為、映像の光景はない。 桜前線捕獲大作戦 [ ]• 1998年・27日放送、全2夜。 放送当時のサブタイトルは『桜前線を捕獲する! 名前のとおり、「の最前線」を見に行くという企画で、どんどん北上していく桜前線を追うため、仙台・岩手県内各地・秋田乳頭温泉へと向かう。 だが、「桜前線の捕獲」は建前で、最終的には温泉に入り名産を食べるのがメインとなった。 道中では「爆弾処理班」として、鈴井が苦手な甘いものを沢山食べさせられることになった。 西公園(散り始め) ここで桜前線が岩手県に入っていることが分かり、へ新幹線で移動する。 の車内で仙台の食料班より支給があり、大泉・鈴井に弁当の箱が渡された。 しかし、鈴井の弁当箱のみ中身が「ずんだ餅」にすり替えられていた。 また、平泉へ移動する車中で「ゴマ擂り団子」が出されたが、結局は食べなかった。 嬉野Dは38杯、鈴井は50杯、藤村Dは79杯。 大泉は105杯を食べ手形をもらうが、食べ過ぎによって「吐きそう」とコメントを残す。 午前10時27分 - 乳頭温泉から10キロ地点(蕾なし)• 午前10時40分 - 乳頭温泉から11キロ地点(開花寸前)• 『リターンズ』ではこの企画の第2夜後半で「十勝二十番勝負」に繋がる「大泉洋拉致事件」が放送されるが、「拉致」と謳っている為か、「桜前線捕獲大作戦」自体が放送されなかったり、この企画のみ枠拡大で編集放送される場合がある。 『Classic』では「十勝二十番勝負」と合わせて未放送。 にて、番組内の企画が一部説明されている。 桜前線地図で、北海道広尾が広島と誤記されている。 十勝二十番勝負 [ ]• 1998年 - 17日放送、全3夜。 北海道(2010年4月1日より十勝総合振興局に改組)の20市町村のカントリーサインが印刷されたカードを引き、その市町村に移動し最初に出会った人にその市町村の名物を聞き、実際にその場所へ行くという企画。 基本的に「この町のお薦めは何ですか? 」という形式での質問しか出来ず、(例えば「お薦めの食事」といったような)主目的に誘導するような聞き方は出来ない。 しかし第2夜では鈴井が「十勝川温泉はどこですか」と聞くルール違反を犯しており、結局1泊したものの翌日大泉に「(池田町の名物である)ワイン城(の場所)聞くなよ! 」と咎められている。 基本的なルールは「カントリーサインの旅」シリーズと変わらないため 、いわゆるマイナーチェンジ版と言える。 また、鈴井・大泉共に「この企画は今後やらない」「ほかの市町村でもやらない」と公言している(『2周年記念! 秘蔵VTR一挙公開!! 』より)。 この企画において車両は「 車内で泊まれるように」ということで、オートフリートップ(天井のテント)装備のを使用。 実際に日勝峠にて大泉が使用して仮眠している。 また、池田町のワイン城の後、車内でワインを飲んでいるシーンでもオートフリートップが上げられている。 大泉洋拉致事件 「桜前線」の最後に放送。 大泉・安田がパーソナリティを務めていたラジオ番組『』()の生放送中に大泉と安田を連れ去った後、へと向かい、夜が明けるまで峠で仮眠を取った。 大泉と安田を連れ去った直後の番組は、事情説明を兼ねて鈴井が進行し締めている。 『リターンズ』では放送を見合わせた局や、一部再編集を施した放送局があった。 『Classic』では「桜前線捕獲大作戦」と共に放送されていない。 安田顕 onちゃん 大泉と共に安田も連れてきたが、日勝峠からは安田ではなくHTBのマスコットキャラクター・onちゃんが親善大使として出演する。 ここで初めて「安田が中に入ったちゃん」が登場。 この時の愛くるしい動きや見た目から人気者となり、その後たびたび『どうでしょう』に登場することとなり、準レギュラー的な位置になった。 onちゃんに対し大泉が罵倒しながら暴力的になるというパターンが生まれ、鈴井も蹴りを入れるシーンがあるなどonちゃんイジメがひどいことにも言及しており、第3夜の前後枠にてonちゃんファンに対し謝る大泉の姿があった。 番組内に登場した十勝支庁の地図が書かれたフリップで、本別町と池田町の位置が逆になっていたため、マジックで訂正されている。 ちなみに浦幌町はこの当時、カントリーサインがなかった(経由)。 また、はカントリーサインの旅で、すでに1997年に到達している(実質11市町村制覇の形となる)。 また、これ以降カントリーサインを使ったロケは行なわれていない。 現在の十勝支庁はにがに編入合併されたため、市町村の数は20から19に減っている。 釣りバカ対決シリーズ [ ] 鈴井が考えた企画のひとつ。 名前の通り「釣りをするだけ」の企画である。 第1回目では北海道・門別沖での沖釣り、第2・3回は氷上での釣り、そして第4回目は屋久島を舞台に24時間耐久の「魚取り」として対決が実施された。 発展企画として、2005年放送の「」がある。 このシリーズ(特にわかさぎ釣り)は基本的に予算がかからないため「海外企画などの予算調整のため」行われる、と言われている。 実際放送された4回とも、(一部は総集編をはさみ)企画の後に海外企画が放送されている。 門別沖釣りバカ対決 [ ] HTB本社(当時)屋上のonちゃんオブジェ• 1998年放送、全1夜。 参加者 大泉、鈴井、 安田さんonちゃん 優勝 安田さんonちゃん 優勝特典 HTB本社屋上のonちゃんオブジェの横でライトアップ 点数 釣った魚の値段の合計。 判定は「日本漁業連盟公式審査員」の北さん(HTBのカメラマン)。 沖の船上で行われたため、大泉・藤村Dが撮影中にも関わらず漁船上のトイレで嘔吐するという失態を見せた(藤村Dに至っては2回)。 大泉は完全徹夜状態でのロケだったことも影響したとも思われるが、藤村Dによる車内での事前説明に含まれていた「『寝不足が一番危険だ』と言われた」という注意がと化す形になった。 また、安田はonちゃんのスーツアクターとして登場するが、着ぐるみを未着用の際(釣りの最中)にはモザイク処理が施され、その上からonちゃんのイラストが被せられている。 上述のように大泉・藤村Dが船酔いでダウンしてしまった一方、船長からアドバイスを受けながら最後まで釣りをしていた鈴井・安田はかなりの成果を上げていた。 釣り経験に乏しい鈴井は、より多く釣ってもらおうと次々とポイントに移動する船長との温度差に付いて行けず、「拷問だよ」とボヤいてしまった。 釣りバカ対決 氷上わかさぎ釣り対決 [ ]• 1999年放送、全1夜。 DVD第14弾『クイズ! このロケにはプロデューサー、釣り会場となったの役場職員、に扮した釣堀場の管理人などの沢山の人間が参加している。 現地に移動中の様子が映し出されているが、カメラが回っていることに気づいたonちゃん(安田)は、両手で顔を覆い「オレはなんだ、マスクマンか」と述べている。 前述の職員から差し入れられた地酒「大法螺」「夢紫苑」を飲んだ安田が泥酔し、大泉のわかさぎが入った容器に激突。 容器からこぼれたわかさぎ数匹を安田が釣り穴の中へ強制的にリリースしたことにより、大泉は敗北した。 この回から鈴井を発端とし、「わかさぎをダブルで釣ると行進ができる」というルールが策定される。 第3弾・第4弾にも受け継がれた。 等身大パネルがさっぽろ地下街ポールタウンのHTBコーナーに展示されたが、番組の最後に大泉によって落書きされているのが放送された。 本放送では放送されなかったが、釣りの終了後に「」の派生企画である「大泉のわかさぎ懐石」が行われている。 食前酒として「(わかさぎ入りの)日本酒」が振る舞われたほか、舟型の盛込みに生きたわかさぎが乗っただけの「わかさぎのお造り」、わかさぎと海老・玉ねぎ・ピーマン・人参を炒めた「海老とわかさぎの炒めもの 桜添え」、オーソドックスな「わかさぎの天ぷら」を提供。 料理のクオリティの低さや調理時間の長さもあって、藤村Dらから文句の声が上がった。 また、わかさぎのお造り(生き造り)のシーンでは、わかさぎを生食を行わないようにテロップで注意を促している。 釣りバカ対決! わかさぎ釣り2 [ ]• ・28日放送、全2夜。 わかさぎ釣り2』に収録。 参加者 大泉・ チームナックス音尾さん noちゃん組、鈴井・ 安田さん onちゃん組 優勝 大泉・ チームナックス音尾さん noちゃん組 優勝特典 ポールタウンのHTBコーナーの床に巨大写真が貼られる 点数• 大泉・鈴井・onちゃんに加え、onちゃんのライバルキャラクターである「noちゃん」が参加した。 なお、対決中は安田同様『簡易noちゃんマスク』を付けていたが、そのマスクは顔出し出来る安田の『簡易onちゃんマスク』と違い、目と口の部分だけが露出した覆面型のものだった為、本企画で音尾の素顔は正体判明前に森崎や佐藤の顔写真と一緒に出た写真以外は一切映っていない。 今回から「わかさぎをトリプルで釣ると1曲歌える」というルールが策定。 音尾が達成し、「」を熱唱した。 前回と同じく新篠津村で開催したため、村役場の職員から地酒の差し入れが行われた(「大法螺」「氣まぐれ」)。 上記のルールにある通り、酒を飲み干すと5点が追加されることから、終盤には釣りそっちのけで「酒の飲み合い」に終始することとなる。 勝負は大接戦だったが、大泉が終了間際に釣り上げたわかさぎを「 揚げてる時間が惜しい」と生で食べ、土壇場で逆転に成功した。 釣りバカグランドチャンピオン大会 屋久島24時間耐久魚取り対決 [ ]• - 放送、全4夜(最終夜の後半は「重大発表」)。 』に収録(最終夜後半の「重大発表」は第1弾『原付ベトナム縦断1800キロ』及び第27弾の特典映像に収録)。 『どうでしょう』としては結果的にレギュラー放送最後の国内企画となった。 藤村Dが後に語ったところでは、元々の企画意図は「番組終了にあたり過去の出演者を引き連れて南の島に行こうという『半分慰安旅行みたいな企画』だった」という。 なお、企画名は「釣りバカ」と題されているが、釣りに関連しない魚介類も全てポイントの加算対象であり、捕獲方法も自由となる(釣り竿以外に、手掴みや網の使用も可)。 音尾はラジオ出演がブッキングされていたため、ROUND1の途中から参加。 1人で現地へ移動する音尾のため、嬉野Dから「からの切符の買い方」や「飛行機の座席などの細かい説明」を記した手紙が渡されたという。 そのため、大泉以上に企画の全容を把握していなかった。 なお、新千歳空港までの車内で藤村Dの母親が(出身地である)屋久島に滞在中であることや、今回のロケ中で食事等の手配も担当していることを明かした。 参加者 大泉・ 音尾さん noちゃん組、鈴井・ 安田さん onちゃん組 優勝 鈴井・ 安田さんonちゃん組 優勝特典 ポールタウンのHTBコーナーに釣り神様として奉られる ROUND• 栗生の潮溜まりで魚取り(魚以外の水中生物なども点数に加算される)• 網を使った川エビ取り• 橋上からの河口魚狙い釣り• カヌーで沖へ漕ぎ出し手釣り 絵ハガキの旅 [ ] 「北海道212市町村カントリーサインの旅」と「サイコロの旅」を合わせたような企画で、「旅番組に欠かせない綺麗な風景(絵葉書の写真)を探し、同じ風景を撮影する」というものである。 なお、偶然ではあるがこの企画は・の開催年(4年に1度のペース)に行われていた。 このことから公式HPの「D陣のウラ話」では2006年に行うと掲載されたが、実際には行われていない。 日本全国絵ハガキの旅 [ ]• 1998年 - 1999年放送、全3夜。 ・上発知のしだれ• ・(第1番札所)• ・長町の武家屋敷• の町並み 備考• 第1夜冒頭に映る画面奥のホワイトボード上に「アフリカ」という文字があり、アフリカに関する何らかの企画を検討した形跡がある。 実際にはアフリカ行きは長期間行われず、当企画から15年後の2013年に「初めてのアフリカ」でロケが実現した。 1回目の抽選で浜松町から東京へ向かう際に「」と表示されているが実際にはに乗車している。 2回目の抽選において鈴井が霊山寺を抽選したことが「四国八十八ヵ所巡拝」のきっかけとなる。 霊山寺に行った際にノリで2人分の巡礼服を一式買ったが、4回目抽選でふたたび四国へ向かうことになった一行は、これまでの四国との因縁めいた関係や、オーストラリア縦断の旅の企画説明でオーストラリアと四国を比較した際にその小ささを小バカにした事などの過去のエピソードから「四国が我々を呼んでいる」と思うはめになる。 更にロケ日である日曜日に飛行機で金沢から四国に上陸する事が不可能 で、四国到着までの移動が過酷となる事が判明。 2度も四国を引き当てた鈴井は「 会話の中の 四国 というフレーズ が地獄と聞こえる」と語り「このままでは今後何をやっても四国に呼び寄せられる 」として、急遽巡礼を開始。 2番札所・から八十八箇所巡りを始め、4番札所・まで巡ったところで(番組内では約3時間で全て巡ったことにして)、大日寺から距離が近い88番札所・を巡った後にに向かった。 ちなみに四国上陸時にの字幕スーパーで「瀬戸中央道 」とあるが、はまでであり、高松西ICはとなるため誤りである。 日本全国絵ハガキの旅2 [ ]• 2002年 - 29日放送、全3夜。 ・十二橋を行く娘船頭さん• ・刈干切り• 宮崎県・ 備考• 前回は透明なボックスの中に絵はがきを入れてそこから1枚を選ぶ方式を取っていたが、今回は「カントリーサインの旅」と同様、絵はがきをトランプを切る要領でシャッフルした束の状態から1枚引く方法で選択した。 番組冒頭で行った絵ハガキのチェック中、その中の1枚に札幌時計台が入っていることが判明。 直後に行った最初の選択では「(引いても)すぐそこにあるからササっと1本終わり」と軽い気持ちでいたものの、結果は先述の通り茨城まで移動する事となる。 この為、道外に出た後の2回目の抽選前には「これを引いたらその地点で旅を終了させる」ことを宣言したが、直後に鈴井が 本人曰く「 他の絵ハガキより 手触りがつるつるしていた」 時計台の絵ハガキを引き当ててしまう。 「時計台は引いたらダメだ」と散々釘を刺されたにもかかわらず引き当ててしまったため、選択肢に入れた当人であるはずの藤村Dは「頭の中が真っ白になった」「6年目にして初めて次の展開がわからなくなってしまった」とするほど困惑し、大泉からも「 引く人がいるんだから」と見通しの甘さへの指摘を受けてしまう。 あくまでロケ中という大泉の主張も虚しく、藤村Dは2人に帰宅を指示してHTB前で解散。 鈴井・大泉の両名は自宅へ一時帰宅し、D陣もHTBへ帰社した。 翌朝5時半に再びHTB前で集合したが、異常に早い帰宅をした大泉は月曜日に戻ると思っていた父親に驚かれ、その理由を説明したところ「 」「 すべてがわからん」と呆れられたことを報告する。 上記のハプニングゆえに企画そのものが危機に晒された一方、札幌に戻ってきたタイミングで宮崎から新たに絵ハガキが届いており、元々の絵はがきを10枚削減した代わりにこれを行き先候補に加えた。 結果的にこれが翌日以降の運命を決めることとなった。 3回目は宮崎県高千穂を引き当て、から高千穂へ向かった。 レンタカーを借りる際に高千穂には4時間以上かかると言われたと大泉が話す。 4回目だけは、照葉大吊橋・シリーズ(出羽三山でホラ貝を吹く山伏が写りこんだもの)・場所不明(のから見たと)の3枚の中から引いた。 4回目の抽選により現地宿()への1泊が叶った。 この宿は原付西日本制覇、対決列島の時にも泊まっており3度目の宿泊であり、出演陣が気に入ったためである。 4枚目撮影までの時間は以下に挙げる地元の風景が写った絵ハガキを無抽選で照らし合わせて撮影している。 ・真名井の滝• なお、この時仮に出羽三山シリーズを引き当ててしまった場合は、サイコロの旅や原付シリーズ同様に鈴井のラジオ生放送にバッティングしてしまうおそれがあったため、その場合は出羽三山ロケは大泉のみの単独ロケになると藤村Dが示唆していた。 なお、結果は先述の通りとなり、この事態は回避することができた。 なお『リターンズ』においては一部の局で未放送。 大泉さんモアイ発見 サンメッセ日南に到着後、大泉・鈴井が簡単に当該の景色を発見してしまったことから、大泉に対して藤村Dが「 見つけた時のインパクトがない」という理由をでっち上げ、半強制的にやらせたもの。 段取りとしては• 大泉と鈴井が坂を登る。 大泉がモアイを見つけ道路わきのを越える。 崖を走って下りるうちに足を踏み外し、モアイの方へ転がり落ちていく。 というものだった。 なお、大泉が段取りを間違えたり撮影中本当に転倒してしまったため、3回撮り直された結果、大泉は胸部に擦り傷を負った。 シェフ大泉シリーズ [ ] 「」で作った大泉の料理があまりにも印象的だったために企画されたもので、「車内でクリスマス・パーティー」と「夏野菜スペシャル」の2企画が放送されている。 大泉本人の料理の腕(あくまでも包丁さばきなどの技術面)自体は悪くない が、下ごしらえ段階から開始する弊害で闇雲に時間を浪費する上、調理器具の不備や限られた食材での調理、「毎回の(特に意味は持たない一種の「見せ場」)」「独自のメニュー構成」「雑な味付け」などに見られる大泉の独創性あふれる調理方法から、とんでもない料理が振舞われることが特徴。 本シリーズ以外の企画でも大泉が料理を作る時があるが、その際には料理の味や調理時間に対して文句を付けると大泉がし、怒りの矛先があらぬ方向へ向かう(大抵は藤村Dとの口論へ発展する)のが一つのパターンとなる。 この他に「 ピストル大泉」という二つ名も存在するが、これは「北極圏突入」で大泉が放った「ビストロ大泉」の言い間違えを聞いた他3人によって、「完成した大泉の料理もで撃たれるような衝撃的な味である」ということを理由に用いられるようになり、そのまま定着したものである。 なお、『』や『』(共に)等の他番組へ大泉がゲスト出演する際に、大泉がシェフ大泉の恰好に扮して他の出演者らに料理を「おみまい」する企画が組まれることがある。 シェフ大泉 車内でクリスマス・パーティー [ ]• 1998年放送(「日本全国絵ハガキの旅」の合間に放送)。 放送当時の企画名は「新提案! 車内でクリスマス・パーティー」。 同日には本来「絵ハガキの旅」の最終夜が告知されていたが、クリスマスの特番編成で2時間繰り下がることを理由に、急遽内容を次回(2週間後の1999年1月6日)にキャリーオーバーした上で放送された。 本企画は「第1回どうでミー賞」の名企画部門で4位にランクインし、1夜あたりの平均得票数は1位を記録(2位は「シェフ大泉 夏野菜スペシャル」)。 パーティ会場は機材車・ロケバスなどのバックドアを開いて(屋根の骨組みの代用)頭上にを張り、やの鎖などを飾りつけただけのもの(調理をする大泉を除き、機材車の中に座るレイアウト)、調理台はキャンプ用のテーブル、火はと網を張った火という内容だが、これは前述の理由で時間が繰り下げられたことから「 誰も(番組を)見てない」として、非常に簡素なものにされたため。 会場移動前に「みたいなとこじゃないとやらない」と話していた大泉は、このパーティ会場について「この貧乏臭さ凄いね、これで放送するんだもん」「寒いよそらぁ。 なんのこたないそりゃそうだよ、12月の外だもん」「こんなにねぇ、(天井が)低い厨房は初めて 」などとコメントを残しており、特に最後は痔持ちで(ぎっくり腰)持ちの大泉には厳しい条件なことから「 悪いけどギックリって言ったら帰るよ」と宣言するまでに至った。 提供されたのは3品。 エビの塩焼き カリフォルニア風 薪で塩焼きした海老にやなどを盛り付けた料理。 名称は大泉の「なんかこう(見た目が) アメリカっぽいでしょ? 」という理由による。 土井Pによるオーダーの時点では「バカじゃないの? あなた」「エビチリ作るって言ってるでしょ? 」と、否定的な態度を取っていた大泉だが、この日調理した料理の中では唯一高評価を受けた。 シェフ大泉風エビチリ 「味見後の味の調整の際、感覚で・・を大量に追加して味のバランスを崩す」「を用いてとろみを付けていない」「カセットコンロが風防などを備えた屋外用ではないため、駐車場内に吹いていた強風で火が弱まってしまう」など、調理段階での不備が多々発生。 また、紹興酒の追加の際には容器の内蓋が調味液に入るハプニングも発生した。 前述のように辛辣な評価を受けた上、後年「」にて鈴井 が選出した「こんなもの食えるか! ランキング」の中で2位にランクインする。 ちなみに、試食段階で下した評価では「美味しそうですが、 コクがなく、ただ後味辛い」とした。 この他、調理工程の中で発生して処分予定だった「だしを取る用の海老の頭」も鈴井によって処分を免れ、安田が食したが、こちらはエビチリ本体と異なり高評価を得ている。 食べかけおにぎりの鶏包み 丸鶏の中にやを加え、薪火で焼いたもの。 おにぎり(五目飯)は調理前に「中に米を入れる」といった情報が頭にあった大泉によって選出された食材だが、鈴井らからの「後で取ってよ」の声に「出さないよ、だってこれ食えるもの入れるんだから」「 だから周りは捨てるよ」と応えたことで、「丸鶏はおまけ」の意思表示が料理名の由来となった。 放送中では吉田アナウンサーのみが実食したが、エビチリ同様にむせ返ってしまう。 この他、藤村Dから生卵をそのまま入れることを提案されて実施したものの、完成後に中身の確認をしたところ、一切火が通っていない生のままであった。 その後、泥酔状態のどうでしょう班は「ちょっと(番組の)横の方出してもらおうよ」「(スタジオへ)行くだけ行ってみましょうか」という程度の気持ちで『早起きクマさん』が放送されているスタジオに行き、同番組スタッフの好意で番組への飛び入り出演が実現する。 DVD第13弾の特典映像によれば土井Pは事情を全く知らず、大泉と藤村Dから説明されてもなお「半信半疑だった」という。 この時に大泉・鈴井がonちゃん(安田)に対して殴る蹴るの暴行を加える、大泉が金子アナウンサーの頭に噛み付く(風のモーションを取る)などの行為を見せたが、onちゃんへの暴行で「 局のマスコットキャラクターへの扱いが酷すぎる」として、藤村Dが上層部から始末書を書かされたことを副音声で明かした。 ちなみに収録したは安田の誕生日だったが、未明のロケに付き合わされたことで• 「」の姿で酒を飲む• 簡易onちゃんの姿でを吸い、その行為を咎めた藤村Dや大泉に「 俺だって別にやりたくてやってる訳じゃねえんだよ」「 人の誕生日夜中に呼び出してよぉ」「 大泉に対して いいからエビ焼けエビ焼け! 」と逆ギレする• 内容を把握した後も「 (okちゃんは)売れてんですか? 」「 へぇー、素敵じゃないの」と一切興味を示さない• この当時、芸能活動とアルバイトを掛け持ちしていたことを鈴井に暴露されると共に、「今もバイトやってるの(謙虚さ)が売り」と表現されたため、所属事務所の社長(当時)を務める鈴井の目前で「 いや実際問題ね、この社長のとこじゃ食えないんですよ」と愚痴や不満を吐くなどの横柄な態度をカメラ前で見せた。 また、この企画で食べた食物が原因で「洒落にならない病気」にも罹患している。 シェフ大泉 夏野菜スペシャル [ ]• 1999年 - 放送、全4夜。 DVD第16弾『72時間! 「夏野菜を使った料理を振舞ってほしい」と大泉を計3回呼び出し、1度目は夏野菜を栽培するため荒地の開墾を、2度目は料理を盛り付けるための皿の制作を、3度目でようやく調理を行った。 開墾から調理・試食までロケ日数が通算69日という「 日本一長い料理番組」(企画放映時のタイトルに使われた一文)。 「第1回どうでミー賞」名企画部門のシリーズ別集計において、放送回数は4回と少ないにもかかわらず、堂々の第1位に輝いている(第2位の「対決列島」は全10回である)。 第1週・第2週 - 開墾編• 1999年収録。 「農園開墾アドバイザー」として土井Pの父・均が参加し、どうでしょう農園の農地も提供。 畑の区画は雑草が生い茂った荒れ地状態だったが、おおよそ6時間ほどで苗の植え付けまで到達した。 企画終了後も農園自体はそのまま残されており、2005年10月に行われた『どうでしょう祭』において、どうでしょう農園で栽培された野菜が販売された。 開墾から52日後の、「夏野菜の収穫」と銘打って農園に訪れる。 この収録の合間には「72時間! 原付東日本縦断ラリー」の収録を行った。 第3週 - 陶芸編• 「半角斎一門」 - 半角斎(大泉)・胡散く斎(鈴井)・心気く斎(ミヤビ工芸の職人)・白菜(安田・「簡易onちゃん」状態)・く斎(藤村D) ここで使われる半角斎(「はんかくさい」、漢字は当て字)は、では「愚かな、ばかな(ただし「非常識である」という意味合いを強く含む)」という意味で使われる。 第4週 - 試食編(収穫・料理)• 、料理本番を迎え、完成した皿の披露と野菜の収穫を敢行。 皿の披露に際しては、「」の時に ANA から貰った 2万円相当のの皿と比較も行われているが、大泉の焼いた「世紀末大革命恋愛大皿」の方が好評を受けることとなった。 冒頭のトーク内では藤村D・大泉からの「 実際は中でどんな動きをしているのか見せて欲しい」というリクエストを受け、初めて着ぐるみの中での動きが披露されることになった。 調理・試食は札幌市内にある光塩学園調理製菓専門学校で行われ、学園の講師1名(当時、調理実習担当)も同席。 「車内でクリスマスパーティー」で「星澤先生みたいな所」を所望した大泉であったが、今回は晴れて念願が叶う形となった。 提供されたのは4品とデザート。 ピーマンの肉詰め 夏野菜添え 農園で収穫されたにを詰めた単純な品。 オーブンでの焼成時間が長く焦げ気味になり、全体的な固い仕上がりから不評を浴びてしまう。 対して熟する前の・生育しきっていない小ぶりなが横に添えられたが、こちらに向け「 調理していないものが一番おいしい」と好評を得る本末転倒な結果に終わった。 夏野菜と鯛のシンフォニー 塩焼きのへ茹で・焼き・をミキサーしたソースをかけたもの。 鈴井は「中途半端においしい」、安田からも「このソースおいしいです」とまずまずの評価が出る。 夏野菜と鯛のパスタ 夏野菜・鯛・農園のが入れられたオイル系パスタ。 「北極圏突入」でのパスタと同様、試食段階で既に辛さを指摘されていたを大量に投入し、辛味が全面に出てしまう。 夏野菜の料理 びっくり風 未熟のトマトや研いだ後の生米を丸のままの鯛に挿入した後、パイ生地で包んでオーブンで焼いたもの。 鯛が好評だった一方、芯の残っていた米・大泉本人も「 これはまずい」と発したトマトが評価の足を引っ張った。 題名は陶芸の空き時間に製作された藤村D(大泉作)とonちゃん(藤村D作)の粘土細工がプレート上に添えられたためで、鈴井には藤村D、安田にはonちゃんが割り当てられた。 「ピーマンの肉詰め」の野菜同様、未調理ながら「甘くておいしい」との評価が下る。 これら料理のクオリティが低い上、全行程で約6時間を要した事などで大泉以外の3人から不満が噴出。 藤村Dによって「鈴井は人と会う予定があったが、調理が長引いたためにキャンセルした」「自分は3時から娘とプールに行く予定だったのが台無しになった」と文句を浴びせたところ、大泉が激怒。 藤村Dへは「娘連れて来ればよかったんだ、プールなんか行かせねぇで」、鈴井には「鯛を持って帰れ、半身が余ってるんだ」と強要するなど憤慨を見せる。 また、「俺がメシを作るつったら多少の時間掛かること分かってんだろ? 」と計画の甘さを指摘した上で「 昼飯も晩飯も全部俺が面倒見てやってんだよ」と啖呵を切った。 不満を持っていない旨を大泉に伝えたところ「 じゃあなんでそんなに黄色いんだよ」と返され企画が終了した。 他にも学園の講師が「我々なら10分(で済ませる)」と語る作業工程に1時間ほど掛けるなど、腕の未熟さも露呈された。 パイ事件 大泉は3回に渡るロケのいずれにも、知り合いである店(後に閉店 )の店長の新見氏に作ってもらったパイ生地を持参した。 しかし、開墾編・陶芸編では調理が行われなかったためにパイ生地を腐らせることになる。 第2週でどうでしょう農園から陶芸工房へと向かう車中では、大泉が騙しに狼狽する中で藤村Dから「パイ生地練ってもらうなんて、こっちは一言も頼んでない」「 でも(腐らせた件で)悪いのは君だろ? 」と反論されたのを受け、「君は番組のために、生地を作った俺がバカだと言うんだ」「 生地を練った俺はバカか!? 」などと憤慨。 のちに藤村Dの家族をターゲットとして脅迫を始めるが、この時に残した「 おい、パイ食わねぇか」の一言が「第1回どうでミー賞」名ゼリフ部門で第1位を獲得した。 なお、2013年に行われた「どうでしょう祭2013」の「シェフ大泉VS板長鈴井 料理対決」で、パイ生地を製作した料理店の店長が登場し、巨大なパイ生地を大泉に提供した。 同イベントのトークショーにおいては、ロケ当時に大泉に渡したのが 「パイ生地」ではなく「ピザ生地」だったことを明かし、14年越しに事実が判明する形となった。 ちなみにこの一連の流れについて、藤村Dは編集作業の際に「本当に怒ってるのが視聴者に分からないよう」短く編集したことを副音声で明かし、DVD版では「12年(当時)経ったら笑い話になるから」として当該のシーンが長めに編集されたほか、本編に未収の部分も特典映像として公開されている。 一方で鈴井は、この時車内が険悪なムードだったにも拘わらず、立腹中の大泉へ(番組を盛り上げるため)藤村Dが辛辣な言葉を煽るように掛け続けたことに、後の総集編で「残りのメンバーは内心冷や冷やだった」と述懐した。 東北2泊3日生き地獄ツアー [ ]• 1999年・放送、全2夜。 「」でどうでしょう班が訪れた土地を『どうでしょう』ファンが巡るバスツアー「」に、鈴井・大泉が「ツアーに帯同するとパニックが起こるため、それを避ける意味でバレないように(という建前で)扮装をして付いていく」という企画。 DVDの収録に関しては、当時ツアーに参加したファン全てに連絡を取るのはかなり難しく、公式サイト上にてモザイク処理をしない旨がアナウンスされている。 扮装用の衣装は全てスタイリストの小松が担当しており、企画にも同行している(DVD13弾ではからへ移動する途中、見切れの形で姿を確認できる)。 企画中に登場していないものの、繋温泉ホテルでの一件にて安田が同行している 事が言及され、一瞬ではあるが大泉の部屋へ藤村Dが乱入する際に安田の姿を確認することが出来る。 当企画ではマイク設定のミスから音声が割れており、第1夜の前枠で鈴井が断りとお詫びを入れた。 この一件以降は事故の再発を防ぐためにマイクスイッチをガムテープで固定している。 ツアー参加者を乗せたフェリーを出迎えるため、大泉が、鈴井が()に扮する。 しっかりとなどが用意された大泉の扮装に対し、鈴井は「 茶色の全身タイツと長靴」「 3枚の板で表現された枝ぶり」など、非常に雑な作りであった。 当然のことながら、フェリーを下船した参加者からは即座に大泉と鈴井であることに気付かれ、各々が2人に対し声援を送っていた。 同地の茶屋「郭公屋」の女性店員に扮し、参加者にロープとザルを介してを提供する役割。 スタイリストの小松は細かい用意をほとんどしておらず、大泉が着用したなど装飾品は全て現地調達(店員の私物を借用)された。 渓谷が間を隔てていることから「距離があって気付かれない」と踏んでいたどうでしょう班であったが、大泉が咄嗟に「あいよ! 」と掛け声を発して一部に正体を見破られたほか、参加者が合図の板を鳴らす際に連打をしたことから「 そんな叩くな!! 」と叫び、ここでも気付かれてしまう。 最終的には出演者ではない藤村Dにまで、参加者から「 藤やーん」と声援が送られる結果となった。 前沢ガーデン 同地の名物であるにちなみに扮装。 2名1組となって行うため大泉が前足を、鈴井が後足を担当した。 参加者の前に現れた途端にパニック状態と化し、大泉・鈴井の周りは参加者に取り囲まれ、引き剥がされた牛の着ぐるみが頭上に持ち上げられていた。 鬼の茶屋()付近 2名ともが鬼に扮し、目的地付近の田んぼでバスの車窓から出迎える算段だった。 だが、強い風雪が起こるなどで気候が荒かったほか、一部バスは参加者が就寝していたためにバスのカーテンが閉められており、ごく少数にしか気付かれなかった。 ホテル ツアー2日目の朝食会場において、大泉が会場内のに扮する。 会場の隅が定位置だった関係で、開始からしばらくは気付かれることがなく経過したものの、途中から少しづつ注目する人間が増えていく。 最終的に再び参加者から取り囲まれる事態を迎えた大泉は、パニックを避けるため会場から逃走した。 「一生どうでしょうします」 2日目の扮装準備で午前5時に起床 するために早めの就寝をするはずだった大泉は、午前0時ごろまで続いたトークショー(とそれに伴う打ち上げ)の終了後、すぐ就寝体勢に入った。 大泉は、前述の鬼の茶屋付近での扮装が原因で「風邪をひいて具合が悪い」と体調不良を訴えたり、「何も話すことはない」と主張をして手打ちに持っていく画策をしたりと、必死に就寝時間の確保を目指していたが、対する藤村Dは「(大泉は)番組に対し不満がある」という持論を曲げずにいた。 数回に渡って展開されたこの長時間の押し問答に大泉が耐えかね、0時50分頃には藤村Dと同室の嬉野Dへ連れ帰りを要請するも、「ああそうか分かった分かった。 じゃあカメラ回そう」と自身の判断で撮影を開始させ、失敗に終わる。 後半には「文句があるなら(上層に)直接話せばいい」と、番組のブレーンである鈴井や同行した土井プロデューサー も藤村Dに起こされる展開になり、鈴井に至っては大泉・藤村Dらとで執り行われたへの参加も強制された。 しかし、ここまで上記の顛末への異議を主張していた大泉が、逆に土井Pから「オレもいるんだから、この際不満全部言おうよ」と問いただされる事態に発展。 午前3時に藤村Dを退室させた大泉はようやく就寝するが、翌朝5時に起床。 扮装の準備をする中で藤村Dから「よく眠れましたか? 」と聞かれ、「『よく眠れたか』って言われたらそら眠れたよ、 2時間ぐっすり寝たよ」と低いテンションで返答した。 ミスターのどっきりエレベーター 大泉の扮装後、鈴井も繋温泉ホテル内の前の踊り場で花瓶に扮装し、エレベーターから出てきた客を驚かせるというどっきりを敢行した。 しかし大半の客は反応が薄く、逆に客から「 ミスター頑張って」と慰められるなど予想を反する展開となる。 このため藤村Dがどっきりを止めようとしたが、鈴井が「 いや! まだやりますッ」と自ら進んで続行の意志を伝えたため、その後も5〜6回ほど続けられた。 ドッキリの後、楽屋に戻った鈴井はメイクを落としながら「素顔に戻りたくない」「このまま(黒塗り)のままでいいかな、 もう鈴井貴之として生きるのが嫌だ」などと発言。 すっかり憔悴しきっていた。 いずれにおいても藤村Dが乱入したと思われるシーン以降は放送されていない。 試験に出るどうでしょうシリーズ [ ] の入試問題を 実際に現地で実習し、大泉が語呂合わせや寸劇を作って覚える「アカデミックな企画」。 『どうでしょう』的な企画に見えるが、教科書や資料などでは見られない実際の風景やしくみなどがよくわかるように構成されている。 第1回目は「クイズ! 試験にでるどうでしょう」として、司会に安田・鈴井、回答者に大泉という形式で行われ、第2・3回は予備校「どうでしょうゼミナール」の直前集中講義という設定で行われた。 なお、このシリーズでの罰ゲームはすべて「」となる。 クイズ! 試験に出るどうでしょう [ ] 最初のフィールドワークの地・隧道 )• 1999年 - 放送、全4夜。 DVD第14弾『クイズ! 「」「」「」の3カテゴリから出題。 大泉が答える問題を決めることができ、問題に正解すると、難易度に応じ10点から300点まで獲得できる。 問題は科目だが、大泉へのチャンスタイムとして歴史問題も入っている。 大泉が答えを間違えた場合は、と称して大泉を「 拉致」して現地で学習。 大泉と鈴井が現地でフィールドワークを行っている間、安田は大泉がクイズで 200点獲得まで帰れず、HTBのスタジオ内に「 監禁」されながら問題を出題する。 大泉が48時間以内に200点を達成できなければ、となる(大泉とD陣のみ参加)。 なお『Classic』において現在は放送されていない。 DVDにおいてもカルスト地形において・ドリーネに関する部分はカットされている。 鹿児島から福岡に移動する際、深夜バス()に乗車している。 試験に出るどうでしょう 石川県・富山県 [ ] 白米千枚田(看板横のベンチでスケッチが行われた)• - 放送、全4夜。 大泉が校長、鈴井が講師となり、当初番組内の司会役だった安田が生徒として試験を受けることとなった。 3日間の「 集中攻撃」 の後、月曜日早朝に実力テストを実施。 実力テストで、安田が10問中1問でも間違えた時点で即、大泉は全責任を負い、四国行きとなる。 結果、安田は最後の問題で間違えてしまい、大泉はとなる。 試験に出るどうでしょう 日本史 [ ]• 2002年 - 放送、全6夜。 今回は安田だけでなく、鈴井も何も知らされない状態で生徒として加わった。 ディレクター陣は大泉に対し事前に大量の参考書、マンガを手渡し 、3人で企画を進めていった。 今回も前回同様、3日間の校長・大泉による講義後、テストを実施。 なお、前回までは大泉・藤村D・嬉野Dだけが罰ゲームとして四国巡礼を行っていたが、今回はテストで不合格となった生徒(鈴井・安田)もをすることになった。 今回は大泉が「高校地理歴史」の教員免許を取得していること、また本人が「歴史が得意」という意見を採用し、日本史がテーマ。 主な題材は「」で他に先土器文化から弥生時代までの遺跡が試験範囲に含まれた。 第2夜に出てくるテロップ「」は北海道にある寺院であり間違い。 正しくは、史実では一般にと言われ善照寺とは全くの別物である。 またを討ったのは(通称:小平太)と解説されているが、「一番槍をつけた者」であり実際は返り討ちにされ、その後が討ったとする説が有力。 詳しくは「」を参照。 「番組を見ている受験生の合格を祈願して八十八箇所を回る」ことを主題に上げているものの、実際の受験シーズンに放送されたことは一度も無い。 一般的な遍路とは異なり、時間にリミットが設定されていることと、それに伴って1つの霊場に掛ける時間が総じて短いこともあって、参拝や納経などは行わない(一部の霊場は、予告編やオープニング映像などで参拝しているシーンが映る場合がある)。 そのため、各霊場の門前で写真を撮ることを「巡礼」したと見做し、巡拝した寺によっては、大泉がコミカルな口調と特徴的な動きで寺紹介をする「 珠玉の寺紹介シリーズ」が行われている。 計3回の中で八十八箇所全てを一度で回りきった事はない(交通機関の都合も含む)。 3回のうちいずれかのロケでしか巡拝していない寺(21番・太龍寺や60番・横峰寺、66番・雲辺寺など)もあるが、通算では全て制覇した。 企画の苛酷さは別企画の罰ゲームとしても度々挙がるほどであり、各回で何かしらのアクシデント・怪現象といったトラブルが発生している。 四国八十八ヵ所 [ ]• 1999年 - 31日放送、全2夜。 DVD第14弾『クイズ! 放送時のタイトルは「四国八十八ヵ所完全巡拝」。 わずか3泊4日(74時間)という短時間での完全巡拝を敢行し、ロープウェイに乗れなかった21番・と66番・、冬季通行止めの60番・と20番・などを除きほぼ全部を巡拝した。 このロケ中に大泉は体調を崩し、その後半年の間体調不良を抱えていたという(『試験に出る石川県・富山県』第1夜、『四国八十八ヵ所II』第1夜前枠および本編にてそれぞれ大泉本人が発言)。 移動の際使用したレンタカーは。 『試験に出るどうでしょう』のロケが終了した直後からロケ開始。 12番の巡拝後、大泉の最愛の祖父が亡くなったという電話があった。 大泉の母親から「仕事はそのまま続けなさい」という連絡があったが、両ディレクターの判断でロケを一時中断し、札幌に帰させた。 この1週間後に、ロケを一時中断した時間帯からロケを再開している。 後に藤村DはHP内「番組スタッフからのメッセージ」で『実はある企画で、私は「自分の信念を曲げてしまった」ことがある。 それは自分の中では、「ひとつの大きな決心」だった。 』と書いており、に連載されたコラムの中でも「ロケを一度中断し、1週間後に同じ衣装・同じような部屋を作り何事もなかったようにロケを再開し、視聴者に嘘をついた」と語っている。 ただしコラムでは具体的な企画名は明かされず「この事は(何の企画であるかは)一生言わない」と書かれていたが、当の大泉が「第2号」の自身の連載小説の中で事実を明かし、その後DVD版の副音声で事の詳細が明かされた。 ただし、第一番札所霊山寺は大泉の発言で撮影であること、藤村Dの発言により最終日が木曜日(以上の文章に基づいた場合)であることは明らかになっている。 ロケ最終日4日目、寝起きの大泉は「 」になったと明かした。 「四国八十八ヵ所III」では藤村Dに対し「君の選ぶホテルは空調がおかしい」と不満をぶつけている。 愛媛県にある45番・は高地にあること、気温の低さ等その道程の厳しさから八十八ヵ所の中でも屈指の難所。 ここで「大泉が悟りを開く」が、その後、大泉がD陣のパンを食べたことをきっかけに醜い言い争いをする(「岩屋寺騒動」)。 この「岩屋寺騒動」は後の2回でも「藤村Dのパンを大泉が盗み食い」、「運転中の大泉に藤村Dがみかんを無理矢理食べさせる」という形で発生している。 四国八十八ヵ所II [ ]• - 放送、全4夜(最終夜の後半は「原付西日本」の前フリ企画「春を満喫 グルメといで湯 ぶらり京都の旅」)。 前回よりも1日増やした4泊5日となった。 この回のみ巡礼が春先に行われており、再度の乗車を逃した66番・雲辺寺、うどん屋へ立ち寄った影響で飛行機の時間が迫りパスをした88番・大窪寺を除いて巡拝を行った。 使用したレンタカーはだが、44番・大宝寺から46番・浄瑠璃寺へ向かう途中、ショートカットで通った山道で左後輪が脱輪しパンクするアクシデントにも見舞われた。 また、前回のロケで大泉が体調不良に陥った反省を踏まえ、今回はD陣から大泉のために「魔除け」のを購入していたが、38番・金剛福寺の前後で紛失している。 5日目の午前8時半時点で、前年の経験から街は通勤ラッシュにより渋滞が起こる事を知っていたため、84 - 88番にかけては大外回りのルートに変更し行く順番を変えた。 また、「この旅最大の楽しみ」として85番の麓にあるうどん屋「 山田屋 のざるぶっかけうどんを食べる」という目的があった。 実は前年も同じ物を食べており、山田屋の10時開店と同時に入店し88番まで回って飛行機に間に合った経験があった。 しかし、八栗寺に到着したのは午前10時で、20分おきに出るケーブルカーに乗らないと行けない。 そのため10時10分ではなく10時30分のケーブルカーに乗るために先に山田屋へ行きうどんを食べることを選んだが、結果として88番大窪寺には行けず標識の前で撮影するにとどまった。 それを象徴するものとして、ロケ4日目の深夜に巡拝した79番・で「ビデオカメラが異常な音を発して停止し、撮影したはずの映像が記録されなかった」という現象が起きた(境内で撮影した写真は存在し、放送もされている)。 車内でのカメラテスト後に再び撮影を開始したが、帰札後のチェックで「映像が大きく乱れ、音声もほとんど録音されていない」ことが判明。 さらにカメラのバッテリーライトが消え(これは単なるバッテリー切れによるもの)、車のエアコンが故障する事態も立て続けに発生し、その事件を元にドラマ『』が制作、同年の秋に放送された。 それは、最初にカメラが異常停止した時、「撮影したはずの映像が記録されていなかった」としていたが、それは嬉野Dの嘘であり、実際には映像が記録されていたということだった。 しかし嬉野Dは、一度車内に戻って確認をした際にその映像を見て、「誰にも見せちゃいけない」と感じてすぐに消去してしまった(詳細は を参照)。 なお、映像の内容は当初大泉や視聴者には伝えられていなかったが、代わりに安田が「対決列島」のロケ中に詳細を聞き、後にトークショーで大泉に伝えられた。 それによると、問題の映像の中で、 大泉の足から先が消えていたという。 その後、DVD第19弾『四国八十八ヵ所II』第1夜の副音声において、嬉野Dから、本当は映像が記録されていたが確認したところ、大泉の映っている映像全体が「カメラのモニターの一番下から、毛糸で編んだセーターをほどいていくように、一本ずつ無くなっていって、最終的に全部消えた」という真相が語られ、第4夜の副音声において大泉本人にも明かされた。 天皇寺高照院の事件以外にも、• ロケ初日の夜に巡拝した14番・常楽寺では正体不明の物音や足音、謎の声が発生。 ロケ4日目の夜に巡拝した71番・弥谷寺では大泉の背中を何かが触った(大泉の後ろを歩いていた藤村Dは「やってない」と否定している。 大泉は「これ以上一歩も動かない」と宣言したため、藤村Dは「自分が触った」という事にして巡拝を続行した)ほか、正体不明の物音が発生した など、怪現象が多発している。 特に弥谷寺の一件では、大泉はもとより真相を知る藤村Dが恐怖の余り走り出してしまう事態になった。 また、ロケ4日目はこれらの怪奇現象や事件、車の脱輪・タイヤのパンクなどのトラブルが多発したため、「悪夢の一日」と称されている(第2夜の字幕より)。 しかしながら、DVDの副音声において藤村Dが、弥谷寺で大泉に「ぼく、触りました」と一連の流れは演出であったことを告白している。 それを裏付けるように、テレビ放送では「 間もなく怪現象発生」というテロップが出るが、DVDでは出ていない。 一方で、常楽寺の一件については特に触れられていない。 ちなみに、この企画でどうでしょう班が四国に滞在している間、鈴井は 「ハワイで家族サービス」に勤しんでいたことを打ち明けている(第1夜前枠にて)。 四国八十八ヵ所III [ ]• 2002年 - 放送、全5夜。 88番・から回る『』で巡礼を行い、大泉に加え、「試験に出る日本史」で不合格となった鈴井・安田も参加。 使用されたレンタカーは「対決列島」同様、(2代目)。 しかし、鈴井はラジオの生放送(『GO・I・S』)、安田は『』の1コーナー「サビカラ選手権」に出演するため、松山の宿で離脱し帰札。 結果的に当時は『どうでしょう』の撮影以外にほとんどスケジュールが無く、出演者の中で「最もヒマ」な大泉のみが巡礼を続けることに(実際、大泉は鈴井・安田よりもスケジュールが3日間多く押さえられていた)。 ただし、第2夜では当時大泉が不定期で出演していた『』を蹴って『どうでしょう』にスケジュールを割いたことに触れ、「を蹴らないで! ちょっと考えたら分かるでしょ! 」と怒りを露にした場面もある。 その直後に訪れた50番・から、TEAM NACSのリーダー・が旅に参加した。 理由としては「森崎が晴れ男である」ことも一因である。 森崎本人は「食事を摂れば雨が止み晴天になる」と自称し、本編中では44番・大宝寺の巡拝から43番・明石寺に向かう途中、森崎が空腹から食事を要求したために昼食を済ませたが、実際に森崎の食事後は悪天候から晴天へと見事に変わっている。 冬季通行止めの60番・横峰寺、に乗れなかった21番・太龍寺を除きほぼ巡拝。 また、66番・雲辺寺は前2回ともロープウェイの時間が合わなかったために巡拝していなかったが、今回の旅で初めて訪れている。 72番から71番への道中、藤村Dは「1度買ってみたかった」と香川県の名物『』を買って車内に戻ってきた。 50番・繁多寺では遠くの本堂にいる森崎を呼ぶために嬉野が「大きい声で言え」と助言し、大泉がその通りに行うと、走りこむように森崎が登場。 大泉の「素のリアクション」が見られる。 38番・金剛福寺は「うどん屋に行きたい」一行が金剛福寺へ行くのを断念し 、前々回の「八十八ヵ所完全巡拝」で訪れた際の映像に森崎の映像を合成させ、うどん屋へ行くのを優先したが、定休日であったために食べることが出来なかった。 12番・についても、D陣は同寺院に行くまでの道が非常に狭く険しい山道である上に、時間帯が夜中だったことから「危険である」と判断した上で巡礼の取りやめを提案したが、大泉の意向によりこの案は却下された。 しかし、焼山寺の巡礼終了突如に森崎と大泉の肩や車内などに異常が見られたシーンもわずかながらあった。 上記の一件で一同は「 寺一つ回らないと、うどんも食べられやしない」と不満を漏らし、21番・太龍寺の巡拝を避けたに一件については、森崎による「うどん屋に寄ったからロープウェイに乗れなかった」という発言に対して大泉や藤村Dが半ば肯定したことが明確に語られていたが、4日目深夜に上記の寺を除いた全ての巡礼を終了、残った5日目を用いて香川のうどん屋巡りを敢行した。 なお、この旅で大泉が藤村Dのキューを無視して気合を叫ぶ動作(番組内では呼び方が統一されていない)が初登場しており この「キュー無視、気合」は好評だったのか、その後も行われることになる。 12番・焼山寺に向かう途中の運転で少しでも恐怖を和らげたい藤村Dの希望で大泉による勇気付けのの「鼻唄」(実質的には)も披露されている。 原付(カブ)シリーズ [ ] の「」を使用し、長距離を走る企画。 鈴井・大泉がカブを運転し、D陣は車で追走する。 元々は鈴井の「スーパーカブにガソリンを1リッターいれ、札幌からどこまで走れるか」という話を大きくしたところから始まった。 「原付東日本縦断」後は水曜どうでしょうの節目に登場する企画として「原付西日本制覇(2000年一時休止前の企画)」、「原付ベトナム縦断(水曜どうでしょうレギュラー放送休止前の企画)」が放送された。 また、不定期放送移行後の2011年には、「原付東日本」、「原付西日本」の続編として、2つの企画で走破していない空白地となっていた東京から紀伊半島、および四国を走破する「原付日本列島制覇 東京 - 紀伊半島 - 四国」が放送されている。 出演陣の後姿しか放送できないため、積荷が定番となっている。 鈴井や藤村Dは趣味でオートバイの運転を行うほか、嬉野Dは妻の運転するでを行い、新婚旅行で日本一周したほか、自らもスクーターに乗る なお、嬉野Dの妻が国内のカブ企画のルートを考えたという ということから、それぞれバイクに関係しているが、大泉はまったくもって初めての運転だった。 なお、オートバイは「(企画開始の1ヶ月前に発注をかけて)買ってもらって乗って帰ってきた」ことになっていたが、その後はHTBの社用車になり 、2011年最新作「原付日本列島制覇」でも使用し、また、鈴井の監督作品『』では冒頭に登場するバイクのシーンに活用された。 72時間! 原付東日本縦断ラリー [ ]• 1999年 - 放送、全5夜。 DVD第16弾『72時間! 放送時のタイトルは「原付東日本縦断ラリー」。 東京〜札幌間を1日目の午前9時から4日目の午前9時までの72時間以内に走破する。 『Classic』においては一部の局では放送されていない。 導入は鈴井が大泉・D陣・土井Pを東京に連れて行き、「銀座でお買物をしよう」という「大泉だまし」。 土井Pが「番組からのご褒美を鈴井にだけ買い与える」と話していたところに、大泉が自分の分もと食いついた。 その後バイク店でスーパーカブ2台を購入中、持って帰る心配を始めた大泉に鈴井が「 欲しいなら乗って帰りなさいよ」とけしかけ、半強制的に当企画に移行させた。 なお、土井Pは随伴車のドライバーも担当している。 タイムリミットが4日目の午前9時なのは、鈴井のラジオ生放送出演(4日目の午後5時)に間に合わせるため。 なお、藤村Dの「勘違い」と称して76時間、さらには80時間(『GO・I・S』の番組開始時間)にまでタイムリミットが延長されたが、鈴井が自らの責任で72時間に戻した。 ルート選択 [ ] なお、〜間の主要ルートは以下の3つがあった。 を通る内陸ルート(主経由地:、、、、、、(現:古川)、、、、、、など)• ・などを通るルート(主経由地:、、、、仙台、、、、、、、十和田、野辺地など)• ・などを通るルート(主経由地:(現:)、(現:さいたま市)、、、、、、()、、、、、、(現:本荘)、、、、など) その中から、• ルートは東京〜青森間の主要ルートであることから渋滞に巻き込まれる可能性があったこと• ・ルートは距離が長すぎること などから半強制的に・ルートが選定された。 1日目 - スタート、で宿泊• 経由ルート:• のバイク店にてカブを2台購入し、1台が大泉用、1台が鈴井用。 二輪車に初めて乗る大泉は店員から操作方法を5分ほど教わった後、北海道目指して出発。 途中、まで渋滞に遭い、予定よりも大幅に遅れる。 付近の首都高速道路の高架下で(朝の)通勤ラッシュに出くわし、大泉「我々は今 帰宅途中」。 の - 達磨寺に立ち寄り、を引く。 大泉の引いたくじは「商いならよし」「騒ぐと損」など。 その後、大泉のバイク後部には「高崎だるま」が積まれる。 「寒さと風と匂いと危険を感じる」 - 夕方になり、体に浴びる冷たい風と焼肉店からの焼肉の匂い、対向車との危険を感じた大泉が発した台詞。 鈴井、ガス欠によるエンスト - (現:利根郡)の国道17号の上り坂で走行中にエンスト。 しばらくは原因不明で2回目のエンスト時は内で起きたものの、事は藤村Dが給油させなかったことによる「ガス欠」と分かり、越後湯沢の温泉街へ行き一泊する。 その後、宿泊地での4人のトークが始まるが、藤村Dから出た言葉「これはテレビ」に酔っていた大泉が、「というより、これは サークルだよ」と反撃し、終了。 2日目 - で宿泊• 経由ルート:・・・・・・・・・日本海沿いの道路• 鈴井が大泉のだるまに対抗して荷台に「魚沼産」を積む。 荷台の荷物にちなみ、大泉が「 だるま屋」・鈴井が「 米屋」というあだ名で、札幌に向かう。 では大泉には「」の「毘」をあしらった旗が掲げられ、鈴井には「懸かり乱れ龍」の「龍」をあしらった旗が掲げられた。 「 だるま屋ウィリー事件」が発生(後述)。 これらの要因が尾を引き、まで行くという計画は立ち消えに(というより性能的な関係上無理であった)なり、結局で泊まることとなった。 夜、宿にて急遽大泉と鈴井、さらにディレクター陣2人で緊急会議が開かれた。 4日目の午前9時に間に合うためには3日目の青森午後0時発のフェリーでに上陸する必要があるとディレクター陣から伝えられたが、酒田市から青森までは約300kmあり、今までのペースから考えると最低10時間かかることになる。 当然、・・経由ではフェリーに間に合わず、札幌への72時間以内の走破は不可能となってしまうため、・を走る案から、本州再横断・を走る案に変更。 2日目の最初に「新潟県村山市瀬波温泉」のテロップが出されるが、村上市が正しい。 なお、これはDVDにいたるまで訂正されていない。 3日目 - 到着後、フェリーに乗船• 経由ルート:、、、(一部と重複)、八戸からフェリー• 前夜の会議の末、付近の(現:)から南秋田郡・・青森県・・(なんぶちょう) といった内陸部を経由して八戸港に向かい、フェリーで苫小牧港に向かうことに(フェリーで船中泊)。 秋田で「」の面を鈴井に、青森でのが大泉の新たな積荷となった。 藤村Dは「ねぶたに見つからないように」とコメント。 この後で大泉はねぶたの扇子を積んだ。 鈴井のなまはげの面と大泉のだるまをみた藤村Dは「民芸の見本市... 」ともコメント。 鈴井の荷台にが積まれ、合計35kg積む(コシヒカリ25kgとあきたこまち10kg)。 また青森で雨が降ったためD陣が「米屋さん、こめ大丈夫ですか? 」と尋ねた。 しかし雨に濡れたなまはげのほうが心配された。 再び片側交互通行信号に出くわすが、後述のウィリー事件が原因でトラウマとなっていた大泉は異常にその区間を怖がり、徐行して通って行った(このとき車内で「 男らしくねえなぁー」と言ったことに大泉は軽く立腹していた)。 4日目 - ゴール(完走)• 第5夜のオープニングは、なまはげ面をかぶった大泉の映像に変更(この時包丁には「 魔除」と書かれていた)。 大泉がゴール後に提案したのが発端で、この映像は企画終了の数日後に収録された。 藁合羽を纏い燃えさかる松明の周囲で踊るため軽く危険なロケであり、松明が大泉の足の上に落ちるというハプニングも起きている。 この企画の前枠・後枠では「」に扮した大泉と安田、そしてonちゃんが登場するが、安田がレスラー役(基本的にレスラー)なのにonちゃんがいたり、大泉がonちゃんに対して相当手加減して攻撃を加えたりしている。 これは、onちゃんの中に別の人物が入っているためである。 また、同時期には安田が『』で手術を受けているが、同番組内では「プロレスをやらなければいけないけど大丈夫なのか」と担当医師に相談する姿も放送された。 だるま屋ウィリー事件 工事後のだるま屋ウィリー事件現場(2018年撮影) ロケ2日目、大泉らがを(現:)の勝木(がつぎ、との交点)まであと少しという地点を走行中に起きた事故。 本件を放送した第4夜は第一回どうでミー賞の「名企画部門」で第一位を獲得した。 なお、「だるま屋」とは大泉がに寄った際に購入し、後部の荷台に積んだに由来する。 走行中、大泉らは工事による片側交互通行信号に遭遇したため2分強の待ち合わせをし、が切り替わる5秒前から大泉がカウントダウンを行う。 この間、信号は再び2分強の待ち時間表示に切り替わっていたため、鈴井のみが先行して進んでしまった。 事故直後、大泉は(失笑しながら)心配する藤村Dに対して「何がですか? 」などと事故が無かったかのように白を切っていたが、藤村Dが深く追求すると「大丈夫じゃねぇよ! なまら(北海道弁で「とても」という意味) 恐かったよ!! 」「死ぬかと思ったよぉ! 」と発した。 また、先行した鈴井が心配しているのではないかと思い、合流するなり「心配したでしょう? 大丈夫ですよ」と言ったが「何してたの? 」と全然心配しておらず、それどころか大泉の説明に対し「 いいなぁ おいしいなぁ」「 見せるもの、ビジュアル考えているもの」と羨ましがっていた。 この際、鈴井に対して説明した「動かないから アレッと思って ギアいじったっけ ロー入っちゃって もうウィリーさ」という発言は名台詞のひとつとなった。 また、大泉は「オレ あの『安全第一』なかったらヤバかったぜ」「(海に)突っ込んでたよ」と続けている。 この事件以来、いつハプニングが起きるのかがわからないのでカメラを止められなくなったという。 激突した「安全第一」のバリケードは藤村Dが直した(エンディングに大泉を助けるため車外へ出る映像もある)が、位置は激突後のままである。 この事件は最初「大泉 洋が天高く昇天するまでの死のカウントダウン」と表示された(ちなみにこの「死のカウントダウン」は片側交互通行信号の待ち時間のことである)• 北海道でこの日の模様が放送された『原付東日本 第4夜』は、放送日当日のが雨天のため中止、その煽りで番組の前に放送が予定されていた『』も中止となったため放送時間が繰り上がった。 そのため見られなかったという視聴者からの声と、面白いこの企画を多くの人に見てもらいたいという事で一ヵ月後にこの回が「だるま屋ウィリー事件」として再放送された。 の配信(現在は終了)における番組紹介VTRで、「実際に放送したVTR」としてこのシーンが紹介されていた。 この11年後に制作されたで、この事件を彷彿とさせる片側交互通行信号が登場する箇所があり、この時にも当時の一部始終が流された(なお、映像の後事件当時同様にカウントダウンをして発進し、1箇所目は小ウィリー気味だったが、2箇所目は無事に走り出すことができ、この事件を克服した)。 原付西日本制覇 [ ]• - 放送、全6夜(:春を満喫グルメといで湯 ぶらり京都の旅)。 を初めて旅する旅人・鈴井を「京都の達人」大泉が案内をするという設定で、「春を満喫グルメといで湯 ぶらり京都の旅」を決行。 から京都旅行を満喫する。 しかし、駐車場にて「『カブの旅』でまで向かう」という本当の企画発表が行われる。 鈴井の映画撮影に伴う番組休止前の最後の大型企画のために、予告編では「Last Run」と銘打たれた。 また、鈴井は1997年の「」前後から番組における自分の立ち位置に悩んでおり、カブで走りながら「もうこの番組に戻ることはないだろう」と考えていた。 しかし、「大泉くんや藤村くんをトップに立たせて、のように『たまにボカン! と(ゴールを)決めよう』と思ったとき、またこの番組が好きになった」と後に語っている(2004年秋「ミスター大壮行会」にて)。 1日目 - スタート、(現:)で宿泊• 経由ルート:・・・・• 京都府(現:)が、字幕スーパーでは「 北京町」と表記された。 城崎の手前、(現:豊岡市)で、を食べ、鈴井の荷台に出石そば粉が積まれる。 この日の宿泊先であるにおいて、藤村Dもカブ乗車の可能性を示唆する。 2日目 - (現:)で宿泊• 経由ルート:・• 大泉の荷台にの砂20kgが積まれる。 …DVD未収録(後述)• 途中で交通量の少ない山道を選ぶが、カーブと積雪に悩まされ、立ち寄ったの河原風呂で休憩。 この日の宿泊地であるでは満開の桜に会う。 宿先にて鈴井が「だけを走破して中国横断」と言い出すが却下。 結局、翌日は行けるだけ行き、後日再挑戦することが決定。 3日目 - で宿泊• 経由ルート:・• 出発前に大泉のには張子虎、鈴井のヘルメットにはの面が付けられた。 にて出雲そば割子3段を食べたのち、鈴井の荷台に出雲そばを積み増し。 大泉も荷台に新しく1万5000円の張子虎を積んだ。 しかし、途中で首が落下し、後続車が踏み潰してしまう(D陣の追走車ではない)。 においてを採取したが、あまりの重量のために一部を廃棄。 途中、鈴井対藤村Dによる甘い物早食い対決を行う。 この際に「魔神」という呼称が生まれる。 萩市で時間切れ。 カブを現地の宿に置かせてもらい、2週間後に再スタートとした。 4日目 - (現:)で宿泊• 経由ルート:・・・・・・• 前述の萩市より再出発。 ここから「だるまの嫁取り」をテーマとすることにし、大泉に高崎のだるま、鈴井に秋田のなまはげ(共に東日本編で使用したもの)が積まれる。 にて、カブ(49cc)は通行できないことが判明。 出演陣とD陣が分かれて九州上陸をすることになり、出演陣は約2. 5km離れた関門人道トンネルを通ることになった。 その際ディレクターから渡されたお金は100円(必要経費を40円と算出したため)。 関門人道トンネル通過後に「甘い物対決」の第2弾が行われた。 今回は鈴井に配慮して名物「ふぐかまぼこ」と萩名物「」のどちらかを選ぶ形となったが、鈴井が殿さま巻を引いてしまい撃沈。 大泉もふぐかまぼこで挑んだが、惜敗した。 大泉が疲れのピークを迎えたため、バイク運転が趣味の「赤ヘル」こと藤村Dが大泉と交代。 大分県まで運転を担当することになった。 なお、大分県に入ると元に戻り、そのまままで運転する。 5日目 - で宿泊 『後藤姫だるま工房』の姫だるま• 経由ルート:・・・・・• の『後藤姫だるま工房』にて、高崎のだるまと姫だるまのお見合いが行われ、だるまの親代わりを大泉・を鈴井が務めた。 晴れて所帯持ちとなった高崎のだるまには、大泉の筆によって目が入れられ、満面の笑みを浮かべただるまになった。 なお、後藤姫だるま工房へは後に『』の企画で訪れている。 から入ったでは藤村Dが何度も道を間違え、大泉が自分に対して「地図も読めないバカ」と評していたことを槍玉に挙げる。 宿泊した綾町の旅館『綾陽亭』はどうでしょう班お気に入りの宿となり、後に「対決列島」「日本全国絵ハガキの旅2」でも「なにかと理由を付けて」宿泊する事になる。 なお、宿泊先において藤村Dがの対岸の に注目したため、ゴールをフェリー経由で指宿に変更する旨を出演陣に申し入れたところ話がまとまり、急遽初日の金閣寺駐車場でのシーンについてセリフ入れ換えを行った。 6日目 - ゴール(完走) 6日目に道中で立ち寄ったコンビニ、現在では閉店(鹿児島県鹿屋市)• 経由ルート:・・・ ・(現:)根占港でフェリー乗船・• 目的地変更を行ったことで「時間に余裕が出来た」と思い、や「鬼の洗濯岩」などで観光や小ネタ撮影を行う。 照葉大吊橋では鈴井がであることが判明する。 大泉がなまはげの面を付けて鬼の洗濯岩で洗濯をしている場面があるが、実際、洗濯をしているのは宮崎市青島の鬼の洗濯板ではなく日南市にある普通の磯である。 余裕を持って出発した最終日であったが、途中で観光や小ネタをやっていたためフェリーの出発時刻に間に合うか微妙となり、D陣は遅れた場合まで向かう事を決意。 それでも大泉がに立ち寄りを食べたため、更に間に合うかどうかが怪しくなり、鈴井も巻き込んでの壮絶な罵り合いに発展する。 なお現実的には既に綾温泉から130km前後を走っている状態で根占港から佐多岬への往復約100kmの行程は肉体的に厳しいことから、藤村Dも内心では本当に佐多岬まで向かうかギリギリまで決めかねており、フェリー出港1時間前のシーンでも「フェリーに間に合わなかったら、 佐多岬のほうに行く・・・」と一応の逃げ道を残していた。 最終的には時刻に間に合い、無事にへ出発し終了となった。 なおこの時乗船した「」は一度廃止になるものの、2005年12月に再び就航(1日5便就航)している。 鳥取砂丘での不適切行為 途中立ち寄った内ので、砂丘に隣接するレストハウス周辺に吹きだまった飛砂を採取し(採取するシーンは放送されていない)、荷台に載せて走行したが、本放送から7年経った7月、での放送を見た視聴者から、 この砂採取はに反する行為ではないかとの指摘がに寄せられ問題化した。 同年8月8日にはHTBが公式サイトで謝罪し、番組のネット局に対して当企画を含む数企画の販売中止を決定する。 また、『どうでしょう』の公式サイト上では藤村D・嬉野D連名の、「CREATIVE OFFICE CUE」の公式サイト内では鈴井・大泉連名の謝罪がリリースされ、さらに同月12日にはの『』内でも大泉より直接の謝罪があった。 鳥取市から報告を受けた環境省は、当該レストハウスが既に無く行為の特定ができないことなどから砂採取については特に処分を下さなかったが、同企画内で 鳥取砂丘に足跡で「水曜どうでしょう」と大書した行為が自然公園法で禁止されている広告などの掲出に当たるとして同月23日に文書で厳重注意され、HTBは改めて謝罪を発表した。 同年10月に問題のシーンを削除する形でDVDが発売された。 onちゃんカレンダー [ ]• ・放送、全2夜。 』に収録。 「2000年のカレンダー用写真の撮影会」として、onちゃん(安田)・鈴井がモデル、大泉が撮影係となり、HTBの制作スタジオを用いて撮影を行う。 「写真家・大泉洋」の初登場企画(衣装の基本スタイルは「登山家」と共通だが、こちらはを模したものやを持っていない)。 大泉は写真に関して素人であることから知識を持ち合わせておらず、DVDの副音声でも藤村Dが「しか(ワードを)知らない」「それじゃいかんせんキャラクターが弱かった」と振り返っていた。 また、一瞬ではあるがのがセットを運ぶ係で出演している。 企画の開始時間である午前6時32分から、午前10時に開始される広報番組『TVぴかぽん』の収録までに撮影を終わらせなければならず(制作スタジオを使用するため)、準備を含めて一月あたり10分弱のペースで撮影を行う計算となり、ロケ企画ではないもののハードスケジュールの中で進行していった。 一部写真を撮影する際には超望遠レンズ(愛称: バズーカ)が使われたが、これはアナウンサー(当時)の私物で、写真撮影に関する全ての機材は金子アナウンサーから貸与を受けている。 しかし、この撮影会の実際の目的は"安田を海外に拉致する(「」の一環として、で開催されたトークショーにゲストとして招く)ための前哨戦"で、11月を、12月をラスベガスで撮影(前述のトークショーのついでに撮影されたもので、11月のハワイは乗継ぎで立ち寄った際に撮影)し、大泉が拉致を実行する側に回る形になった。 大泉が(完全な意味で)拉致の仕掛人となったのは、レギュラー版ではこれが唯一のケースである。 安田はこのときが初の海外旅行であったが、「 あなたたちみたいにね、騙し騙され罵り合いのコミュニケーションの人たちと一緒には行きたくない」と落胆を見せている。 このロケで大泉が撮影したカレンダー写真は実際に販売され(カレンダーの期間は、企画が1月から2月の初頭に放送されたために2000年2月 - 1月の間となった)、さらに2004年、2012年には『復刻版』として販売された。 ちなみに発売されたカレンダーでは、4月のメイン写真がスタイリスト小松が写されたものになっている(後述)。 各月のテーマ 月 テーマ 扮装 注釈 onちゃん:なし 鈴井: onちゃんは大型の羽子板を手持ち。 onちゃん: 鈴井:袴 鬼のonちゃんへ鈴井が豆を投げる役回り。 鈴井はこのときカツラを装着していたが、撮影後に脱ぐまで気付かなかった大泉は「なんかおかしいと思ったら、ミスターそれヅラだったんだね」と発する。 onちゃん:男雛 鈴井:女雛 早朝のため空調設備が作動していない上に照明設備などの熱がこもって、スタジオ内が「灼熱(約30度)」となる状態が顕在化。 onちゃん:新入生 鈴井:onちゃんの母親 大泉が1枚目に「桜吹雪を用意するスタイリスト小松」を撮影し、カレンダーでは4月のメイン写真に据えられた。 onちゃん:なし 鈴井:こいのぼり onちゃんは折り紙の兜を頭に載せ、手に小さいこいのぼりを持つ形。 鈴井は脚立に上り、垂直にこいのぼりを着る形となる。 指示を出す大泉がonちゃんへ「 バカみたいに膨らんでないでたまには動き付けろよバカ」と発言し、憤慨したonちゃんが大泉に蹴りを入れる。 onちゃん:なし 鈴井: カエルの鈴井が傘を持ったonちゃんへ飛びつく構図。 大泉はカメラの連写機能を使い、onちゃんに飛びつく鈴井を撮影。 史上最速の撮影時間で終了したものの、大泉は控え室でスタジオ使用期限が残り1時間であることを知らされる。 onちゃん:なし 鈴井:浴衣(少年) 超望遠(バズーカ)登場。 スタジオの端から撮影してもonちゃん・鈴井にピントが合わず、両者ともに体の一部が映ったのみ。 「スタジオ側の雰囲気が悪い」というD陣の情報から、大泉がモデルの2人を露骨に持ち上げ始める。 onちゃん:なし 鈴井: 8月に続いてモデル2人のテンションを上げようとする大泉だが、疲れから2人は一切喋らず。 onちゃん: 鈴井: 「6秒間に36枚」もの連写をできる特殊なフィルムを用いて、2人のの様子を撮影した。 撮影終了後、安田が着ぐるみを脱いだ時点で「拉致」の前フリとなる「11月の扮装」を安田に渡し(腰・の2点)、あらかじめ用意したの木のオブジェの脇に立たせ、周りがおだて上げて安田の気分が"乗った"ところで、本来の企画目的が発表された。 前述のように、安田はこの企画が生まれて初めての海外旅行となったため、新千歳空港へ移動中の車内では、「旅のプロ」・どうでしょう班(大泉・藤村D)による安田イビリ(恫喝風の旅程説明・大泉による「やられ」経験談)が行われた。 2人の圧に押された安田だったが、機内では機内食やつまみをアテに、ビールを始め大量に好物の酒を堪能し御満悦だった。 なお、onちゃんの着ぐるみは小さくまとめられ、飛行機の機内には手荷物として持ち込まれている。 ハワイで onちゃん:腰みの 鈴井: ビーチで写真撮影。 午前7時30分の到着後、9時25分の出発までに写真を撮影しなければならず、実質の撮影時間は「12、3分」という強行スケジュールになった。 ここからの2ヶ月はコンパクトカメラでの撮影。 ラスベガスで onちゃん:なし 鈴井:サンタ 鈴井は帽子・プレゼント袋のみを装着する形。 安田はラスベガスへの到着について「 感動もへったくれもない」と感想を残す。 前で撮影していたところ、onちゃんの着ぐるみを着ていたせいか人が集まってきた(と間違われたため)。 30時間テレビの裏側全部見せます! [ ]• - 23日放送、全3夜。 』に収録。 「」の収録中に大泉によって立案された企画だが、元々の大泉による「北海道版ののようなものをやりたい」という希望をD陣が脚色。 CMごとに鈴井・大泉が扮装して「これまでのどうでしょうのキャラクター(主に鈴井・大泉による物真似)が総出演する」というものに変更された。 年末の繁忙期のためスタッフが少なく、生放送であるにもかかわらず、藤村D・嬉野D・技術スタッフ2名(カメラ・音声) ・の大道具1名・スタイリスト小松の6名のスタッフのみで運営された(土井P や杉山Dなど、制作部のスタッフも一部協力している)。 ちなみに待合と衣装の着替えはHTBの第3応接室で行い、副調整室は設けずに「定刻になると、HTBの駐車場にあるカメラの映像をから自動的に送出する」ように設定。 そのため、万が一画面上が「」になっても大丈夫なように、カメラ前には鈴井と大泉の等身大パネルが用意された。 セット は屋外に設営され、背後には「ゴールデンスペシャル」放送までの時間が表示されるの時計(主に陸上競技等で使われるもの)が横に置かれた。 CMを流す時間帯に関しても、ゴールデンの時間帯はのためにCMの差し替えが難しいことから、深夜から早朝あるいは昼間から夕方にかけて多く流され、当該時間帯において(後述の一覧のように)過密スケジュールが組まれる要因の一つになった。 ただし、本意では「一大イベントとして」開催するつもりだったのに対し、ローカル枠のCMスペースを用いた番組宣伝にまで格下げされた結果へ大泉は「こういう形じゃない」「 ゴールデンの前に僕たちはすっかり意気消沈だよ」と納得を示さなかった。 前述のようにスタッフのマンパワー不足で不備が生まれたこと 、機材が不足していたこと に不満を見せたほか、総放送時間がわずか18分ほどだったことにも「 通常の『どうでしょう』の本編より短い」と訴えている。 なお、放送が行われた14日の夜に大泉はの舞台「ホットロード」の本番を、15日の午後には鈴井がAIR-G'で『GO・I・S』の生放送を控えていたため、該当する時間帯のCMはどちらか1人が担当している。 放送したCMの一覧 回 時間() テーマ 尺 放送枠 1 18:55:30 サンバ 1分 (16:50 - 19:00) 大泉が舞台の本番直前、鈴井が『GO・I・S』の放送直後だったため、の前から生中継。 番組ラストの提供バックに映るで背後からズームアップされ、そのままCMに接続する構成であった。 芝居メイクのまま登場した大泉は直後に公演へ向かったため、「」までは鈴井単独での出演。 翌日に発表された視聴率速報では、『夕方Don! Don! Don! 』さんなんてのは、僕らのおかげで視聴率を落とされた」「 僕らが生CMをビシッと打ったらバキッと1. 5だ」と愚痴をこぼした。 2 19:57:55 ミスタームーンライト 5秒 (19:00 - 20:00) 「」(9月)に登場。 鈴井はリハーサルに無かった台詞をアドリブで追加した。 3 20:52:30 クリスマスツリー 30秒 (20:00 - 20:54) クリスマスシーズンということからツリーの扮装で登場。 「」を歌いながら大過なく宣伝をこなすが、わずか4分後の次の扮装のために終了後は大急ぎで衣装チェンジに入る。 4 20:56:40 花瓶 15秒 (20:54 - 21:00) 「」で登場。 テロップが入ることを忘れた画角となってしまい、数秒間鈴井にテロップが被ってしまう。 CMの放映後に舞台公演が終了した大泉が合流。 5 21:52:45 チャトラン・ 15秒 (21:00 - 21:54) ムツゴロウは「」で登場。 チャトラン(鈴井)がムツゴロウの顔を何度もなめるシーンが放送された。 6 23:16:55 雪ん子・ 15秒 (22:00 - 23:20) なまはげは「」で登場。 スタッフ側のミスで映像モニターの切り替えが遅れ、告知に失敗。 大泉がなんとかなまはげをやり切る中、ミスによって反応が遅れた鈴井は「 もう画が来てたと思う」と注意を発しながらテイクを終えた。 本企画では未放送。 7 0:22:45 雪ん子・なまはげ(2回目) 15秒 (23:25 - 0:25) 前回のリテイク版。 本企画では 23:16:55として放送。 8 1:18:40 とダブル 5秒 (0:25 - 1:20) いずれも「原付東日本」前・後枠で登場。 直後に放送される『』にちなみ、の姿で登場する。 この回はタイガー(鈴井)単独で、猪木(大泉・安田)はタイガーを呼ぶ声のみ。 9 1:20:15 タイガーマスクとダブル猪木 15秒 (1:20 - 1:50) ダブル猪木(大泉・安田)出演。 最後に鈴井が見切れながら「タイガー! 」と発したものの、ハンドマイクを持っていなかったことで放送上に音声が入らなかった。 10 1:50:00 タイガーマスクとダブル猪木 15秒 (1:50 - 2:20) 大泉に安田がを掛けるといったもの。 本企画では未放送。 11 2:22:45 陽気な外国人 15秒 (2:20 - 3:17) 大泉扮する司会者()は「」の前・後枠「アメリカの有名人 私は誰でSHOW」で登場。 扮装は放映枠が内であることにちなむ。 12 3:17:00 クロージング 3分 - 鈴井・大泉・安田による若干のフリートークを展開。 枠が3分と長めだった為「思いの外長い」と困惑しながらのトークとなった。 この時駐車場には複数の番組ファンとみられるギャラリーが集まっており、その中には本来であれば寝ているであろう子供の姿もあったため、安田が「心配ですねぇ」と触れた後、鈴井もそれに気づき「うわぁ起きてるよぉ〜、何してんだよぉ〜」と驚きと困惑の声を発するに至っている。 明日もまた見てもらいたいですね。 それでは皆様、お休みなさい」とのアナウンスして、一旦放送休止。 局内の人間からドリンク剤や焼き鳥などが差し入れられ、安田は帰宅し、どうでしょう班は楽屋で1時間弱の仮眠を取った。 本企画では最後のコールサイン部分(クロージング)のみ放送。 13 5:25:00 オープニング 3分 - このパートが編成上の12月15日付の放送開始時間であるため、大泉が「12月15日水曜日。 皆様おはようございます。 今日も張り切ってまいりましょう」との挨拶の後にコールサイン「JOHH-TV」を送出し、後方で小さく映っていた鈴井が合流、若干のフリートークを行う。 この時、朝の時間帯ということもあり左上に時刻表示が実施されていた為、通常時左上に出していたテロップが右上に移動していたが、それが災いしてトークの大部分で大泉の顔がテロップに隠れてしまった。 本企画では最初のコールサイン部分(オープニング)のみを放送。 14 5:48:45 (起床予報士 大泉洋) 15秒 (5:30 - 5:50) 大泉のみ。 鈴井は仮眠中のため等身大パネルで出演。 大泉の扮装はこの後からの「起床予報士」と同様。 15 5:51:40 起床予報士 大泉洋 1分11秒 (5:50 - 6:45) 番組冒頭、ならぬ「起床予報士」として出演。 藤村Dの指示が遅れたため、開始時間直前まで準備に追われた。 大泉は「今朝の気温は-50度」と報じ、司会のアナウンサー(当時)から「寒すぎます」と突っ込みを受ける。 本企画では一部のみ放送。 未放送の部分では、吉田アナウンサーが中学生からの応援を読んだ。 16 5:57:40 起床予報士 大泉洋 39秒 〃 大泉が「現在の気温は48度上昇し-2度。 全道的に大変ご機嫌な1日になる」と報じる。 吉田アナウンサーから「急な上昇ですね」と突っ込みを入れられ、本物の気象予報士・石川たけおからは「 氷点下50度までは下がっていません」と真面目な指摘を受けた。 - 6:08:01 - 1分 〃 胸元に「ねてます。 」と書かれた札が下げられた大泉・鈴井のパネルのみが映される中、吉田アナウンサーがアナウンサー(当時)と共に番組を紹介。 深く「サイコロ6」の企画内容に触れたのはこれが初めてであった。 本企画では未放送。

次の

【水曜どうでしょう2019新作】フル動画を無料で見逃し視聴!放送局やDVDと動画配信バックナンバー一覧と出演者まとめ

水曜どうでしょう 新作 東京

番組放送開始時間から約5分後より配信を開始する。 ということで、ほぼリアルタイムで水曜どうでしょうの新作が見れちゃいます!! 登録は無料で 1話:¥330(税込)• 水曜どうでしょう 初めてのアフリカ• 水曜どうでしょうClassic ヨーロッパ20ヵ国完全制覇完結編• 水曜どうでしょうキャラバン2016• 水曜どうでしょうClassic ベトナム縦断1800キロ• 水曜どうでしょうClassic 激闘! 西表島• 水曜どうでしょうClassic ジャングルリベンジ• 10万人近くがすでに見たないようにも関わらず、ネタバレが出ていないんです。

次の