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【侑】の意味は?名付けのポイントを徹底解説!

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「侑」の意味や由来は? 「侑」は 「勧める」「助ける」の意味をもつ漢字です。 この由来には諸説ありますが、一つは漢字の成り立ちから説明できます。 ツクリの「有」は、もともと神様にお供えする肉を手で持っている姿を表現していて「持つ」の意味があります。 「所有」の「有」がまさにこの意味です。 これに人を意味する「亻(にんべん)」を組み合わせて、自分が持っているものを人に「勧める」の意味が生まれました。 「ユウ」と「ユ」の響きが使える「侑」 「侑」は1981年から人名漢字として使えるようになり、そこから 徐々に名前の使用例が増えてきています。 「ユウ」の響きをもつ漢字がほかにもたくさんある中、「侑」が選ばれる理由としては2つあります。 1つは漢字がもつ意味が悪くないことで、もう1つは馴染みがあまりないものの「有」の字があるのですぐに「ユウ」の読みの見当がつくことです。 男の子と女の子どちらの名前にも使うことができ、男の子なら「ユウ」の響きを使って侑人(ユウト)や侑志(ユウシ)、侑大(ユウダイ)侑李(ユウリ)など、女の子なら「ユウ」の読みだけではなく侑依(ユイ)や侑奈(ユナ)、美侑(ミユ)など頭文字の「ユ」だけを使った名付けの例も見られます。 【「ユウ」の響きをもつ漢字】 「」「」「」「」「」など 社交的で人助けができる「侑」 「侑」には漢字の意味から 「人助け」や 「思いやり」などのイメージを想起させます。 また「すすめる」の意味からは、人に何かを働きかける 「自主性」「積極性」がある様子を連想できますね。 見知らぬ人にも 「社交的」に会話できる姿が想像できそうです。 人に優しくできる「侑」 「侑」の字の目新しさから名前に使いたいと考える人もいると思いますが、イメージを活かして願いや想いを考えてあげてくださいね。 たとえば、「人助け」や「思いやり」のイメージからは 「親切で優しく、困った人を助けられる人になってほしい」「人に感謝し、感謝される存在になってほしい」という願いを込められます。 また、「自主性」「積極性」「社交的」のイメージからは 「自ら進んでできる子に」「何事も選り好みしない子に」という想いも表現することができます。 「侑」は「人との関わり」から生まれた漢字です。 そのイメージを活かして、素敵な願いや想いを赤ちゃんの名前に込めてあげてくださいね。 【よく組み合わせて使われる漢字】 「」「」「」「」「」「」など.

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にんべんに漢数字の五という漢字は何と読みますか?

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「俯」 (ふ) は、「俯く」 (うつむ・く) 「瞰」 (かん) は、「高い所から (全体を) 見下ろす」 鳥は、空を 飛んでいるとき、そのようにして 餌や 危険に 注意を 払っている ので 「鳥瞰」 という 言葉 もあり、都市の 全体像を 空 (から) 撮 (影) したりした ものを 「鳥瞰図」 と 言ったり、 そのように 描かれている 絵画 等 を 「俯瞰の構図」 で 描かれている と 言ったり、「俯瞰図」 と 言ったりします。 「俯瞰する」 という場合には、 「事物や 物事を、それらとの 関係の中に 巻き込まれない ような、離れた 高い所から 眺める (ことで、大局的・客観的に その全体の 流れ、位置・関係、展開の様相を 見て取る、把握する)」 というような 意味に 使われます。 同じ 高い所から であっても、 灯台が (全体ではなく) あちこちを スポット的に 照らし出したり、天文台で (さらに 上方 かつ 彼方の) 宇宙の 観測をしたりする 場合とは 異なる ので、「俯く」 が 付いています。 「俯く」 の 反対語は 「仰向く」 ですが、「俯瞰」の 場合は、「瞰」 に 「仰」 をつけても、もともとの意味が 相反してしまうため、反対語には なり得ません。 動作を 重視して、「仰ぎ見る」 「振り仰ぐ」 や 「凝視 (一ところを じっと 見つめる)」 というようなことも 反対語として 考えられなくもありませんが、意味的には、 「個々の事柄を 間近で(ばらばらに、あるいは、詳細に) 見ている (ので、それに とらわれてしまい、全体の 関連性や構図、流れが 見通せない、 把握できない)」 ということが、反対語には 必要となる と考えられます。 Q 台北の観光地に九ふん キュウフン という場所がありそのことをHPにて書こうと思いますが、そのフンという文字が入力できません。 入力できないので、カナと漢字で表すと「イ分」という文字です。 入力して確定すると「?」へと化けてしまいます。 メモ帳にて「イ分」を入力し保存しようとすると、次のダイアログが表示されます。 『このファイルは、ANSIテキストファイルとして保存すると失われてしまうUnicode形式の文字を含んでいます。 Unicodeの情報を保存するには、下の[キャンセル]をクリックし、[文字コード]から[Unicode]を選択してください。 HTMLファイルで「イ分」を入力したいのですが、どうすればよろしいでしょうか?そもそも何故「イ分」の文字が入力できなのですか?初心者の私にアドバイスをお願いします。 A ベストアンサー めどはやまと言葉ではないでしょうか。 もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。 広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく 不親切です。 朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。 解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、 ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。 理学部はひとくくりにできませんよ。 物理学科、数学科などは理1優勢ですし、化学科だと同じくらい、生物学科なら少し理2優勢といった感じです。 2で示した集計表のとおりです。 細かいこと言い出すと、工学、農学も学科によって色合いがかなり異なりますよ。 ここまでいろいろ書きましたが、どちらかというと、momomoredさんには 2の集計表とにらめっこしてほしくありません。 u-tokyo. html や、 2の進学振り分けの資料の中の各学部の紹介とか、あるいは、各学部のホームページ(学部ごとにホームページをもっています)を見て、できれば研究室のホームページまでチェックして、具体的に何がやりたいか、そしてそれをやるためには東京大学のあの研究室で学びたいんだ、ということをしっかりと意識することのほうが大切だと思います(それがなかなかできないわけですが…ハイ)。 あくまで 2の集計表とかは参考までにね。 2で書いたように、入ってから行きたくても行けない学部・学科なんてものはほとんどないですから(文転もありですよ)。 目標高く勉強のほうがんばってください。 理学部はひとくくりにできませんよ。 物理学科、数学科などは理1優勢ですし、化学科だと同じくらい、生物学科なら少し理2優勢といった感じです。 2で示した集計表のとおりです。 細かいこと言い出すと、工学、農学も学科によって色合いがかなり異なりますよ。 大まかなことを言えば、 2の文中に示した進学振り分けについての資料にありますが、 理科一類 工学部・理学部・薬学部・農学部 理科二類 農学部・理学部・薬学部・... A ベストアンサー もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。 話す時はどちらでもいいですよ。 ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。 「すいません」はちょっとくだけた感じかな。 でも、これはあくまで私個人の語感。 人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。 書くときはもちろん「すみません」にしましょう。 これも、話す時にはどちらでもいいです。 「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。 A ベストアンサー 煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。 しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。 「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。 「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。 また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。 煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。 しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。 ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。 仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。 従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。 女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。 しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。 別に和服でなく、洋装でも構わないのです。 また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。 あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。 例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。 しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。 坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。 極楽じゃ。 しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。 また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。 酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。 大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。 仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。 もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。 これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。 別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。 親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。 これも煩悩か」などとなります。 「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。 これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。 煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。 また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。 (ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。 煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。 肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。 人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。 分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。 しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。 「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。 本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。 本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。 世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。 煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。 しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。 「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。 「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。 また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。 Q 本当にお恥ずかしいのですが、パーセントの計算方法を教えて下さい。 お店のバーゲンセールなどでよく「50%オフ」「45%オフ」といった表示を見ます。 50%は半分ということは「感覚」でわかるので、定価が2000円ならその50%オフは1000円ですし、1500円なら750円と計算が出来ます。 ですが、たとえば75%オフだとか、44%オフだとか、80%オフだとか、そういう中途半端? な数の場合、さっぱりわからないのです。 暗算とまではいかなくても計算機 ケータイにもその機能はありますし があればいいので、どういう計算式でその%オフされた数字を出すのか教えて下さい。 05」で出ますよね。 なぜ、1. 05をかけるのかわからないのです。 本当にお恥ずかしいのですが、どうか教えてください。 まったくわからないので、出来る限り丁寧で細かい説明をして頂けると本当に助かります。 よろしくお願いいたします。 本当にお恥ずかしいのですが、パーセントの計算方法を教えて下さい。 お店のバーゲンセールなどでよく「50%オフ」「45%オフ」といった表示を見ます。 50%は半分ということは「感覚」でわかるので、定価が2000円ならその50%オフは1000円ですし、1500円なら750円と計算が出来ます。 ですが、たとえば75%オフだとか、44%オフだとか、80%オフだとか、そういう中途半端? な数の場合、さっぱりわからないのです。 A ベストアンサー 丁寧で細かい説明が希望とのことなので、ちょっと長くなりますが書いてみます。 数学的には無駄の多い説明ですが、分かりやすく説明したつもりですので読んでみてください。 1000円の50%は500円、30%は300円であることは分かりますね? これは以下計算をしていることになります。 次、1000円の30%オフって場合ですが、「オフ」=値引きです。 つまり、1000円の30%分を値引きします、ということですよね。 だから、元の値段1000円から1000円の30%分である300円を引いた 残りである700円が答えです。 でもそれを計算するのは面倒なので、ちょっとテクニックがあります。 30%オフということは、元の値段の70%分を求めればよいと考えます。 つまり、1000円の70%なので700円、となります。 %で表現する場合はこれに100を掛けます。 最後、消費税。 前述のオフとは逆で、消費税5%分を上乗せする、と考えます。 これが基本ですが、先程のオフの計算のテクニックと同じ考え方が適用できます。 5%上乗せした額ってことは、元の値段の105%分を求めればよいと考えます。 おまけ。 暗算を早くするためのテクニック初級編として3つだけ書いておきます。 1.計算式に掛け算と割り算しかない場合、もしくは足し算と引き算しかない場合、 順番を無視しても答えは一緒です。 これならすぐに暗算できますね。 2.割り算の場合、前後の数字に同じ値を掛け算しても答えは一緒です。 3.掛け算の場合、前後の数字を分解して細かく掛け算しても答えは一緒です。 これなら暗算できそうですよね。 丁寧で細かい説明が希望とのことなので、ちょっと長くなりますが書いてみます。 数学的には無駄の多い説明ですが、分かりやすく説明したつもりですので読んでみてください。 1000円の50%は500円、30%は300円であることは分かりますね? これは以下計算をしていることになります。 次、1000円の30%オフって場... A ベストアンサー そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。 国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。 私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。 情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。 原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。 九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。 【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。 【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。 【十分】の発音はshi2fen1 【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。 【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。 としたいところです。 【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc) ついでに、 「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。 いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。 いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。 そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。 国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。 私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。 情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。

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「什器」って読める?意味わかる? 見かけたことがある単語なのに、なんとなく適当に読んでいて実は正しい読み方を知らない漢字って世の中にたくさんありますよね。 たとえばバッグでよく見る「」。 カレンダーで見かける「」や「」。 お中元を買ったときなどにつけるか聞かれる「」などなど。 今日はアルバイトの求人情報誌やら、仕事の上で何かと目にするこちらの漢字を出題。 「什器」って、読めますか? デジタル大辞泉(小学館)によると意味はこちら。 「日常使用する器具・家具類。 什物 じゅうぶつ。 」 これだけ見ると非常にざっくりとしており「日常する器具ってつまりどこからどこまで……?」と思うかと思いますが、現在では一般的にお店での陳列棚などを指して使われることが多い言葉です。 (たとえばこんな感じ。 ) こういった陳列棚全般を「店舗什器」と呼ぶことが多いです。 さて、この「什器」。 「什」という漢字に見覚えがないので一瞬よくわからなくなるものの、読み方は案外シンプルです。 そう、正解は……コチラ! 「じゅうき」です。 「什」はただにんべんがついただけで、読み方は私たちが読み慣れた「じゅう」。 ちなみに「什」は大辞泉によると以下の3つの意味を持っています。 軍や隣組の組織で、十人一組の単位。 ふだん用いる器物。 一〇編でひとまとまりの詩歌。 」 他ふたつは「十」に関わるものですが、「什器」にまつわる「什」のみ突然意味が違っています。 改めて言葉って不思議なもの……。 CanCam. jpの漢字クイズは毎朝6時の更新です。 明日もお楽しみに! 2019. 28 作成.

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